第9話 コモンプレイス

 数日後。


 邪神との戦闘後、ナイネを通じてヴィーアメント製薬とジェラス・ファミリーとの繋がりが公になり、近々家宅捜査が行われるらしい。


 今回の事件の黒幕となった男は邪神達の住む神界に送られてしまったため、容疑者死亡扱いになるだろう。


 を終えたジャコーズは疲れによりソファーで眠っていた。


「まったく、またこんな所で寝て。ジャコーズさん、寝るならベッドで寝て下さい」


 あれから無事に復帰した結壁が、ジャコーズを起こそうとするが、起きる気配は無い。


「ただいまー。あらジャコーズ、ペナルティが終わったのね」


「桜さん、また女の人の所ですか」


「面倒な仕事が終わったんだもの。いいじゃないのそれくらい、ね♪」


「悪びれもしませんね、まったく……。まあいいですけど、刃傷沙汰にんじょうざたは勘弁して下さいね」


 注意をスルーした桜がジャコーズの頬をつつく。


「こうしてると、普通の子供に見えるのにねぇ」


「これで二十五歳とか信じられませんよね……」


 ジャコーズの外見が子供のような姿なのには理由がある。それは今回の話では語ることはない。


 そして変身能力。これは邪神の契約に基づき、一時的に本来の姿に戻ることが出来るのだが、変身解除後にはペナルティが待ち受けているため、使うのはいつも最後の手段だった。


「そういえば、デッドマンは?」


「デッドマンさんなら、エルイールさんの買い物の付き添いです。もう少ししたら戻って来るでしょう」


「ただいま、帰ったぞ」


 噂をすればデッドマンが買い物袋を両手に持って事務所に入ってきた。


 デッドマンは事件以降、しばらくは便利屋の仕事に戻ると言い、事務所内に居るときは上階でトレーニングに勤しんでいる。


 目つきも鋭く寡黙で無表情ではあるが、人付き合いは悪くは無い。ただ、いつ気まぐれに修行に出るかは分からないのが玉にきずだ。


 そして──。


「ジャコーズ、起きなさい!」


「んー……何だよ……って」


 起床を促す声に目を開くと、腰に手を当てて仁王立ちしている金髪碧眼の少女──エルイールがそこに居た。


「あー……おはよう?」


「おはようじゃありません!事務所はお仕事をする場所なんだから、ちゃんとベッドで寝なさい!お客様が来たりしたら失礼でしょう!」


「あーも、分かったよ!うっせえな!起きる、起きるから!」


 結壁が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ジャコーズはため息を吐いた。


「それで、エルイールさんに一体何が起きたか説明して貰えますか」


「ああ。あいつが神界に生贄として送られたのを引きずり出すとき、ほとんど意識というか、魂が失われた状態になってたんだ」


「魂、ですか」


「そうだ。元々生まれてすぐの人造生命に事故で心が宿った。それはまだ仮初めの無垢な状態だったわけだ」


 ジャコーズは一息置く。説明をするのが苦手なため、言葉を選んでいるのだ。


「人の心や魂ってのは神界に長く存在することは出来なくて、やがて世界に溶けるように消滅しちまうんだ。それで、あいつを消さないために、別のものを混ぜる必要があって……」


「ねえ、エルイールって名前ってもしかして……」


「……死んだお袋の名前」


 結壁がきょとんとした顔をしている。桜は笑いを堪えて口を手で押さえていた。


「もしかして、ジャコーズさんのお母さんの記憶と魂が、混ざっちゃったってことですか?」


「……まあ、簡単に言えばな」


「ぷっ、あはははははははははっ!」


 ついに堪えきれずに大笑いを始めた桜を、渋面になって小突くが、笑いが収まることは無かった。


咄嗟とっさに思い浮かんだ名前がそれしか無かったんだよ!名前だけでも付ければ存在を固定出来るって思ってたんだ!まさかお袋の記憶丸ごと引き継いでるなんて思わねえだろ!?」


