第7話
〈バイト五日目〉
「ゆずさん先にゴミ出し行こうか。やり方分かるよね」
制服の袖を通した手に待望の仕事が降って来た。ここでアピールすればゴミ出しのゆずと呼んでくれるかと思い「分かります!では行ってきます!」今までで最も軽やかなステップで裏を出る。鍵の場所が分からないので二番目に軽快な足取りで裏へ戻る。
店長が指示した掃除用具庫から鍵を取ったら、まずレジ下から専用のゴミ袋を二枚探し出し、入口前のゴミ箱の扉を開き、紙・プラスチックと缶・ペットボトルの袋を各々外して新品に替える。扉が開けっ放しだと邪魔と言われそうなので一遍に持つが、重量超過で弥次郎兵衛になりながら店外の収集庫近くに置く。ふぅ、三十秒深呼吸をしたら分別しないといけない。平時に見たら離れたい屑共を仕事とあれば掻き漁る私は異物を認められず、足掻いた末に諦める。屑を投げ入れた収集庫を戸締り、さーてこれで十五分は経ったかなと店内の掛け時計を見ると五分しか経っていなかった。瓶箱は空、ポットも満杯。仕方ないから通常業務のレジに戻った。
気付いたらローラさんはお帰りで、何とかさんの隣の座を獲得する。
「オナカスイタ……メンチカツオイシソウ」だから会話のネタ振りなのか食いしん坊気質なのか分からない。
「確かに美味しそうですね。良ければお作りしましょうか」後半部は文脈違いだけど、手が空いているし不足品を製作することにした。今並ぶファミチキレギュラー、ファミチキレッド、醤油チキン、唐揚げ串、つくね串、唐揚げレギュラー、唐揚げレッド、アメリカンドッグ、ポークフランク、ゲンコツコロッケ、ゲンコツメンチ、焼き鳥ももタレ、もも塩、皮タレの内、下から四番目と二番目が足りないと勝手に判断して冷蔵庫に手を掛ける。残り一個だから用意すべきだと思うけど。ルタオのチーズケーキに近似する加熱前のメンチと骨を原材料とする誤謬を犯したかのように白いもも塩を露わにし、四個と三本を二台あるフライヤーに投入する。初めての調理対象に強張りながら一覧表を見て初めて、焼き鳥は揚げ物ではないことに気付いた。危な、でもまだセーフだよね。引き揚げは飽くまでも許して、表にはレンジで三分加熱とあるが温め用の容器が何処にあるか分からないので断念することにした。田舎の袋に三兄弟を帰らせてクリップで封じ、メンチの揚げ方を見ると四分三十秒の赤字が主張していたのでそのボタンを押した。あと三秒揚げれば何も聞こえなくなるのか、それとも逆に只管揚げ音が響くのかどちらだろうと考えている内に茶色い衣に着替えた面々が上昇した。ショーケースのトレーを引き抜いて空席部分に作品を並べたら完了。
「ワァ、アリガトウゴザイマス。トテモオイシソウ↑」
「一個食べます?」
「エー、イイノカナ」
「冗談ですよ」本気にしそうなので私の精神年齢を高めに設定することにした。焼き鳥は指示が出されたら作ろう。しかし昔はコンビニに焼き鳥なんて無かったよね。どんな味だろう。後で買っていこう。別のコンビニで。
商品の中にはバーコードの読み取りにくい困ったちゃんが居る。小さいガムや器が弧を描くスイーツ系がそれに当たるのだが、今私の前に放り出された新聞も仲間入りすることが分かった。というかバーコードが見当たらない。何か特殊な工程が必要だったかぺらぺら指紋を塗っていけばやがて出現するのかと切羽詰まった末に、一枚目の見出し下に擬態する様を発見した。リーダーを通すとしっかり値段が出たので「百三十円です」こんな安かったかなと不安ながら何とか一人で解決した。未だに新聞なんて買うのは皺深い男体だけだろうな。
次の客もその一員。手からワンカップを生み出す爺さんは七日前と同一人物。噂通り常連だったか。
「大変なんだよぉ……お、嬢ちゃん、初めてだよね?」
「そう、そうです」適当。
「初めてかぁ。大変だろぉ。いいよいいよぉ。じゃあ」
対話は感覚的に終始する。回を経ればこの人と心から話せる自分になってしまっているのか。
六時を過ぎると黒のシェルパーカーを纏う暮沢さんが入店した。暫くするとレジにやって来てFFのチェックシートらしき書類を確認し始める。そう言えばメンチ記入していないや。期限内に売り捌けると信じて黙りを決める。
「八千九百九十円のお返し……」
購入額に不釣り合いな諭吉を出してきた客に返そうとしたお釣りの内、一葉と英世がドロワーに足りていないことを認知する。暮沢さんなら尋ねやすそうだと珍しく摯実に質問した。
「お札足りないんですけどどうすれば」
聞いた途端暮沢さんは裏へ走り行った。かと言って逃げられた訳ではなく金庫らしき箱を持ってレジに舞い戻る。
「これ使ってください」暮沢さんが突っ込む札達のお陰でドロワーの懐は潤う。
「隣のレジのお金が余っていたらそれを使ってもいいです」
考えるも実行を躊躇った手法に許しが降りた。何とは無しに店長より説明が頭に入って来やすいと感じる。
側に暮沢さんが居を構える安心感に浸りながら、今度は公共料金たる敵と対峙する羽目になった。あぁもう、次から次へと新しい業務に襲われる。だけどこれまたバーコードがあるからピッと鳴かせば、お、金額表示された。何だ簡単じゃん。いや問題はこの後か。どれを切り離すべきか否か、複数ある空欄は埋めるべきか否か。駄目だ分からないわ。
