第4話 メモリー

 そして数日後。


 ジャコーズ、桜、結壁、00219番の四人はクーロンズ・レプリカへと到着した。


 余談ではあるが、道中はモーテル以降、風呂が無かったために桜の魔法等を頼ることとなった。


「凄い……僕が知っている九龍城砦クーロンじょうさいとよく似ています」


「リョーちゃんの世界にもクーロンって地名があるのね。アタシ達の世界と意外と変わらない部分も多いのかしら」


「そんじゃ行くぞ。ケッペキ、武器はもう装着ハメとけ。手出しはしてこないとは言ってるけど、決まりを守らねえ馬鹿は居ると思った方がいい」


結壁むすかべです。こっちもやっぱり、かなり物騒な所なんですね…分かりました」


 そう言うと、結壁はポケットからナックルダスターをひとつ取り出し、左手に装着した。


「貴女はアタシ達がちゃんと守るから安心してね。指一本だって触れさせたりしないから、ね♪」


「は、はい」


 00219番の緊張を解すように、桜は肩に手を置いて微笑んでみせた。


 第27立入禁止区域を歩く。三人で00219番を囲み、何処から攻撃が来ても庇うことが出来るように、周囲に気を張り巡らせる。


 物陰からこちらを窺う者は多く、油断をすれば00219番に危害が及ぶだろう。


 そして案の定、一人のチンピラが金属バットを振りかぶりながら思い切り走ってきた。


 桜は銃を靴の爪先に向けて撃つ。チンピラが破損した靴に気を取られ足を止めた瞬間、結壁の左手がしなるように相手の鼻先に、直後に右ストレートが顔面に叩き込まれた。


 ジャコーズはそれを見ずに周囲を警戒し続ける。結壁の実力は来てからの一年で把握済みだ。そこらのチンピラは相手にならず、ちょっとした程度の怪物なら一人でも対処できるだろう。


