第7話 デッドマン

 最下層へと下りると、明らかに様相が違っていた。


スチールの床や天井から、浮き出た赤黒い血管や瘤が脈打っている。無機物と有機物がぜになった気色の悪い道が出来ていた。


 その様相に立ち止まると、その鼓動が靴越しに足へと伝わってくる。


 桜が何となく壁を銃でつつくとそこが開き、ぎょろりとした目が現れる。息を呑み、少し後ずさる。


「趣味が悪いわね……」


「襲ってくる様子は無えな。そんじゃ行くぞ、この先だ」


 こういう事態に慣れているジャコーズは物怖じすることなく歩き出す。


 若干怯えながらも、桜はジャコーズに付いていった。


 二人が通り過ぎた後、大量の目が壁に、床に、天井に現れるが、二人は気付くことは無かった。


 そこは大きな広間だった。明かりはほとんど着いておらず、唯一とまともな照明と言っていい光源となっている、部屋の中央に見える装置は百メートル近くは離れている。巨大な柱が等間隔に円を描くように並び、装置を囲んでいた。


 装置の上では、まるで浮かぶように穴が開いており、闇が蠢いている。


 00219番の姿は、ない。


 二人がそこに近付くと、装置の傍には黒幕とおぼしきスーツの男。


 その傍らに立つ、ジャコーズと似たファージャケットを着た、刀を持つ真っ白な髪の眼鏡を掛けた男。


「久しぶりだな。ジャコーズ、桜」


 白い髪の無表情で落ち着いた雰囲気の男、デッドマンは以前出て行ったときと変わらず、いつも通りの挨拶をしてきた。


「ああ、久しぶりだな。で、そっちの野郎が邪神なんてぼうとした大馬鹿野郎か」


 少し小太りだが目つきは鋭く、人の上に立つタイプの威厳をかもし出している。


「よく来たね。犯罪者のお二人さん。建造物侵入、未成年者誘拐略取、器物破損、暴行、傷害、殺人、その他諸々。人のシマで好き勝手やってくれたものだ」


「手前が邪神なんぞ喚ぼうとしなけりゃ、全部起きなかった結果だろうが!被害者ぶってんじゃねえぞクソ野郎!」


 ジャコーズが怒りをあらわにするが、スーツの男は意に介さない。


「はは、チンピラ風情がよく吠える。彼のように黙って金で動いていればいいものを」


 刀を手に、デッドマンがこちらへと歩いてくる。


「デッドマン、何で邪神を喚ぶのを止めなかった。返答次第によっちゃ十遍じゅっぺんくらい死んでもらうぞ!」


「俺は自分の修行の成果を、お前の本気の実力で試してみたい。そのためにこちら側に来た、それだけだ」


 デッドマンへの質問の返答は、単純なものだった。


「この修行馬鹿が!だったら後で好きなだけ相手してやっから、そこを退け!」


 ジャコーズは恫喝するが、デッドマンは涼しい顔でそれを拒否した。


「そうはいかない。お前の全力はこういうときくらいしか発揮されないからな」


 そう言ってデッドマンは鯉口を切り、構えた。


 デッドマンは抜刀術シューティングを得意とする我流の剣術だ。


 ジャコーズは幼少からデッドマンに剣を習い、そこから成長するに連れ、独自の戦い方を身に付けていった。


 負けるつもりはひとつもない。しかしジャコーズがデッドマンに勝てる可能性は、ジャコーズ本人には全くと言っていい程、見えなかった。


「邪魔はしないでくれよ」


「ああ、一騎打ちに干渉しないという約束だからな」


 デッドマンの言葉に、男は快く返事を返す。


「では、行くぞ」


 その一言とともにデッドマンが瞬時に間合いを詰め、刀を抜き放つ。


「ちっ!」


 ジャコーズは上体を反らし、持ち手を狙って蹴りを放つがかわされ、逆に背中に蹴りを喰らい吹き飛ばされた。空中で体勢を整え、着地する。


 刀を構え、斬りかかる。突きを、蹴りを放つ。


 何度も繰り返すが、その悉くがかわされ、なされる。


「どうした、前よりも動きがにぶっているぞ」


「るっせえ!」


 目的を忘れかけていたジャコーズが桜に叫ぶ。


「桜、スーツの野郎を狙え!」


「おっと、そうはいかんよ」


 スーツの男が指を鳴らすと、そこら中から先程散々戦ってきた怪物達が姿を現す。


「健気なものだろう。理性を失ってもこいつらは私に従ってくれる。これがカリスマというものだよ」


「虎の威を借る狐じゃないの。こいつらが動いてるのって邪神の力でしょ」


「私が邪神の力を操っているのだから、彼らが従っているのは私の力だよ。私はこの力を以て、まずはエンヴィーとラース、二つの州の王となるのさ」


「アンタ、多分頭も良い方なんでしょうね。でもアタシ、他人を使い捨ての手駒にしか見てないような奴って反吐が出るほど嫌いなのよ!」


 そう言いながら、桜はアサルトライフルを腰だめに構えて連射する。銃弾を浴びて怪物達が倒れていくが、次から次へと男を庇うように立ち塞がっていき、きりが無い。


「だったら!」


 桜が手に魔力を込めて両手を打ち鳴らす。しかし、怪物達は身体を少しびくっと大きく跳ねただけで、効果が見られなかった。


「無駄だよ。邪神の膝元で、そんな魔法を行使することを許す訳が無かろう」


「くっ……!」


 銃声の鳴り続ける中、ジャコーズは攻撃をしながらデッドマンの隙を探す。しかし防御面においてはそれが見当たらない。どの動きもほぼ最小限に抑えられており、こちらの体力ばかりが減っていく。


