第5話 スニークイン

 夜。時計は十一時を回っている。


 クーロンズ・レプリカから帰宅し、ジャコーズはパソコンの電源を入れる。


「お前ら、先にシャワーでも浴びといてくれ。俺は最後でいい」


 そう言うと、ジャコーズは帰る前にサイコダイバーから貰った情報を頼りに各地の過去のニュースの検索を始めた。


 約三十分後。


「レイジシティ……ヴィーアメント製薬……こいつか」


 レイジシティはネメシスシティの隣にある市街だ。車で二時間もあれば着く程度の距離にある。


(原因不明の爆発事故。俺らとあいつが会う二日ほど前に起きてるな。その時に逃げ出したってことか)


 ジャコーズ達が00219番と出会ってから、十日近い日数が経っている。事故現場は多少なりとも落ち着いてはいるかもしれない。調べるには丁度いいだろう。


(ナイネを通じて隣の街の警察に協力を頼みてーとこだけど、多分無理かな…となると、やっぱ忍び込むしかねーか)


「桜!もう上がったかー!?」


 ジャコーズが呼ぶと、タオルで髪を拭きながら桜が入ってきた。


「はいはい、上がったわよ。何かあったの?」


「レイジシティに行くぞ。サイコダイバーがくれた情報のある場所に忍び込む。お前確か認識阻害の魔法とか使えただろ、手伝ってくれ」


「手掛かりを見付けたってことね。教えて貰えるかしら」


 桜はそう言いながらパソコンを横から覗き見る。


「ああ。俺達とあいつが出会う二日前、レイジシティの製薬会社で原因不明の爆発事故があった。ヴィーアメント製薬、そこのネメシスシティ第三研究所だ。で、これが……」


 ジャコーズはヴィーアメント製薬の会社のシンボルを見せる。


「これって……」


「ああ」


 そこには、ジェラス・ファミリーのものとはデザインは違えど、水と蜻蛉とんぼあしらったシンボルが表示されていた。


「水と蜻蛉、でもって謎の爆発。調べとく価値はあると思わねーか?」


「なるほどね、分かったわ。準備しておくから、ジャコーズは一旦シャワー浴びてきなさいな。もうみんな上がったから」


「おう、サンキュー」


 そう言ってジャコーズが部屋を出る直前、00219番が入ってきた。タオルを頭に被せて、両端を掴んで顔を隠すように俯いている。


「おっとっとっと……ん、どうかしたか?」


 ジャコーズは問いかけるが、彼女は何も答えない。だが、何となくは分かる。言いたいことが色々あるのに言葉に出来ないのだろう。


 そんな彼女に、ジャコーズはタオルを被った上から頭の上に手を置く。


「……分かるよ、何も無いんだもんな。そりゃ不安にもなるよな。おまけに変な連中が追っかけて来るんだ、怖いに決まってる」


 ゆっくり、少しずつ。その混乱を諭すように言葉を紡ぐ。


「お前はさ、自由に生きて良いし、自由に選んでいいんだ。どんな名前を名乗ったっていいし、大人になりゃ、どんな仕事をしたっていい。お前がここに居るのだって、お前自身が自分の意思で選んだ道なんだ。それで良いんだよ」


 タオルの陰から覗く口が、引き絞るように横に伸び、強く結ばれていた。嗚咽を漏らすまいとするかの様に。


「仕事は終わっちまったけどさ。お前がこの先、ちゃんと笑って生きられるように、俺達もうちょっと頑張ってくるから、もう少しだけ待っててくれ。な?」


 その言葉を聞いた00219番は、ジャコーズに思わず抱き付いた。


「うわっと!おい、俺まだシャワー浴びてねぇからきたねぇ……」


 離れるように言おうとして、止めた。ついに溢れ始めた嗚咽をそのままに、ジャコーズは彼女の頭を撫でてやる。


 首にタオルを掛け、二階から下りてきた結壁は何となく状況を察し、上階へ戻って行く。桜は二人を保護者のように見つめて嬉しそうに微笑むのだった。


─────


 時間は深夜三時を回ろうかというところ。


 ぞろぞろと路上駐車されている中に紛れるように車を止め、ジャコーズと桜は爆発事故のあった現場へとやって来た。


 車の中で桜が認識阻害の魔法をかけ、二人で現場を囲む塀まで移動する。見上げると、塀の上には有刺鉄線が張り巡らされている。


「多分これ、あれだよな」


「まあ、あれよね」


 少し離れて、落ちていたチラシを広い、棒状に捻って投げつけると、有刺鉄線に触れた瞬間にバチバチと大きな音と共に火花が散り、数秒で完全な消し炭になってしまった。実に古典的なトラップだ。


