第17話 夢渡りの来訪者◆一度目


ルカが出かけた後、ルカは森にでもいったのでしょうか、何の用事なんでしょう、なんて考えながら、私は一人で眠っては起き、起きては眠って何度目か、不意に人の気配を感じました。


薄く目を開けると、私のすぐ隣に、誰かが立って居ました。


部屋は暗く、誰かはわかりませんが、それがルカでないことだけはわかりました。そもそも、ルカは決して勝手に部屋には入ってきませんし。


私が、わずかに身をこわばらせたとたん、


「あなたはだれ?」


凛とした女性の声が、明確に私に向かって発せられました。

私は黙ったまま、その影に目を凝らしました。


「なんでここに、あなたみたいな女がいるの?

ここから出ていかないと、狼になったルカに食べられちゃうわよ」


くすくす笑いと、少しの敵意を含んだ声。

言いながら、影が無造作に私に近づきます。私は反射的に、体を引きました。


「……だれですか?」


「それは私があなたにきいているの。

あなた、前まではここにいなかったわ。

私のルカと、どういう関係なのかしら。説明してくださる?」


すっと私に近づく彼女の顔が、暗闇の中でぼんやり見えました。

勝気そうな瞳、長い髪を無造作に結わえた、飛び切り美しい顔立ちの人です。

でも、その顔には、首から頬にかけて、ひっかいたような長い切り傷が走っていました。

そして……透けている。


そう、彼女は透けていました。

美しい幽霊でしょうか、と思ったものの、思い直して私は思い出しました。

そうでした、眠っている間に、魂で走る術があるということを。


「あなた、実体ではありませんね。夢渡りでここに来たのですか?」


「御明察。あなた、少しは魔術がわかるのね」


お化けじゃないことにほっとしつつ、私は気が付きました。

もしかしてこの人のこと、どこかでみたことがあるかもしれません。でも、どこでだったか……どこだったろう……?


「あなたを見たことがあるような気がするわ」


相手も同じことを思っていたようで、同じことを言いました。

私は互いに顔を見合わせてしばらく黙りました。

それから、彼女は自分の首まで続く、長い傷跡を撫でながら口を開きました。


「まぁいい。ルカが好きなのは私だけ。ちょっかいをかけようとしても無駄よ。

そもそも、ルカが私以外の人を相手にするとは思えないし」


「なっ、私そんなこと、ちっとも」


考えてません、と言おうとする私の言葉を聞くまえに、朝一番の日の光が、うっすらと部屋に差し込んでいたのです。


夢渡りは夜の魔術、朝の太陽が昇れば使えない魔法です。


彼女は光を振り返り、あっ、という顔をしました。

その瞬間、私の前にいた女性は、跡形もなく、霞のように消えてしまっていたのでした。


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