第8話 リターン
それは鎧を思わせる異形の姿だった。
十歳程度の小柄な姿は、成人のそれと変わらない程に大きくなっている。
突き刺すような威圧感と、その全身から溢れ出す邪悪な力。
「はは……ははははは!何だ、お前も同類ではないか。神の力を得てヒーロー気取りか、笑わせる」
異形と化したジャコーズを見た男の哄笑が広間に響く。
「邪神の眷属、噂には聞いていたがまさかお目にかかれるとは思わなかったよ。何を代償にその力を得た?」
その問いに、ジャコーズは答えない。
「家族か?友人か?そして今度は私の手下を皆殺しにした。私とお前の、何が違う?」
その直後、床がジャコーズを中心にひび割れる。それは一気に広間全体に広がり部屋全体を揺らした。
一歩、踏み出す。男はその余裕の笑みを引き
もう一歩、踏み出す。男は一歩下がった。
『使いたくなかった手だが、仕方ねえ』
機械のフィルターを通したかのようなその声は、先ほどの少年と違う、成人の男の声だった。
『邪神をこっちに
男が邪神の力を行使しようとしたその寸前。ジャコーズは瞬時に間合いを詰め、左手で男の首を、右手で左手を掴んだ。
そしてそのまま、左手を握り潰す。
「ぎっ……あ、アアァアアアァァ!!」
痛みに男が叫ぶ。構わずジャコーズは首を掴んだまま、男を装置まで押していく。押されていく途中で転びそうになれば、力を込めて無理矢理立たせて、どんどんと装置へ近付いていった。
「な、何をするつもりだ!離せ!離すんだチンピラ風情が!」
『テメェを神の元に送ってやる。精々、機嫌でも取ってくるこったな』
装置の上、ゲートの真ん前まで飛翔し、ジャコーズは鎧の爪を伸ばす。
そしてそのまま、広がっていたゲートを切り裂いた。開いているゲートをに傷を付け、別のゲートを開いたのだ。
「やめ、ろ……離せ……」
首を絞められたままの男が
『ま、安心しろよ。こっち側に来る連中と違って、神様って連中は向こうでなら話も通じるからよ。ただ、まあ……お前の常識が、奴らに通じればの話だけどな』
「か、神よ!私に力を!私に──」
そしてジャコーズはそのゲートの傷の中に、男を叩き込んだ。
声も無く男は飲み込まれていき、そして姿を消した。それと共に、傷が消滅する。
『あとはこいつを押し返さないとな……面倒臭え』
邪神は召喚を開始すれば、一度姿を現すまで元の世界に戻すことは出来ない。
こちら側に直接接続された神は理性を失い、災いを引き起こすために【邪神】と呼ばれているが、本来は普通の理性的な神々だ。
邪神の眷属であるジャコーズの役目は、顕現することで理性を失ってしまった邪神を元在る世界へと帰し、人の世界を守ることである。
開いたままのゲートの中で
それは一言で言えば、
『桜!傷を治したら手伝ってくれ!』
「え、ええ。分かったわ」
魔法の使用を妨害していた人物が消滅したため、桜は自身の治療を始める。ただし自分自身の治療を苦手としているため、しばらく時間を稼がなくてはいけない。
『おい、デッドマン!お前はいつまで寝たふりしてやがる!とっとと起きて押し返すのを手伝いやがれ!』
ジャコーズが転がっているデッドマンの死体に叫ぶと、デッドマンは切断されていない片腕で近くに転がっている頭を掴み、雑にくっ付けて起き上がった。
「何だ、もう少し寝かせてくれてもいいだろう」
『寝てる場合か!邪神を帰すのを手伝え!』
切断された方の腕もくっ付けて再生させたデッドマンは、
『これを使え!』
ジャコーズが鎧の一部を削る。それは一振りの刀となってデッドマンの手に渡った。
『バランスを崩してくれ!俺はいつも通りやる!』
邪神から放たれる闇が触手の様にジャコーズへ向かい伸びる。
それを爪で切り裂くと、触手の先が霧散し闇となり、それがジャコーズへと吸収された。
彼の役割は邪神の力を吸収して邪神の弱体化とともに自身の強化を行うことである。
増幅した力により機動力を増強し、デッドマンへの攻撃を防ぎつつ、力の吸収に集中する。
「はあっ!」
闇の刀を振るい、デッドマンは手にダメージを与えていく。刃はほとんど通らないが、鞘に収める度に加速していく刃は放たれる毎に無数の斬撃となっていき、やがて邪神の手を傷付けていく。
邪神が痛みに耐えかね、デッドマンを掴もうとした。
しかし、破裂音とともに邪神の手は弾かれる。
「桜!」
自身の応急処置を終えた桜が射撃によって攻撃を防いだのだ。魔法で取り出したのだろう、対物ライフルを手にしていた。
「お待たせ!……赤ん坊を撃つなんて、あまりいい気分じゃないわね」
「見た目が赤ん坊なだけで、こいつは神だ!お前の数億倍は生きてんぞ!」
「外見は大事ってホント思い知らせてくれるわね!」
デッドマンが立ち上がろうとした邪神の足を斬りつける。邪神の身体が傾き、再び四つん這いの状態に体勢を崩した。
「すまない、助かる」
「手数で攻めるアンタじゃ邪神の攻撃、弾くことが出来ないものね。アタシに任せなさい!」
ジャコーズが力を奪い、桜が攻撃を弾き、デッドマンがダメージを与えていく。
やがて力を削がれた邪神が動きを止めた。
『今だ!』
動きを止めたということは、ジャコーズの力が邪神を大きく上回った証拠だ。
ジャコーズがゲートを切り裂くと、邪神がそこに吸い込まれ始める。
『うおおりゃあああぁっ!!』
最後の気合いを入れたジャコーズに押し込まれ、ついに邪神はその姿を消した。
『後はあいつだ』
そのまま、開かれたゲートの傷の中にジャコーズは飛び込んだ。
心が、意識が、沈んでいく。
苦しくはなかった。
自分には何も無かった。
──いや、違う。
少なくとも、得たものがあった。
それが失われることが、酷く寂しかった。
叶うのなら。
叶うのであれば。
せめて最期に、誰かに。
私の名前を呼んで欲しい。
『──イール!』
誰かが、誰かの名前を呼んでいる。
『エル──ル!』
私は、その呼び声が誰かを知っている。
『エルイール!それが、お前の名前だ!』
目を開く。
自分を抱く、異形の姿があった。
「ジャ……コーズ……?」
『ああ、しっかりしろ』
桜と、昔出会った白くて黒い人も一緒に居た。
「夢を、見たの。私の名前を、誰かが呼んでくれる夢……」
『夢じゃねえよ、エルイール。お前の名前だ』
その言葉に、00219番──エルイールは涙を流し、目を閉じた。
『寝ちまったか……よし、ゲートも閉じたことだし、さっさと帰るぞ。桜、こいつを頼む』
ジャコーズはエルイールを桜に預ける。
そして彼を中心に黒い魔法陣が広がり、黒い光がデッドマンを含めた四人を包み込む。
やがて光は消え、広間には誰も居なくなった。
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