第42話 ヴァイオリノを弾くルカ


アルドが帰ってから、私はルカにたくさん聞きたいことがあったのです。

それは、あの夢渡りの彼女が誰なのかとか、ルカにかかった呪い、間接呪詛かんせつじゅそが何なのかとか、そもそも、ルカは誰が呪われた影響で狼の呪いにかかってしまっているのかとか、そういう諸々のことがききたかったのです、が。


当のルカは、死の呪いにかかっているなんてことは全然気にしていない様子で、戸棚から何かを出しているところでした。


「それ、楽器ケースですか?」


「正解だ」


かたんとルカがケースのキーを開けます。出てきたのは、年季の入ったヴァイオリノでした。


「弾けるのですか?」


と私がきけば、


「まあそこそこに」


と楽器を取り出し、弓に松脂まつやにを塗りながらルカが答えました。

それから、少し遠慮がちに、ルカが弓を構えて弦に滑らせると、美しい音色が響きます。ルカの長い指が、弦をすべっていくのはとても綺麗でした。


「わあ、すごいですね!」


ルカは楽しそうにこちらを向きました。


「さて、何を弾いてほしい?」


「そうしたら何か流行歌でも」


ルカが弓を引くと弦が音を奏でました。少し悲し気な、重たい甘い音色のメロディが響きます。

ああ、この曲は知っています!

神殿の巫女たちがこっそり歌っていました。ほんとはダメなんですけど。世俗的な歌ですからね。そういうのは神殿ではなんとなく咎められる空気なんですよね~。


「……あなたを置いて去るならば、千のかなしみが心を乱す」


私が歌うと、ルカは少し微笑みました。


「いい声をしてるな」


「えへへ、それほどでも……」


「続けて」


綺麗な流し目で私をちらりと見て、彼は続きを弾き続けます。


「愛しいあなたと別れるは、悲しき私のさだめ……」


私が歌うと、楽しそうにルカは次の曲も弾き始めます。


「じゃあこれは知っているか?」


「ええと……

よい子はお休み、また会う日まで

夕暮れ暮れゆく向こうの国へ……」


「へぇ、良く知っているな。これは俺の故郷、ラブールの曲だ」


「ふふっ、母がよく歌っていましたから」


しばらく彼はその故郷の曲を弾くと、今度はウキウキするようなワルツを弾き始めます。


「こういうのは?」


「ふふふ、いいですね!」


私はリズムに合わせてくるりんと回ってみました。


「ルチルは踊れるのか?」


「実はそんなに踊れません。

ダンスは嗜む程度です。でも、ダンスの曲は好きですよ」


と私はステップを踏みながら言いました。


「そうか? 踊れているじゃないか。

すごくきれいだ」


そのルカの言葉に、私は足を止め、おもわず彼のほうをみました。

ダンスをほめたんです。私じゃなくて、私のダンスがきれいだって。

でも、ちょっとドキドキしました。もー。びっくりしたー!


「どうした、もう踊らないのか?」


「ええ、その、ちょっと恥ずかしくなってしまって……」


「それは残念」


彼はヴァイオリンを降ろし、窓の外の空をちらと見ました。


「今日は満月だから、俺は狼にならない」


「え、そうなのです?」


「ああ、どうにも満月の日だけは、呪いが影響しない」


「へえ、何だか不思議ですね。狼男と満月はだいたい結びつくものですが、逆なんですね」


「俺は狼男なんじゃなくて、呪いで狼になっているだけだからなぁ。

まぁそれはさておき、俺はこの楽器を持って、行くところがある」


「え、どこへ行くんです?」


「それは……」


ルカはいたずらっぽく笑いました。


「秘密の演奏会だ」


「秘密の演奏会?」


私は思わず怪訝な顔をして、オウム返しにきき返しました。


「なんなんですそれ」


「秘密だ。だって秘密の演奏会なんだから」


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