 デッドマンが刀を収め、抜刀と共に攻撃する。繰り返す程に納刀と抜刀のペースは上がっていく。


 刀を鞘に収める瞬間を狙い、一気に距離を詰める。


 ──が、完全に鞘に刀が収まった瞬間。


「ふっ!」


 瞬きをする間も無く放たれる剣閃に、ジャコーズの腕が斬られ、またもや蹴り飛ばされてしまう。今度は受け身もとれずに床に転がってしまった。


「息が上がっているぞ。その程度じゃないだろう」


「うるせえ……お前は絶対に、ぶっ殺す……!」


「無駄だ。俺は死なない」


 淡々と告げるデッドマンに、また苛立ちを覚える。


「無駄な動きが多すぎるな。俺はまだ本気を出していないぞ。さあ立て。刀を取れ、立ち上がれ。その刃を俺に届かせてみろ」


「くっそ……!」


 息を整え、立ち上がる。その間、デッドマンは攻撃もせずに待っていた。


 舐められている訳でも無い。むしろこちらの方が辛酸を舐めている。相手は修行に出る前よりも遥かに強くなっている。


 どうすればいい。考えろ。考えなくてはならない。どうすればいい、考えろ、どうすればいい──。


 堂々巡りの中、デッドマンが呟く。


「──やはり、結壁むすかべは殺しておけばよかったか」


 瞬間、頭の中が怒り一色に染まる。


 気付いた時には、デッドマンの顔面にその拳を叩きつけていた。


 吹き飛ばされたデッドマンは数回バウンドした後、体勢を立て直す。


「テメェ……今、何言ったか分かってんのか」


 ジャコーズの言葉にデッドマンは答えず、先程までの能面のような顔にうっすらとした笑みが現れる。


「そうだ、もっとお前の力を見せてくれ」


 デッドマンが再び抜刀術で斬り掛かろうとする。


 しかし、刀を抜き放つ寸前、ジャコーズは刀の柄頭に蹴りを放つ。


 ほとんど横になった体勢からジャコーズはぐるりと回転し、左手に持った刀を力任せに振り回す。


「くっ!」


 上体を倒れそうな程に反らし、辛うじてデッドマンは回避をする。完全には避けきれず、頬を切った。


 バク転をして体勢を整えたが、気付けば目の前にジャコーズが居た。


「──くたばりやがれ」


 デッドマンはやむを得ず、刀を手甲のように腕に重ね、盾のように防御の構えをとる。しかし──


「うおおおおぉぉぉッ!!」


 ジャコーズの振り抜いた刀は、デッドマンの刀の鞘を砕き、刀身をへし折り、腕を切り裂いた。


 そして、デッドマンの首が落ちる。


 倒れたデッドマンには目もくれず、ジャコーズは桜の元へ走る。痛みも疲れも感じない。


「あら、デッドマンを倒したのね……こっちは弾切れ、丁度良かったわ」


 ぼろぼろになって膝をついた桜をかばうように立つ。


 周囲を見回すと、怪物の数は既に二十体を切っていた。


「悪い、遅くなった」


「ほう、デッドマンを殺ったのかね。素晴らしい腕だ」


 スーツの男は満足そうな笑みを浮かべて拍手をした。


「後はテメェだけだ。邪神の召喚を止めて降参すれば、警察に突き出すだけで許してやる」


「ははは、礼儀を知らん小僧だ。目上の者に対する言葉遣いがなっていないのではないかね」


「悪いがスラム育ちでな、敬語なんざ生まれてから一度も使ったことは無え。ンなことより、降参するかどうか選びやがれ」


 ジャコーズの言葉に、男は「ふん」と鼻で笑う。


「私は神の力を得たのだよ。たかが便利屋チンピラ如きの言葉に従う義理が、何処にある」


「何でどいつもこいつも、『自分は神の力を制御出来る』なんて思い込むんだよ。そいつらは人間の手に負えるもんじゃねえぞ!」


戯言たわごとを……しかし、ここで召喚の儀式を止めたところで最早、邪神の顕現は止められんよ」


 男が指を鳴らすと、先程倒した怪物達の死体達が再生を始め、ゆっくりと立ち上がった。


「さあ、君らもこいつらの仲間に加えてやろう。そして私の手駒として従うがいい──ん?」


 男は違和感を覚える。


 囲まれた便利屋二人、雇った用心棒の死体が一つ。


 照らされる手下と便利屋達の影。


 ──影。


 男は抱いていた違和感に気付く。


 装置に照らされているはずの赤髪の少年の影が、装置側に向かって伸びているのだ。


 少年は刀を鞘に収め、縦に持ち真っ直ぐ突き出した。


「──啼烏なきがら、俺に従え」


 そう言って少年が刀から手を離すと、刀は影に吸い込まれていく。


「ふん、やれ!」


 嫌な予感を覚え、怪物達に指示を出す。しかし。


 少年の影が急激に大きく広がり、怪物達の足元を包んだ瞬間、怪物達は影に沈み込んでいく。


 やがて全ての怪物が影に飲まれた後、その影が巻き上がり、少年を包み込んだ。


 数秒後、影が形を成す。それはまるでカートゥーンの変身ヒーロー、その悪役のような禍々しさを放っていた。


 男は初めて驚愕の顔を浮かべる。


「邪神の、眷属……!」

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