第19話
〈バイト二十六日目〉
大晦日、年末年始に求められた出勤はこの日を選んだ。特大チキンは姿を晦まし年明けまで特にイベントは企画されない。退行が顕著になって来た店長の生え際が示唆するように、正月になった所で何かしらの新春キャンペーンが功を成すとは限らない。つまり暇。
慌ただしさに気付いてやれなかった菓子類のクリスマスバージョンが「残り僅か」の札で宣伝されていた。何もかも期間限定と謳われる今、あのカップ麺だって広い視野で見れば現代限定だけどな。この年末の売上は昨年比でどうなのだろう。何割減で店長の命は潰えるだろう。
噂をすれば「時間あるならケースのトレー洗ってくれる?」店長に年末最後の新仕事を求められた。私は清掃員ですか。確かに私向きかと考えて求人検索はしたけど。
「毎年の恒例行事。スポンジと必要ならこれも使って、洗い終えたら縦に並べて乾かすように」再び激落ち君を握らされてシンクの前に立った。横には伏見さん。洗う間FF、中華饅の販売は中止とのことで物寂しいレジ周りになる。洗い始めた後になって川田さんが登場し二人のレジ体制が出来上がる。流しの音で会話に入りにくい、というのは言い訳だ。
「一昨日から昨日、スキー行って来たんですよ」発言者は勿論伏見さん。あれ、遊びに行く余裕あったんだ。
「へぇ何処まで滑って来たの?」
「長野です。雪ヤバかったです」伏見さんは寒い場所を好む傾向にあるのだろうか。だから冷蔵室に入り浸っていた、訳では無かった。いかん、思い出して来た。
「あたしマトモに滑れないんだよねぇ。ゆずちゃんは?」
「え、私ですか?」急に輪に含まれて困る。三ヶ月の仲なのに慣れないのは明確に私個人のせいだ。
「軽くなら出来ますけど」そもそも経験無いけど。
「部活やっているんだよね。何だっけ?」
「ソフトでしょ」正しくは過去形だけど、伏見さんが私の個人情報を覚えていてくれた。
「ポジションは?」
「ファーストでした」落球癖のある君によく務まるねと二人から批判を受けることは無い。
「別に好きでやっていた訳でも無いので」名誉の為に補足すると「そう……」黒歴史を感じ取った二人は萎縮する。嫌な思い出は拭い去れないからどうしようもない。それは現在進行形で生産している訳だけど。
「店長最近頭おかしくないですか?」この話は誤読に留まらないデリケートな内容だと判断して「長野で他に何かしました?」伏見さんの方へ振った。記念日直後だし、特別なお土産があるかと期待して。しかし無いみたいで残念。貰ってばかりの私が追求するのは強欲が過ぎるかな。そう言えば彼女の誕生日さえ知らない。九月から十二月間だとしたら悔いが残る。
終わり際生まれた私の存在感に揺さぶられながら、凍結寸前の手でトレーを立て掛け放置する。これは私側の面子に囲まれた一時の幸せだろう。後は普段と変わらない接客、その中で唐揚げをまた落とした。今回は客の目前でしっかりと転げ落とした。ちっ、その時確かにその摩擦音が聞き取れた。発信源は耳に不具合無ければ右側から。前陳していた伏見さんが捨ててくれ、私はお詫びと代わりを用意する。さっきまで常温だった温もりは消え失せた。
廃棄有り。暮沢さんと高幡さんが通り過ぎた九時前、菓子コーナーを前陳する。何だかんだこの時間に救われたなぁと耽りながら、見覚えある黒の男が横切った。向こう岸に回ったとは言え隙ある商品の間からその手元を見張る。ゴソゴソ左右に揺れた後、何か盗む様が視認出来た。恐らくハム卵サンド辺りを。
成る程ね。万引犯は彼だったのね。駅の噂も彼だろうか。しかし何故態々ここに盗みに来たのだろう。リスクを超えて行為に及ぶ原因は詰まる所ストレス、かな。これも私のせい、かなぁ。だけど君の気持ちは理解出来る。何かを奪う事でしか得出来ないんだろ。追われる身同士、慰め合おうね。
ここまで述べて思い違いだったら恥を知るけど、犯人さんは鬱憤を晴らすとスマホを眺める演技をしながら出た。私は店長に倣って通報しない。既に味わい尽くした紅玉を取りに行くことも無い。
私以外気付かない優越感を抱きながら取るのは廃棄のショートケーキ。最後に遠慮無く頂いて行くことにした。さぁ彼のようになる前に終えようか。伏見さん、何とかさん、暮沢さんその他には悪いけど、私はあくまで自己中心なので。
店長に伝える決心が付いた。
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