第69話 【SIDEララ】ルチル様を迎えに
「ララ見て、
聖典を写していた手を止め、窓の外をしばらく眺めると、巫女のマティスはそう言った。
私も窓に目を向ける。窓の外の抜けるような青空に、これまでひっきりなしに飛んでいた鷹は見当たらない。
「ほんとだ。
まぁこのところ魔術局のおおかたは魔物退治に出ずっぱりだし、オズワルドも御前報告にも出なくなったし、私たちの手紙を盗み見る暇もなくなったのかもね」
鷹は、私たちの手紙を盗み見るために魔術局が飛ばしていたもの。であれば、それがいないのはいいことだとは思う。
「そうねぇ。
オズワルドも病気だから陛下の御前報告にこないっていってるけどさ、何の病気?って感じ。大抵の病気なんて、ポーションで治っちゃうのにさ」
嫌味に言うマティスに、私は同意して笑い、私たちは万が一にも誰かにきかれないよう、声を落とした。
「街ではオズワルドの病気は、聖女の天罰だって噂されてるらしいよ」
「陛下やオズワルドの悪口も怪文書で出回ってるらしいじゃない」
「ああ知ってる、オズワルドが犬呼ばわりされているらしいあれでしょ」
「陛下だって……」と、私は一段と声を落とす。
「暗愚王とか暗殺王とか書かれてるって」
「ちょっとララ、聞かれたらどうするの」
「誰も聞いてないって。それにこれだけひそひそしてるなら大丈夫じゃない?」
私たちは顔を見合わせ、ちょっと笑った。
でもさぁ、とマティスが言う。
「魔術局も騎士局も悲壮感が漂ってるっていうの?
ずいぶん静かだし、閑散としてるよね。最近じゃ声も聞こえないよ」
「ますます騎士局と魔術局、仲悪くなってるし」
「そりゃそうよ、騎士から魔術局への恨み節はすごいもん。
まぁ騎士局は魔術局のオズワルドがルチル様を追い出したからさ、そのとばっちりで死人が出るわけだし。
ねぇ、ララは聞いてるでしょ?
公式に発表はされてないけどさ、昨日、魔物が王都に近づいてて……騎士局の騎士も、魔術局の魔術師たちも、精鋭の半分以上が退治に出てるって話」
「知ってる」
「……ねぇ、ララ」
改まって、彼女は少し真剣な目で私に問い掛けた。
「私達、大丈夫なの?」
大丈夫?
大丈夫なんだろうか。
それは、私がずっと、考えないようにしてきたことだった。王都に魔物は迫り、多くの損害が出て、このまま大丈夫なのかって言われたら、それは────
「まだ陛下が都にいるうちは、大丈夫でしょ」
心の中を覆い隠すように、私は軽く答えた。
「それにしてもさ、ルチル様、どこいっちゃったんだろうね。帰ってきてくれないかな」
「私だってそう思うけど」
「あっ、ララ、窓」
ぱたた、という軽い羽音。
見れば、窓のふちに白い鳥が止まっていた。
「伝書バト?」
ハトは私の手に乗り、するりと消え、後には小さな紙が残った。
紙を開く。
それはルチル様からの手紙だった。
◇◇◇
私は神官長さまの部屋に駆け込むと、ルチル様の行方が分かったとすぐに伝えた。
「魔の森に……
そこに住まう魔物を治めて無事に暮らしていているそうです! 私っ、今すぐルチル様を迎えにいってもいいでしょうか!?
そうさせてください!」
「なるほど、神殿の意外と近くにいたもんじゃな。
気が付かないものだ。
それにしても、ちょうど良いときにルチル様の行方がわかったものだ。
さてララ、皆が混乱するから他言するでないぞ」と、神官長さまは念押しした。
「ララ。
王都にドラゴンが迫っている」
「ドラゴン!?」
オウム返しに私は問い返した。
「王都に近づいている魔物って、ドラゴンなんですか!?」
「ああ。魔術局と騎士局の精鋭が相手をしているそうだが、相手はドラゴン、1匹でもなんとかできるかどうか……。
それが2匹いる。城壁を超えられたら、この国はおしまいじゃ。何としてもルチル様に戻ってきてもらっておくれ。
心配するな。エルザ妃と話を付けた。ルチル様が戻ってきても、危ない目にあうことはないようにな」
「エルザ妃?
それって王兄の奥様……」
「そうだ、だから心配することはない。
もはや陛下とオズワルドは求心力を失っている。彼女と彼女の夫、アライス殿下がルチル様を守ってくださる」
神官長さまが私の手を握り、祝福の言葉を唱える。
小さな文様が私の手に浮かぶ。
「これをかざせば、神殿の森……魔の森への入口が開ける。
では、ルチル様の迎えを頼んだぞ、ララ」
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