 エルイールは無垢な魂が神界でジャコーズによって名付けられたことにより、それに神の許へと去ったジャコーズの母の魂を引き寄せてしまうこととなってしまった。


 結果、生贄として生まれた少女の魂と記憶と混ざり合い、今のエルイールが誕生したのだった。


「繋ぎ止める為とはいえ、本当やらかしちまったなあ……適当に名前考えとけばよかった」


「ジャコーズさん、ネーミングセンス無いですもんね」


 顔を押さえて溜め息を吐くジャコーズを見て、結壁も苦笑するのだった。


 ふと、結壁は思い出す。彼女が作ったポトフのことだ。


 研究所から逃げて数日の彼女が、何故材料からスープを作れるほどの腕前を持っていたのだろうか。


 ──もしかして、彼女はのではないだろうか?


 それを確かめる気は、起きなかった。


「デッドマンさん」


 屋上でバーベルを片手に一本ずつ持ってトレーニングをしているデッドマンに、エルイールが呼び掛けた。


「どうした、俺に用か」


 一瞥いちべつすらせずにトレーニングを続けている。素っ気ない態度ではあるが、これがデッドマンの素の性格である。エルイールも気にすることなく話し始める。


「あの子を……ジャコーズを育てて下さって、本当にありがとうございます」


 そう言って頭を深く下げる。


「気にしなくていい。あの時、あんたを助けられなかったのは俺の落ち度だ」


 エルイールは昔、ジャコーズを庇い一度死亡している。その時デッドマンに助けを求めたのだった。


「俺があいつを育て、鍛えたのは気まぐれでしかない」


「そうだとしても、お礼を言いたかった。本当にありがとう」


 頭を上げたエルイールは目に涙を浮かべて微笑んだ。


「……あれから二十年か。随分と経ったな」


 デッドマンはバーベルを下ろし、街を眺めながら呟いた。


 事務所の机の電話が鳴る。結壁が受話器を取り応対した。


「ジャコーズさん、依頼です。場所は四番地、暴れてる集団が居るようなので鎮圧してほしいとのことです」


「おし、んじゃ行くか!桜、車出してくれ!」


「えー、面倒臭いから自転車使ってよ。アタシこの後、待ち合わせあるんだから」


「んじゃデッドマンに頼むか。そん代わり、お前に今回の依頼料は渡さねえからな」


「ちょっと、デート代が減っちゃうでしょ!分かったわよもう!」


 ジャコーズはジャケットを羽織り、髪を雑に総髪にする。


「行ってらっしゃい、気を付けて!」


「おう、行ってくるぜ!」


 慌ただしく出て行くジャコーズと桜に結壁は手を振って見送るのだった。


 ─────


 依頼の場所へ向かう車の中。ジャコーズは窓に頬杖をつきながら流れる景色を眺めていた。


「どうしたのよ、急に静かになっちゃって」


「ん?ああいや、別に」


 桜の言葉を適当に流すジャコーズだったが、考えていたのはエルイールのことだ。


「どうせエルイールちゃんのことでしょ。こんな育ち方して、親孝行とかしてあげられるのかなーとか、そんなこと考えてたんでしょ」


「……うるせえ」


 図星を突かれて、返す言葉も無かった。


「大丈夫よ。親っていうのは子供に立派に育ってほしいって思うものなんだから。その点に関しては、アンタは胸を張るべきよ」


「そうかな……いや、そうだな」


 あの日、無力な自分を憎んだ少年は、誰かを助けることで、それが母を守ることが出来なかった償いだと考えて生きてきた。


 そしてある日、予期せぬ邂逅によって、更に多くの誰かを助けることが出来る力を持つに至った。


 これは、誰かの平穏を守りたいと願い戦う少年と、そこに集った仲間たちの、きっとありふれた日常の物語だ。

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