第11話
〈バイト十日目〉
「これお願いしまーす」
すれ違い続ける運命と割り切っていた鮫島さんが私のレジで買い物してきた。先月には無かったゆるキャラの皿を出して楽しそうに会計宣告を待つ。こういう商品を現実に買う人居るのだね。煽りは消毒するとして可愛い趣味をお持ちで。親睦を湖畔程度には深めたいけど噛み合わない。
「つくね串はレンジで一分加熱した後フライヤーで三十秒揚げるんですよ」
「へー、ムズカシイデスネ」
初級者が教えるお料理教室に生徒が一人。前陳や廃棄に次いで揚げ物を作る時間は精神安定に貢献しているかもしれない。無音を掻き消して悠悠自適の労働を気取れる。
「ポストってあります?」開口して将来の自分を思い描いているとおばさんが葉書を握り尋ねてきた。「こちらですね」ショーケース前に手を差し伸べ「入れちゃって良いのかな?」窮した様子なので「表示があるので、はい、そちらを見てもらえば」蟻大の助言を働き掛けた。おばさんは納得あるいはその芝居をして投函に漕ぎ着けた。
「領収書頼むわ」ベーコンロール一点だけを買った客が次の会計へ移行しようとした時点で言ってきた。今から発行出来るのか否かと試しに「領収書」をタッチすると「直前取引発行」の項目が新登場。何も考えず押すとプリンターから題目に領収書とある明細無しのそれらしき物が生まれて来た。
「こちらで宜しいですかね……?」
「レシート要らない」再生等と題して展示すれば馬鹿が寄り付きそうな残骸と交換に客は仕事場へ戻る。上様とか書かなくて良かったのかね。間違えていたら再生すれば良いか。
廃棄無し。写真撮影を終えて労働から離脱した先には暮沢さんと何とかさん。何処に出しても恥ずかしくない、安心感ある組合せだ。
「新商品の見本です」暮沢さんが解説するのはリラックマグッズのピクチュアが印刷された貼紙。ここに来て店棚に新商品という概念が加入した。
「来月頭から販売開始です。お客さんに訊かれたらそう答えてください」
「カワイイ。デモオカネナイカラカエナイ」
「グッズ系は廃棄になりませんよね」
「なりません。入荷分を売り切って終了します」乞食二名をあやす社会人。
「こういうのって売れるんですか?」暮沢さん相手だと金の話ばかり思い浮かぶ。社員でありながら店長やその側近にない立場が故だろう。
「結構人気ですし、序でに他の商品を買ってもらおうという戦略でもあります」
「ほほぅ。『このお皿にぴったりな肉饅がありますけど買います?』等と誘えば良いのですね」
「あまり強引なセールスは控えて頂きたいですけど。あ、でもこの熊の形の中華饅は実際に販売しますよ」
「へ」そう見せられた貼紙の二枚目には確かに温泉饅頭みたいな色艶の生首が晒されている。
「コレタベルノカワイソウ」
「弱肉強食ですからね。中身はお肉ですか?」
「いえ餡子です。通常の中華饅と同じくケースに入れて三十分蒸せば販売可能になります」
「脳味噌まで甘ったれた奴ですね」
私の蒸暑い嫉妬が堪えたのか無言が訪れる。何とかさんが山積みの酒缶を注視するので訊いてみた。
「二人はお酒飲まれるんですか?」
「ワタシハダイスキデス」
「以前はよく飲んでいましたけど、最近控えてます」
「私全然飲まないんですよね。未成年だからあはは」
個々人の単発蛇花火が打ち上がる。間違えたか。
「そう言えば彩華さん歓迎会でベロベロになっていましたよね。主役が潰れて先に帰られるなんて」
「アノヒノキオクガサダカジャナイ」
「ははは。あ、そろそろ時間なので帰ります」
何だか悪酔いしそうな臭気を感じたので早めの対処に踏み切った。考えない考えない。
〈バイト十一日目〉
レジの背後、プリンターの横に見本とは思えないハンカチとメモ書きが貼ってあった。メモには「◯◯様、緑柄ハンカチ、十五時四十五分」とある。店長が孤独にFFを調理していたので訊いてみた。
「落し物ですか?」
「そう。取りに戻って来られたら名前を確認して渡してあげて。一ヶ月毎に処分しちゃうから早めに来て欲しい。忘れ傘も裏に沢山溜まっていてさ」
あぁあの二十本近い集塊は客側の物だったか。捨てるなんて勿体無い。売り場に混ぜてもバレないんじゃない。
今日は初回以来となる店長と接客。だけど暮沢さんや伏見さんが側に居る方が何だか安らぐ。店長の瞳孔、時々何処向いているか分からないし。
先週の一言一句を再現する常連爺さんを見送る。木曜の恒例行事だから廃棄同様の言及方法にするか、認識外に払い捨てるか。取り敢えず前者で。
「お湯入れてもらえます?」どん兵衛天ぷら蕎麦を読み込む間に言われたのでまさか私がと思い、「あちらにポットがありまして……」の暗黙の台詞を店長に目配せするといいよいいよと頷くので、仕方なく湯を注ぎ始めた。客の口が触れる場所に黴菌を付けて許されるのか。満杯になった容器を運ぶ。
「このままで宜しいですか……?」かと言って袋に入れれば汁が横溢し、底に刺した穴から飲水する水道代節約術のようになるので選択の余地は無いけど。こんな様子他の店で見たこと無いぞ。店長も客も追及して来ないので私が世間知らずだったのかと恥じた。
廃棄無し。裏には暮沢さん、高幡さん、阿久津さんの三人。年齢及び身長格差で心を壊す私は仕方ないとは言え、暮沢さんも比較的若いからか円滑な会話に貢献出来ない。
この店の派閥を傲慢に分類するなら暮沢さん、伏見さん、何とかさんが私率いる穏健主人公派。ここには鮫島さんも取り込めるだろう。高幡さん、阿久津さん、原田さん、竹内さんが強硬脇役派で、他は中立的立場。この勢力図がどう描き換えられるか楽しみだ。
この大人達は何故深夜バイトを選んだのだろう。子供部屋を拠点とする独身なのは間違いないだろうが、何一つ目標意識抱かずここまで来たのか、夢を追い続けた結果ここに居るのか。後者なら、最初は周りの注目を引いて褒められ確かな手応えを感じていただろう。中々伸びない時期だってあったが、流石に五年十年と経てば数千人に愛される存在になると思っていた。けれど結局誰にも認められず何も達成出来ず、俺にはこれしかないと後にも引けなくなる。あの頃周りに居てくれた人達はもう居ない。あの頃の気持ちと体力は枯れ果て、パジャマ姿で廃棄弁当を食べながらまた誰か見つけてくれることを祈る。その内見られないことさえ慣れてしまってそんな自分も嫌いになってどうでもよくなってどうでもよくなくて。いつ自殺しようか真剣に考える日々……とか。私もそうなりそうで怖い。恰好の反面教師と出会えて良かった。妄想です。
「肝臓検査行ったら半数以上引っ掛かってさぁ」
「俺もそろそろ行かなきゃな」
「憂鬱になって自棄酒しちゃったよ」
「馬鹿じゃねーの」
まぁこんな会話をしている程だから、人生それなりに楽しく生きていると思うとそれもアリなのかな。私の人生の最低ラインが見据えた。
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