 さほど間を置かずに二人、制服を着た警備員らしき男達が走ってやって来る。まだ小さく火花が散っている有刺鉄線を見上げ、周囲を照らす。二人はすぐ近くに居るのだが、認識阻害の魔法の効果によって気付かれてはいない。


「どうやら風で飛んだ紙が触れたようだな」


「そうか。まあ念のため、この辺りを見回ってから戻ろう」


 警備員はレシーバーを取り出すと連絡を取り合い、警備を始めた。


「必要以上に物騒なもん仕掛けやがって、何かありますって言ってるようなもんじゃねーか。仕方ねえ、跳び越えるぞ。俺が中に入って調べるから、近くに車回しといてくれ」


「分かったわ、危なくなったらさっさとずらかるわよ」


 そう言って警備員がすぐ近くに居る中、桜は塀に背を向けて物を抱えるように手を組み、軽く前屈みになる。


「いくぜっ」


 ジャコーズが桜に向けて助走をつける。桜の組んだ手に足を掛け、桜はそれを思い切り上に持ち上げた。


「よっ……と」


 ぎりぎり、有刺鉄線に触れずに跳び越えることが出来た。速やかに物陰に隠れる。認識阻害の魔法がかかってはいるが、ごく稀にそれが通用しない人物も存在する。カメラ越しでも魔法の効果はあるものの、もしもカメラに映っていれば録画されてしまいバレてしまうため、可能な限り隠れながら事故のあった現場が何処かを探す。


 施設内は防犯灯が並んでいるため、目立つ場所を通らないように注意を払いながら進んで行った。


(変装くらいしとくべきだったか。気がはやっちまったな)


 十数分後。防犯灯の明るさに隠れて監視カメラが見えづらいため、隙をうかがい通り抜けるのに時間がかかってしまったが、ようやく目的の事故現場に到着した。まだ片付けが終わっていないようで、現場は瓦礫が積み重なったまま、簡素な立ち入り禁止の囲いで人避けがされていた。


 軽く様子を見て監視カメラをいくつか見つけたが、爆発の余波に巻き込まれたのか根元からへし折れてしまっていた。あれでは映せるものも映せないだろう。


 ライトは全て無くなっており照らすのは月明かりのみ。ジャコーズは周囲を軽く見渡しながら、瓦礫の中心へと近付く。


 不意に、刀がヒィィン……と、共鳴するような震える音を立てた。サイコダイバーの住処で鳴って以降、頻繁に鳴るようになった。


「分かってるよ。お前がくってことは絡みってことだろ」


 そこには誰も居ないはずだが、ジャコーズはに返事をした。

 刀を抜き、構える。


「ふぅ──はっ!」


 軽く力を込め、瓦礫の山を斬り払った。


 大きな音を立て、積み重なったコンクリートが崩れていく。少しすれば警備員達がやって来るだろう。


 切り開いた瓦礫の奥にジャコーズは目当てのものを発見し、舌打ちをした。


 それを拾い上げ、素早く植え込みの陰に隠れながら、戻るために移動を開始する。


 塀の近くの建物の裏側にやって来たジャコーズは、塀と建物の幅がある程度狭いことを確認した。


「こっからがいいかな」


 そして塀を、壁を、交互に蹴りながらどんどん上に登り、最後に建物側の壁を思い切り蹴って外に脱出した。


「よっし。あとは車……」


「こっちこっち。ジャコーズ、こっちよ」


 桜が車の窓を開き、手招きをしているのが見えた。素早く乗り込み、車が発進する。


「よくここだって分かったな」


「アンタのことだから、壁蹴りでもして出てくると思ってたのよ。やっぱり当たってたわね。それで、何か良いものは見付かったかしら?」


 桜の質問にジャコーズは渋い顔をして、ポケットに入れていたものを取り出す。ダッシュボードからライトを取り出し、それを照らした。


 石で出来ていると思われる、恐らくは両端共に半ばから折れたであろう真っ黒な円柱状の棒。万遍なく刻まれた模様のようなものは、恐らく文字だろう。


「……それって」


「ああ、馬鹿共がまた喚び出そうとしてんだ」


「……、ね」

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