「すみませんこの後どうすれば」
「これは切り分かれる三箇所それぞれに、こちらの日付印をしっかり押して、この一番右側をお客様に渡せばオーケーです。後はやっておきますのでレジ続けてお願いします」
ほぅ各右下の大きめの空欄に押印すれば良いと。こんな作業実際に立ち会わないと出来る訳ないよ。その割に私程取り乱しているコンビニ店員見たこと無いけど。何なら吃る為体すら見覚え無い。
「すみません連日お手数掛けて」
「いえ、よくやってらっしゃると思いますよ。ただ支払いは複雑な場合があるので気をつけてください。分からなければ私や周りの先輩方に気軽に尋ねてください。大丈夫、皆優しく答えてくれますよ」
「はい、いや本当皆お優しくて、逆に困っちゃうみたいな」何言ってんの私。
「ここお客さんは偶に変な人居るんですけど、働いてくれる社員やアルバイトの方々は良い人ばかりですから。店長の人柄の影響でしょうかね」
「私的にはお客さんの質も全然良いですよ。釘バット背負った高校生がユーフォー買いに来ると思っていましたもの」
「そういう方も偶に居ますね」
「え」
「冗談ですよ」しまった、本気にしたのは私の方だった。
「アルバイトは店長が独断で採用不採用を決めるんですか?」
「そこは企業秘密で」人差し指を立てて社会人の風柄を灯す。
「ただ関わっていることは事実ですね」
「そうなんだ。あ、そうなんですか。結構頻繁に採用しているんですかね。私なんかが通ったので」
「応募は常にしていますが、全員を採用している訳ではありませんよ。大体半分くらいの確率ですかね」
「本当ですか。ちょっと嬉しいなぁ。二回面接と気分を落とした上で応募したので」
「何応募したんですか?」
「本屋とピザ屋です。だけど結果的にここに来られたと思うと落ちてラッキーだったかも」
「私もここに来るまで沢山手出してきましたよ。色々やってみるのが良いと思いますね」
「失礼かもしれないですが、暮沢さんのご年齢は?」
「幾つに見えます?」鼻下を伸ばして戯けるもち肌男性。
「三十五……とかですかね?」
「惜しい!三十三です」
「うあ」うわ、上回った挙句媚び諂いの補助すら出て来ない代わりに変な声が出た。暮沢さんは嫌な顔一つせず話の続きを促してくれる。慈悲深きことフライヤーの油槽の如し。あれ深そうに見えるのだよね。
レジを眺めても暮沢さんの接客は最上級に思えた。「いらっしゃいませ。本日ご来店頂き誠に有難うございます」「こちらお箸何膳お付けしましょうか?一膳ですね。畏まりました」「こちらお熱いので気を付けてお持ちくださいませ」「有難うございました。またのお越しお待ちしております」と一言一句が丁寧。新人の前だから見本や見栄の意味を込めている、というよりナチュラルに仕事人なのだろう。
「そうですね、ゆずさん前陳してくれます?」
暮沢さんに言われちゃ断れないという訳で各陳列棚の空きや乱れの物色に移る。栄養剤や菓子、弁当類は整列の余地があるけど、ゴミ箱側のアイスや生活用品、文房具コーナーは需要の少なさからか手を出す隙が無い。この辺の仕入れと陳列は全部社員が済ませているのかな。こういう雑用こそ任せて欲しいのだけど。
「終わりました?それならお酒出してもらいましょう。裏の手前に酒類の段ボールが積んであるので足りない物を補充してください」
あとはそうお酒。未成年が触れて良いか足踏みしていたけど認可されたので堂々取り出す。氷結、ストゼロ、アサヒスーパードライ、キリン一番搾り、のどごし生、プレミアムモルツ、金麦、トリスハイボール、角ハイボール、ほろよい、タカラ缶チューハイ等が目立ち、後は存じ上げない焼酎やワインの数々。皆こういうのが好きなのだね。炭酸を飲めない私には縁遠い界隈だ。私は素面で自分に酔えるから良いか。一見して隙間は多いが段ボールには氷結とアサヒしか無かったので二箇所のみ充実させるに終わった。
続けて恒例の廃棄確認をするが今日は収穫無し。無しの日の方が多かったりするのだろうか。店としては有難いだろうけど。私としては時給九百円に占める数百円分の廃棄獲得は大きい。一応バーコードで読み取りパソコン入力する規則がある為不正は働けないのです。
「お疲れ様です!」定時で戻った裏には高幡さんと阿久津さんが控えていた。「調子はどう?」の問いに返した「あぁいやぁ、普通です」手抜きの答酬は「何だい普通かい。普通が一番」で締めてくれた。二人が競馬か何かの話をし始めた頃、暮沢さんが小気味良い足運びで参加してきた。
「これ、差し入れです」
手には三本の缶コーヒー。まさかこれら全てを私に?こういう台詞が音に出来れば沸き立つだろうな。
「うわぁ、頂きます……!」
最も甘味に似合う鳥の子色のデザインを選んだ。暮沢くん気が効くじゃないのと二人は喜んで啜り出す。釣られて飲むと思ったより甘くなかった。
「ゆずさん頑張っているのでサービスです」
そう言うとポケットからもう一本取り出して渡してきた。人肌で微熱を帯びた缶。本当に良い人なのだな。暮沢さんに限らず、大人相手の方が話しやすいかもしれない。仄かな苦味が心に沁みた。
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