問答

 スラは夕刻まで待ち、真月の闇とともに村に帰ろうと思っていた。

 スラがもう安全だと思った林の切れ目にその男は立って居た。

 男はスラより一回り大きかった、名をガルという。


ましおまえの帰りは思ったより早きに」


 ガルはスラに言った。

 スラは黙っていた。左手を更に懐の奥へと入れた。

 ガルの左の腰には猪の首をも落とす大きな直刀がぶら下がっていることにスラは、もう気づいていた。

 対しスラは丸腰だった。

 西の果てまでの旅ですべての持ち物を失うか食い物に交換していた。

 スラは弱々しい声で言った。


おきなのネド様がましおまえをよこしたのか」

「ネド様一人の考えではない、ましおまえもふくまれるあがわたしの部族の総意だ」

「嘘だ」


 スラは大声を上げた。


ましおまえに告げる。ましおまえが懐にも持ちいたるものをこの場で捨てるなら、ただすこともとがめることもなにもない」

ましあまえが、あがわたしに命ずる資格はないっ」


 スラの声は悲鳴に近かった。


「話し合ういとまもない」


 ガルは大きく息を吸うと静かな声で言った。


「捨てずに走ればその首を。持ったままならその左手を失う」


 ガルは部族のきば、狩猟の<やじり>だった。

 幼い頃からスラは体を動かすことに置いてガルに何一つにおいて勝ったことがなかった。

 あるとすれば、木々の実拾い、野いちご摘み。

 どれも部族では、女子供老人の仕事である。

 スラはぐーっとすでに身体の一部が切り取られたかのような声を上げた。


「この銀の粒さえ村に渡ればもう空腹にも病にもならずに済むことをましは存じておるのか?獣や木の実を求め、けもののように生き、けもののように死ぬこともない。もうすでに西では皆がそうやって生きておる」

 

 間があったが、これは最後通告だった。

 

「古き神から続く我らの先祖の何世代にもわたった生き方を代えることは出来ない」


 ガルは冷たくそう言い放った。


「ガルっ」


 数刻もしないうちにスラの悲鳴が真月のもとブナの林に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る