 チンピラが倒れ、三人がこちらを窺う連中を睨みつけると、そそくさと逃げ出していった。


「ふぅ……銃を持ってる人達は居なさそう、ですかね」


「桜、前回みたいな大惨事は引き起こしてくれんなよ?」


「あら、アタシのお陰で交渉がスムーズに進んだんじゃないの。感謝してよね」


「よーしお前、後で青痣出来るまでぶん殴ってやっからな。当分ナンパなんぞできねーようにしてやる」


「いやん!今回の喧嘩もアタシが勝っちゃうわよ?」


「たかが二連勝しただけじゃねぇか。お前の顔面に一発叩き込めば俺の勝ちだ。自分自身の治療が下手なのを恨みやがれ」


「えっと……あの、うぅ……」


 二人の口喧嘩に、00219番はしどろもどろになってしまっていた。


「二人とも喧嘩は止めて下さい。怖がってるじゃないですか。じゃれ合いは結構ですが、子供の前で殴り合いの宣言は駄目です」


「……ちっ、分かったよ」


「はーい、ごめんなさーい」


 子供の前という言葉が効いたのだろう。結壁のたしなめる言葉にひとまず喧嘩は収まった。


「あの……お二人はいつもこうなんですか?」


 00219番の質問に、結壁は周囲から視線を外さず、苦笑いを浮かべる。


「ええ、まあ。隙あらば喧嘩といった感じですね。僕も来た当初は、まったく何なんだこの人達はって思いましたよ。今ではすっかり慣れてしまいましたけど」


「今じゃリョーちゃんもジャコーズとしょっちゅう喧嘩してるものねえ」


「不本意ですが、ジャコーズさんを多少なりとも更生させるためです。以前なんて挨拶のひとつすら出来ないような人だったんですから」


「今では意外としっかり挨拶するようになったわよね。こんにちは、おはよう、初めましてって」


「あーうっせうっせ。そろそろ着くからそれ以上話すんじゃねぇ」


 不機嫌そうなジャコーズの態度を見つつ、桜は00219番に、


「あれってね、恥ずかしいときの照れ隠しの口癖なのよ♪」


 そう言われて、00219番はジャコーズを見つめた。


 この人の事は、桜や結壁と比べて分からない部分が多い。でもきっと、悪い人ではないのだろう。


 そんな事を思いながら、彼女は少しだけジャコーズに親しみを覚えるのだった。


「はぁい、こんにちは」


「こんちわー!サイコダイバー、居るかー?」


「そんな大きな声を出さなくても、ボクはここだよ」


 ジャコーズの挨拶に応えたサイコダイバーは、椅子に座ってテーブルに肘をつきながら軽く手を振っていた。


 部屋に入り、ジャコーズは00219番を、テーブルを挟んでサイコダイバーの対面に座らせる。


「こんにちは。キミが記憶を奪われたって女の子だね。ボクはサイコダイバー、よろしくね」


「よ、よろしくお願いします……」


「んでこっちが結壁……何だっけ」


「いい加減に名前の方も覚えて下さい。初めまして、結壁涼真です。彼女の護衛として同行させて貰いました、よろしくお願いします」


 結壁が挨拶をしている間、桜は周囲を見回す。護衛は数人部屋の壁際に居るが、今日は襲ってくるような気配は無いようだ。


「それじゃ、早速だけど記憶のサルベージを始めようか」


 そう言いながら、サイコダイバーは二人の間にあるテーブルの上に不思議な光を生み出す。


「おお、何だそれ。記憶の魔法ってそんななのか」


「こんな風に見えるようにするのは、演出みたいなものでね。特にこんなことはしなくてもいいんだけど、それっぽく可視化した方が安心する人も多いんだよね」


「う……確かに納得がいきますね。知らないうちに、なんていうのは少し不安があります」


 結壁の言葉に、サイコダイバーは満足そうな顔を浮かべた。


「それじゃ、君の記憶を覗かせてもらうね。プライベートなものとかも全部見ちゃう事になるけど大丈夫、口はそれなりに固い方だから」


「そこは絶対に誰にも言わないって言ってほしかったわ」


「ふふ。話を戻すけど、記憶というものは、奪われた時にはそこに必ず記憶の空白というものが残るんだ。私はそれを修復することも出来る。君の奪われた記憶を復元するような感じだね。盗られた記憶と変わりは無いから、それが偽物だなんて疑わないでね」


「は、はい」


「それじゃ──はい、終わったよ」


「……え?早ぇな、そんなに簡単なものなのか?」


 サイコダイバーの言葉にジャコーズが聞き返す。始めてから五秒すら経っていない。手をかざすような素振りも呪文を唱えるような様子も無く、あっという間だった。浮いていた光も消える。


「うん、私のこの力は生まれつきだからね。年季が違うのさ。まぁ他に同じ力を持ってる人は見たこと無いけど。それで、この子の記憶なんだけど…」


「記憶は取り戻せたの?」


 桜の質問に、サイコダイバーは少し間を置き、


「……無かった」


「無かった?どういうことだよ?」


「無かったんだ、記憶の空白が。それどころか、この子はそもそも記憶がほとんど存在していない。深くまで潜って覗いてみたけど、この子の記憶の始まりは、破壊された研究施設のような場所から逃げ出したところからだった」


「じゃあ、この子は何らかの実験から生み出された存在ってことなの?」


「あるいは、その生み出された可能性もあるかな」


「そ、それじゃ……私の……私の両親の記憶は……?私の名前は!?」


「……残念だけど、君にその記憶はそもそも存在していない。君が逃げ出した場所からが、君の記憶の全てだよ」


 00219番の質問に、サイコダイバーはそう答えることしか出来なかった。


 サイコダイバーが用意してくれた客室のベッドの上で、00219番は膝を抱えていた。


 記憶が存在しなかった。


 両親の記憶。自分の名前。奴隷時代の苦しみ。


 そのどれもが元々存在しない記憶だった。


 自分は誰なんだろう。何のために存在してるのだろう。


 逃げ出す時は夢中で周りが見えていなかったが、サイコダイバーは、自分が居たのは研究施設のような場所だったと言っていた。


 もしも、今自分を追ってきている人物達に付いていけば、自分が本当は何者なのか知ることが出来るだろうか。


 自分自身に何も無いという事実が、これまで以上に不安を掻き立てる。それでも、恐怖で動くことは出来ず、00219番は縮こまってしまうのだった。


 ジャコーズはサイコダイバーの隠れ家の屋上で、背中で手すりに寄りかかりながら空を見上げていた。


 00219番が記憶自体を持っていないというのなら、この時点で依頼は失敗となり、仕事は終わりだ。これ以上は何かしてやれることは無い。


 問題はこれからだ。00219番を追っていた連中──ジェラス・ファミリーのこと。


 仕事が終わりました、はいサヨウナラでは、彼女はこれからも追われ続けることになるだろう。


「やっぱ、これで終わりなんてあり得ねぇよな」


 考えるまでもなかった。


「ハァイ、ジャコーズ。こんなとこに居たのね」


 視線を下ろすと、桜と結壁がこちらに歩いてくるところだった。


「依頼はこれで終了ということになりますけど、ジャコーズさんのことだからアフターケアもやるんですよね?」


「ジェラス・ファミリーの件を片付ければ、それであの子は本当に人生を選ぶ自由を得られる。アタシ達にやらない理由は無いわよね♪」


 煙草に火を着けながら、桜が問いかける。


「……ああ、当たり前だろ。それが俺達の仕事だ」


 ジャコーズの言葉に、傍らに立て掛けていた刀が共鳴するような震えた音を立てる。


「……マジかよ、厄介なことになりそうだな」


 ジャコーズはそう呟くと、再び空を見上げて溜め息を吐くのだった。

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