第3話 森のイケメンさんのおうちに招かれてしまいました


真っ暗な森を歩くために、私は魔法で小さな明かりをともしました。


まあ聖女ですから、明かりの魔法くらいは使えます。虫が集まってくるかしら、と思ったけどぜんぜんそんなこともなく。


そういえば、この森は呪われた魔獣が住むことから、植物以外、あらゆる生き物がいないのでしたっけ。

恐ろしい魔獣が住んでいるときいていたものの、しばらく進んでも特に何もありません。

虫も動物もいないなら、野宿にはよさそうですね。

このままなんとなく進んで大丈夫かな、と思いながら、てくてく私は歩きます。


どこまであるいても、何の気配もありません。2時間以上は歩いたでしょうか。できるだけ神殿から離れたくて、私は速足で進んでいました。


この森にも木の実くらいはあるでしょう。昔は儀式に使っていた泉もあるのだと神殿の誰かから聞いたこともあります。私は神殿に来る前、幼少の頃は結構なアウトドア生活をしており、野宿も食料採集も実はなれていますのよ、私は森の猿女など悪口を言われていましてよウホホっなど思ったところで、向こうからすごいいきおいでかけてくるものがありました。


ドドドドドドとすごい足音です。木々をなぎ倒しながら、何かが……え、何、何がやってくるの!?



グオオオオオン!



というすさまじい咆哮とともに、闇の向こうから一抱えはあろうかという熊?か何か、巨大な獣が、私めがけて走ってくるのです。


「障壁よ!」


私は咄嗟に障壁をはりました。これでも聖女(あ、今は元ですが)です。しかし、向こうからかけてきた巨大なかたまりは、それをやすやすとぶち破り、私にとびかかったのです。


(あ、これは死にましたね)


私は思わず目を閉じ、覚悟を決めました。


どんと何かがぶつかり、私は尻もちをつき、倒れます。

重い、あんな大きな獣だったんだものそれはそうですよね、あれ……っでも思ったよりも何か軽いって言うか小さいって言うか……いやでもめちゃくちゃ重いは重いんですけど。


と、私はうっすらと目を開けました。


私の上で、おそらく成人と思われる男性が目を回して倒れていました。


「あの……あなた……今走ってきた獣……?」


返事はありません。


「あのーすみません、どいてください……」


私は奇妙なことに気が付きました。

耳が生えている。彼のあたまの上に、犬みたいな耳が生えているんです。あらー。あらあら。ちょっとかわいいです。


「うう……」


彼は頭を押さえてようやく起き上がりました。そして、私の顔を見るとはっとして、


「ああ、すまない」


とあわててその場を飛びのき、そして飛びのくなり、彼の頭上の耳がぴんと立ちました。


「……人の姿に戻ってる……だと!?」


彼は驚いたように声をあげました。今更、私が明かりのために作り出した魔法の光が、彼を照らします。


その顔はびっくりするほど綺麗な御尊顔でした。


オズワルドもあれはあれで怜悧なお顔で王宮にファンが多かったけど、こちらはこちらで……多分、王宮あたりに居たらファンがつきそうな品のあるお顔です。


ただ、頭上にはかわいい犬耳。これはどういったことなのでしょう。

そもそも、そしてそれはそれとして、筋肉質な鍛えられた体が素晴らしい……っていうか、裸……ですね。


ど、どうしましょう、私、夜の森で全裸男性に遭遇してしまいました。


今更気付いて、私は彼から目を逸らし思わず下の地面を見つめました。


それで気が付きましたが、彼、足もはだしで、それも犬や猫のような四つ足の獣の足だったのです。

モンスター、なのでしょうか。


でも、彼から敵意は感じません。私は少し警戒を解いてあまり彼をしっかり見ず、限りなく地面に目線を向けながらききました。全裸ですし。


「あの、あなたは、どなたですか? 人間……ですか?それともモンスターか何かですか?」


「……一応は人間だ」


そういうと、彼はため息をつきました。


「しかし夜には呪いで狼になる。君、俺に何をしたんだ。夜の狼の姿が解けた。君が俺の呪いを解いたのか?」


そう言って詰め寄る犬耳全裸男性に私はたじろぎ、あははとあいまいに微笑みながら2,3歩後ろにさがりました。


「その、何をしたって言われましても……」


ていうか浄化結界をはっただけなんですけど、ああそうか、もしかしたらそれのせいかも。浄化結界はモンスターを溶かしたり弾き飛ばしちゃうやつなんですけど。


「えっと、一応あなたが襲い掛かってきたので、浄化結界を貼りました。

あなたが呪われていたというのなら、もしかしたらその影響で、一時的に呪いが薄まったのかもしれません」


「そうなのか……!

そうだとしたら本当にありがたい。この礼はどうつくしたらいいか」


と言って、彼は感激したように私の手を取りぎゅっと握り締めました。ぷにゅっとした感触に私が思わずその手を見れば、彼の手は、やっぱりその足と同じように、爪も鋭い肉球のある犬とみまごう手なのでした。


「礼などは、そのっ、だ、大丈夫なのですが、そのあの、ところで服などは召されないのですか!?」


「は? あっ!!!」


彼はようやく自分が全裸なことに気が付いたようでした。


「……失礼した。すっかり失念していた」


と服を探すかのようにあたりに目を走らせるものの、まぁ多分彼の服はこのあたりにはないでしょう。


「あの、良かったらこれを」


私は自分のかたにかけていたショールを、彼に手渡しました。大ぶりですからね、服代わりにはなるでしょう。


「すまないな……」


バツが悪そうにそれで体を蔽うと、彼は恭しく私に礼をしました。


「その服を見るに、君は天明宮の巫女だな」


いえ、巫女っていうか巫女を束ねる天明宮に君臨せし聖女だったんですけど……。

でもそれは今言わなくていいでしょう、聖女の任を解かれた等話すのも恥ずかしいですし。


「一目みてよくわかりますね」


「俺はこれでも、昔は王宮の騎士勤めだ。年若い巫女が、どうしてこのような場所にいる?」


「天明宮から追放されました。いくところがなく、この森に逃げてまいりました」


彼は少し絶句し、同情するように眉を寄せました。


「ということは年端も行かない少女が、こんな森で野宿をすると?」


いえ、これでも少女ではないのですが、まぁ私は童顔ですからね。


「ふふ、昔はやんちゃでしたので。これでも野営みたいなことには慣れております」


「……難儀なことだったな。どうあれ、俺にとって君は恩人だ。うちは雨風をしのいで寝る場所くらいはある。ぜひこの礼を。あばら家だが、うちでもてなそう。受けてくれるな?」


そう言って、恭しく礼をすると犬耳イケメンさんは私についてくるように言うのでした。


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