銀の粒

美作為朝

帰還

 スラという名の男が林を飛ぶように駆けている。

 スラは落葉広葉樹林の林を下り、照葉樹林の林へ入った。下生えの草にはもう見覚えがあるシダ、苔が生えている。

 どこに何が生え、どの花が食え、どこに実が沢山落ちるか見知った森である。

 日の落ちたばかりの森はもう既に暗く、寒かった。

 季節はこれからどんどん寒くなろうとしていた。

 人の生活を助けてくれる豊かな森だが、猪に熊、狼が暮らす危険な森でもある。

 森は人とけものを平等に扱った。

 スラは左手を麻の服の懐へ大事に隠している。

 スラは右手で濃い髭を掻いた。

 まっすぐ村へ戻るのはまずい。

 西から、迂回に迂回を重ねてほぼ北回りで歩いて一日分の距離を半周経てから村を臨む。

 ここ数日、最低限のものしか食べていないスラは空腹だった。

 翡翠などの最も高価なものは西の果てで生きるためにそれよりはるかに安価なものと交換した。

 しかも、正当な交換とは言い難かった。

 道案内とそれ以外の営みもした怪しげな女を一人、弱そうな見張りを一人、追ってきた士卒を二人あやめていた。

 だが、手に入れるという意味ではスラは手に入れていた。

 

 銀の粒を。

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