第6話 レイド・アンド・レイジ

 二人が事務所に戻り応接室のドアを開けると、床に結壁むすかべが倒れていた。


様子がおかしいと思い、ジャコーズは桜に指示を出す。


「桜、事務所をスキャンしろ!」


「え、ええ!」


 桜が魔力を集中し始めたとき、結壁が目を覚ました。


「ジャ、ジャコーズさん……」


「しっかりしろ、何があった!あいつは…あいつはどうした!」


「デッドマンさんが……連れて行ってしまいました」


「何だと!?」


 その名前にジャコーズと桜が驚く。


 デッドマン。便利屋のメンバーの一人であり、結壁が異世界の人間であることを知っているもう一人の人物だ。修行が好きで、普段から何処かにふらふらと出掛けては数か月後に帰ってくる生活を繰り返していた。


「何でデッドマンがあいつを連れてったんだ!何処に行ったか──いや、多分……」


 ジャコーズは問いただそうとして、言葉を止めた。結壁を担ぎ上げ、隣にある仮眠室に運ぶ。


「とりあえず、お前はゆっくり寝てろ。いやくっそ重てぇなお前」


 ベッドに少し雑に転がし、靴をぎ取って布団を被せる。


「腕には少しは自信があったんですけどね……。一発も当てられませんでした」


「あいつがここで一番強えんだ、仕方ねえよ。いいから寝てろ、あとは任せとけ」


 そう言って、ジャコーズは仮眠室を出た。


「桜、スキャンはもういい。デッドマンを追うぞ。武器の用意をしろ」


 出発の準備が出来た二人は廊下で合流した。そしてジャコーズはポケットにしまっていた、研究所から持ってきた黒い石棒を取り出すと、床に置いた。


 刀を鞘に納めたまま、垂直に石棒の上にスッと落とす。


 すると、刀は石棒に溶けるように、真っ黒な影を泡立たせるかの如くゆっくりと吸い込まれていった。


 呼吸一回分の間を置いて、黒い魔法陣が広がる。


「俺達を導け、啼烏ナキガラ!」


 ジャコーズが刀の名を呼ぶと、魔法陣から黒い光が立ち上る。


 黒い石棒は00219番を繋ぐ存在だ。そう啼烏は教えてくれた。やがて上る光がジャコーズと桜を完全に包み込んだとき──


─────


 二人は見知らぬ高層ビルの屋上に居た。風は強く冷たく、もうすぐ冬がやってくるだろうことを実感させる。


 意思を持つ刀、啼烏が導いたのだ。00219番は間違いなくここに居る。


 ジャコーズは石棒から飛び出した啼烏を手にすると、石棒を足で蹴り上げて掴む。


「行くぜ、油断すんなよ」


「誰に言ってるのよ。アンタこそ気を付けなさい、危なっかしいんだから」


 フロアを下りると、スーツを着た男達がこちらにやって来た。警備──にしては様子がおかしい。


「ア゛ー……ァ、アァ……ア゛……」


 目は飛び出しかけていて血走り焦点も合っておらず、よだれを垂らしながらふらふらと歩いている。舌はまるで腕のように肥大化し、およそ人間とは思えない程に飛び出しており、生き物のようにうごめいている。


「クソッ!こいつら、もう手遅れか!」


 ジャコーズは刀を抜き、桜はアサルトライフルを構える。


 迷うことなく桜が男達に引き金を引く。奥の男が殺傷系の魔力弾の光にズタズタにされていく。


 ジャコーズが向かった男は痙攣けいれんしながらその手をいびつふくらませ、大きな爪を生やしたが、それを振るう前に、腕と首を斬り落とされた。程なくして、啼烏に付着した血は蒸発するように消える。


「クソッ、最悪だ!下手すりゃこのビルの中の連中全員……!行くぞ、悪党は最上階か地下ってのがお約束だ!」


 焦燥感が背中を押されるように、二人は駆け出した。まずは社長室を探し、ドアを蹴破った。誰も居ない。


「大体分かったぜ」


「分かったって、何がよ?」


「あいつは召喚の生贄か依り代だ。そのために人工的に生み出された可能性がある」


 廊下を駆け抜けながら、現れたを次々に斬り捨て、撃ち抜きながら階下へと向かう。


「じゃあ、あの爆発事故の記事って」


「大方、召喚に失敗したんだろうな。それで邪神の力の余波を受けて自我が目覚めたんだろ。そりゃ記憶も無いわけだ」


「じゃあ、何であの子は怪物にならなかったのかしら?」


「分かんねえ。分かんねえけど、多分──じゃねえかな」


 階下へと下りれば下りる程に、怪物達は増えていく。


「そういえば以前聞くのを忘れてたけど、こいつら一体何なのよ!多分…元々人間だったのよね?」


び出される際に放出される邪神の力の余波を浴びたんだ。召喚の際に結界を張らないと、外に居る奴らはこうなっちまう」


 怪物と化した人間達が群れを成して階段を上ってくる。ジャコーズは手摺りを掴んで思い切り蹴りを叩き込むと、まとめて折り重なって踊り場まで転がり落ちた。すかさず桜がそれを仕留める。


