第52話 夢渡りの来訪者◆三度目 ③


「切り札……?」


彼女の真意を測りかねて、私は眉を寄せました。


「リディスの国は今、めちゃくちゃよ。偽の聖女サラは逃げ出し、聖女の結界がなくなったせいで、辺境だけでなく、もう王都近くにも魔物が出始めた。

民も王宮の貴族たちも、騎士も魔術師も、王の手前、大っぴらに言うことはできないけれど、本物の聖女の帰還を切望してる。

ついでに言えば、この事態を招いた王の支持も、オズワルドの地盤も、大いに揺らいでいるわ。

今、私が本物の聖女を抱えれば、民の支持も、魔術局、騎士局、神殿の信頼も得るでしょう。そうであれば、今の王から王権を奪うことができると思うの」


私は、あっけにとられて彼女の話を聞いていました。


「つまり、王権を奪うための切り札が私、ということですか……?」


「そうよ。

でも、王権を奪うんじゃないわ。王権はもともと、先王の子の長子である私の夫、アライスのものになるはずだった。それを今の王が奪ったのよ。

王権を取り返すと言ったほうが正しいんじゃないかしらね」


エルザ妃はあっけらかんと言うと、言葉をつづけました。


「ねぇ聖女様。私はあなたを味方につけたいの。

今の王を廃して、私の夫、アライスと一緒に玉座をとる、そうすれば、あなたも王にもオズワルドにも追われることなく、安心してこのリディス王国に戻ってこれるのよ。

悪い話じゃないでしょう?」


そう一息にいって、彼女は私を見つめました。

まっすぐで知的な、強い瞳で私を見据えて、彼女は私の心を見透かそうとしているようでした。


彼女が言っているのは、王への反逆、今の王国に戦いを挑むということです。

戦うこと……。それは、正しいことなのでしょうか。

でも、それを言ったら今の王が民を危険に導いてしまったことは正しかったのか、あるいはオズワルドが横暴にふるまっていたことは正しいことだったのか……私の中でぐるぐると考えが巡ります。

私は、すぐに答えることができずに、ただ立ち尽くしていました。


「ねぇ、あなたはこの国が滅びていくのをただそこで見ているだけなの?

人々を救いたいとは思わない?

もしあなたがみんなを助けたいと思っているなら、私の話は、」


そう言いかけて、突然彼女は、心臓のあたりををおさえて体をかがめました。苦し気に顔をゆがめ、はぁはぁと浅く息をつきます。


ああ、そうだ、エルザ妃はご病気だった、と私は思い出しました。でも、夢渡りは、生きている本人そのままの状態が反映されるもので、彼女は、今の今まで、すごく元気な……普通の人に見えました。

そんな状態から、いきなりこんな風に苦しみだす病気って、あるんだろうか。

これは、病気というより、私が聖女だったころ、何人か解呪した、呪いにかけられた人たちの呪詛が発動したときの様子にすごく……似ている……ような。


そう思った瞬間、気が付きました。

エルザ妃の今の様子は、呪いの影響でルカが苦しんでいたときと、そっくり同じなのだと。


「あなたが苦しんでいるのは、病ではないですね。

それは、呪いですか?」


彼女は黙ったまま頷くと、息も絶え絶えに言いました。


「ルカが、話した……の?」


「いいえ、でも、ルカが呪いで苦しんでいた時の様子に、あまりにも似ています……。

あなたは、病ではなく、呪いにかかっているんですね?」


もしかして。いえ、違いありません。

ルカの呪いは、間接呪詛、誰かにかけられた呪いが、ルカに影響しているもの。

それが、ルカに全然関係のない、知らない人の呪いで、なんてことあるわけないんです。


むしろ、間接呪詛は、それがかけられたものを最大限苦しめたいという動機でかけられる呪いであるからこそ、呪詛にかけられた人間の、できるだけ近しい人を苦しめて困らせるものであるはずです。

じゃあ、ルカの呪いの大元は……


「ルカが狼になったのは、あなたにかけられた、その呪いが原因ですね」


そうよ、と蚊の鳴くような声で、彼女は肯定しました。


「迎えを、よこすから……私に協力を……

あなただって、ルカを、助けたい、でしょう?

……私は、もう、長くない。私が死ねば、ルカも死ぬ」


彼女は苦し気に微笑みました。みるみるうちにそのエルザ妃の影は薄くなっていきます。


『私の呪いを解けば、ルカの呪いも解ける』


最後に、かすかな言葉を残して彼女は消えました。

それきり、もう二度と私の元に、現れることはありませんでした。

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