第4章 妖精たちのいるところ

第41話 【SIDEララ】代理聖女サラ、逃げ出す


それは突然だった。

神殿の神聖なる朝の祈りの時間に、聖女代理サラがこなかったのだ。

寝坊かと思った巫女たちが、サラの部屋へいったところ、やはり彼女はいなかった。

というか、どこを探してもその姿がない。


ちょうどその日は王への御前報告の日で、朝の祈りが終われば、サラは御前報告に行くはずだったのだが、その時間になっても彼女は見つからなかった。


で、御前報告の時間を過ぎてしばらく、足音も荒くオズワルドが神殿に直接やってきたという顛末なのである。


「何事だ!

サラはまだ来ないのか!」


恐ろしい剣幕で怒鳴るオズワルドに、巫女である私達は顔を見合わせる。


「それが、どこにもいらっしゃらないのです」


おびえる巫女たちを代表して私が声を上げると、オズワルドは人を殺せそうな憤怒の表情を見せた後、私達が止めるのも聞かず、サラの私室へ向かった。


「お待ちください!」


と巫女の静止を振り切って、オズワルドはサラの部屋の扉を乱暴に開けた。

まぁなんで止めたかって言うと、部屋からはサラのアクセサリーやら金目の物やらが持ち出され、一目みれば意図的に逃げた、ということがわかる、がらんとした有様だったからである。

まぁこれをオズワルドが見たら絶対に怒るだろうなぁという……あれですね。


「くそっ、やられた!

あの女……!」


部屋を見て第一声、そういったきり、押し黙ったまま震えるオズワルドは、次の瞬間、きっと戸口に集まった巫女たちを振り返り、


「お前たち何をしている!! サラを早く探せっっ!」


と怒鳴りつけた。


「「「はい!!!」」」


とおびえた巫女達はクモの子を散らすように散っていく。一応オズワルドは魔術局の第一魔術師、八つ当たりで何か面倒な絡まれ方をしたらことである。

しかし、私だけが、部屋の扉から少し離れた所で、サラの部屋に留まるオズワルドの後ろ姿を眺めていた。


しばらくその場に立ち尽くしていたオズワルドは、深く息をつくと、手近にあったサラのサイドテーブルを蹴りつけてひっくり返し、間髪入れずに仕事机に乗っていた花瓶を床にたたきつけた。


がしゃーんと花瓶の割れる大きな音が響く。


ああ、この人、前もこういうことしていたっけ。怒ると物に当たるタイプとみた。


と、オズワルドは自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。

肩を落とし、両手で顔を覆った彼が、小さく呟いている言葉が、かすかに聞こえた。


「王が……王は俺を守ってくれる……

とにかくルチルだ、あれを見つけないと……」


その鬼気迫る思いつめた雰囲気に、私が怖! と思っていると、


「何を見ている!」


振り返ったオズワルドが、恐ろしい形相で私と見とがめて叫んだ。

私ははじかれたように身をひるがえし、サラの部屋の前から撤収した。あ~びっくりした!

殺されるかと思った!


◇◇◇


貴族であった代理聖女サラ、その一家が、一族ごと消えたとわかったのは、それからすぐのこと。

そして、聖女代理サラがこの王都から逃げ出したという噂は、瞬く間に王宮から人々の間に広まった。

そして、これ以後、オズワルドが御前報告にでてくることはなくなったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る