「助ける方法は、無え。こいつらのせいの苦痛が邪神の力を増すことになる。気は乗らねえが、可能な限り倒してくぞ」


「……悪趣味ね」


「邪神のせいじゃねえ、喚び出そうとした馬鹿のせいだ」


 吐き捨てるようにそう言うと、死体を踏み付けながら二人は下へと進んで行く。


「キャアアアア!」


 何かが壊される音に続いて上がる悲鳴に、ジャコーズは敵を避けて一気に駆け抜ける。ドアが壊されている部屋に押し寄せている怪物達を斬り倒して部屋に飛び込んだ。


「たす、助け……ぐむうぅぅッ!?」


 運良く余波を浴びることなく、隠れていたのだろう。助けを求めた女の口に怪物が舌を捻じ込んでいく。


「くそっ!」


 素早く駆け寄り、怪物の頭をね、舌を切り落とす。倒れた女の口に残った舌を掴んで引きずり出した。


「おい、しっかりしろ!おい!」


 白目を剥いた女が痙攣し、その舌が見る見るうちに肥大化し、間もなく他の怪物と同じになる。


「ア゛ーァー?アア゛……ぁー」


 逃げる間もなく首を掴まれる。伸びた舌が顔を舐めた。


「ぐっ!?こ、の……」


 啼烏を振るには距離が近すぎる。焦って桜を置いてきたのは失敗だった。


「ジャコーズ!」


 桜の呼ぶ声と二発の銃声。肩とこめかみに銃弾を受けた怪物は、ゆっくりと倒れ伏した。


「大丈夫、ジャコーズ!?」


「ゲッホ、げほっ……!悪い、助かった……」


 ジャコーズは散乱した事務机の上にタオルを見つけ、それを引っ掴み乱暴に顔を拭う。


「無事で良かったわ──ジャコーズ?」


 さっきまで人だった存在を見下ろし、ジャコーズは歯噛みする。


「くそっ!クソッ!くそったれ!」


 ジャコーズは怒りに任せて壁を何度も殴り付ける。


 分かっているはずだった。これが初めてではない。何度も見たはずだった。


 人が怪物に変貌してしまうのを止められない。助けることが出来ない。そんな無力感に、怒りが湧き上がる。


「……行くぞ。絶対ぜってえに許さねえ。落とし前、つけさせてやる」


 二人はやがて一階に到着した。


「桜、スキャンしろ。道を探すんだ。邪神の気配が地下からしてる」


「分かったわ」


 桜が魔法を発動し、うっすらと青い光がフロアを包む。三十秒程で光は消えた。


「エレベーターと階段があるわね」


「先にエレベーターを見るか。どうせ専用のキーが無えと下りられないだろうけどな」


 エレベーター内では案の定、専用のカードキーを入れるスロットらしきものが見つかったが、付近の死体にもカードキーを持っている様子は無かったため、階段から地下へと下りることになった。


 地下室へと向かうとおぼしき扉を見つけたが、やはり鍵が掛かっていた。


 桜が拳銃を取り出してドアを狙おうとする。


「おりゃあッ!」


 突然の掛け声に桜が銃を素早く上に向ける。


 ジャコーズの渾身の蹴りを受けたドアは大きな音を立てて拉(ひしゃ)げて曲がり、地下への道を開いた。


「ちょっとジャコーズぅ、蹴るときは言ってよ。撃つところだったじゃない」


 桜の文句に、ジャコーズは応えずに階段を下りようとする。


「ジャコーズ」


 呼び掛けにも返事は無い。


 目を細め、桜はライフルの銃床じゅうしょうでその後頭部を殴り付けた。


「でっ!」


 ジャコーズが啼烏を桜に向けて振るう。その刃は首の手前で止まる。


 桜は桜で、拳銃をジャコーズの眉間に向けて構えていた。


「……何しやがる」


「頭、冷やしなさい。怒るのはいいけど、怒りに呑まれるのは失敗の元よ」


手前テメエに何が分かるってんだ」


「分かってるから言ってるのよ。守れない辛さも、救えない痛みも、アタシだって知ってる」


 ジャコーズは桜を睨み付けたまま動かない。


「あの子を助けるんでしょ。そんな風に怒りに曇ったナマクラなハートじゃ、あの子を救うどころか傷付けることになるわよ」


 ──数秒の沈黙の後、ジャコーズは刃を引いた。そして軽く深呼吸をする。


 冷静さを見失っていた。罠があろうと、怒りのままに踏み壊して、全て叩き潰す。そればかりが頭の中を埋めてしまっていた。


「悪い、頭に血が上った」


「いいのよ。友達でしょ♪」


 ジャコーズの謝罪に桜はウィンクを返す。


「さ、行きましょ。さっさと終わらせて、こんなとこからはおさらばよ」


「……おう!」


 目指すは地下。最下層にある、邪神が居る場所だ。

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