第3話

「ココニ↑ゴミブクロガフタツアリマス。コウヤッテダシテソトノソウコニ↑モッテイキマス」

 読み辛いので紙に書いて私が音読したい気持ちと片方のゴミ袋を背負って外に出て、そのまま走って帰るイメージを抱きながら店横の収集庫を開ける。周りには使う機会があるのか不明な台車の面々に加え、キスされた挙句踏み躙られた煙草が惨めに散乱し、この町の道徳観を拾って確かめる。

「カン、ペットボトルトソレイガイデ↑キチントワケラレテイルカ↑カクニンシマス。ビンハサッキノバショノヨコニ↑チイサイゴミバコガアルカラソコニイレテ」

 言われた通り目星い物はないかねと漁ってみれば異物としてオロナミンCの混入を見つけた。眼精疲労回復の栄養剤を薦めたい所だけどこういう人間には効かないかな。しかしこうして管理の目が入っているのだな。私も頻繁に投棄目的で店を利用するので学習に繋がる。今後は中学の卒業写真なんかは捨てないようにしよう。

「フクロヲシバッタラ↑ナカニイレテ、カギヲカケテオワリ」

 何だ外の世界はもう終わりかと名残惜しく中に入る。

「終わった?じゃあ彩香さんはレジまた入って。それでこのドアは毎度閉めること。ポットのお湯があるかどうかも確認して」

 川田さんが指差す方にはホットドリンクケースに連れ添う家庭的な機械がいた。これは使ったこと無いな。

「あまり入っていませんね」

「それならこっち来て。ゴミ出しから戻ったらまず手を洗います。このペーパータオルで拭いてね。で、この大カップに水を入れてポットのスイッチを押せばオーケーだから。次はレジだね」

 我が家とは違って紙素材の贅沢な消費に喜んでいると、私の吸収が早いのかニヶ月程後に教わりたい内容が迫って来た。何せ対話能力を最も必要するだろうから。

「彩華さんの動作を参考に教えるね」

「へへ、キンチョースル」

「見ていて……まず『いらっしゃいませ』とお辞儀して、『お預かりします』と言いつつリーダーで商品のバーコードを読み取る。『お会計◯点で◯◯円です』の後に『ポイントカードお持ちですか?』と訊く。有ったら同じく読み込んで『ポイントご利用しますか?』と訊いて、利用する分だけレジに数値を打ち込んで引く。『◯◯円のお預かりで宜しいでしょうか』渡された金額を確認して数値入力。袋詰めはお客さんがお金を用意する間にしておく。『◯◯円のお返しです』でお釣りを渡したら、最後に会計キーを押せばレシートが出るから『レシートのお渡しです』渡して、『有難うございます。またお越しくださいませ』でお見送りする……という感じ」

 実際には句読点の位置に挟まれる「はい」は省略することにします。客としては頻りに受け取る台詞だけど生産者となると意識しなければ発話出来ない。ただでさえ口下手なのに格式張った表現は余りに未知で脅威を成す。

「注意して欲しいのがお酒で、読み取ると年齢確認の画面が表示されるから『画面タッチお願いします』と言うこと。見た目で成人だと判断出来れば良いけど、明らかに二十歳未満の場合は『身分証の提示お願いします』と言って見せてもらうことね。面倒臭がるお客さんが居るけどそこはしっかり。ノンアルコールも同様」

 調子付いた高校生数人が深夜笑いながら提示する様が想像出来た。

「じゃあ早速入ってみようか。彩華さん失礼」

 頭の中で彼らと殴り合っている間に現実は急転直下。え、もう客の唾を浴びるのか。二歩先に空いた場所は私以外お呼びでないようで、うわぁと顎を揺らしながら位置に着いた。

 目の前には上背のある私服男性。無礼を働けば命は無いと思った方がいい。

「『いらっしゃいませ』って」

「い、らっしゃいませ!」

 緊張で声が死んだ蜚蠊みたいに裏返る。だが私は蜚蠊のようにしぶといので帰宅せずにバーコードを収集する。ポイントカードは無いようだ。

「お会計、五点…………千、八、円です」

 善良な市民から金を捲き上げると思うとただの数字が威圧感を纏う。もう無料でいいよ。店長からの気持ちです。

「千、十、円、貰います」

 二回トレーの舞台で踊らせた十円玉と札を大秘宝を掘り当てたように痙攣する両手で掴み、イチゼロイチゼロのリズムに救われるが、まだ袋詰めに着手していない。

「二円、返させてさせててて」

 矯正を図った言葉遣いもリズム良く転落死する。伏し目で無かったことにしながらレジ下出身の袋に詰めていくが、これが案外難しい。紙箱ジュース側の重心にヨーグルトやおにぎりが傾いて見るからに持ち辛い作品を創作してしまった。これって商品次第では仕方ないのではないか。

「レシート……」

 他の店員より明らかに格好と手際が悪いのにお待たせの陳謝さえ抜けた私に「大丈夫だから」と持ち手を無理に広げた客は去って行った。

「……有難うございました!」

「良いよ、声の大きさはバッチリ」音程を犠牲にした分注意した声量は認められた。

「教えてなかったけど、今のお客さんおにぎり買ってくれたよね。おにぎりとかお弁当、パスタ系は『こちら温めますか?』と訊こうか。向こうから言ってくることが多いけど。後ろにレンジが二台あるから表記通りの時間と温度で、表記が無いおにぎりやホットスナックは十秒程度。温め終わったら箸かスプーン、フォークを選んで下のSかMのお弁当用袋に入れて渡す」

 ふむふむと心は川田さんに、身体はレジに対し垂直に向けて整列の処理に追われる。如何にも新人風だと馬鹿にしているだろう客を思うと顔が熱くなってきた。

「袋と言えばここに普通のレジ袋のサイズがSSS、SS、S、M、Lと揃っているから。では一旦外れていいよ。彩華さんお願い」

 その言葉に救われて持ち場を離れる。

「さっきのお客さんポイントカード持ってなかったよね。その場合は『お作り出来ますが如何なさいますか?』と訊いてあげても良い。奥のローラさんの足元辺りに申込書があって…………はい、取ってきた。これを渡してあげる。ポイントは当日から貯められるけど、使うのはそこのモッピーかネットからの会員登録が必要になる」

「私もこのカード持っています」

「おーじゃあ大丈夫そうね」しまった、無知を演じるべきだったか。モッピーからの登録方法知らないのに。

「支払方法は現金以外に交通系、パスモやスイカね、とエーユーペイやディー払いと言ったバーコード決済、アイディーやクイックペイと言った電子マネー、それとプリペイドカードやクオカードがあります。クレジットカードはここでは使えないから『申し訳ございませんが当店ではご利用頂けません』と伝えること。電子決済で残高不足の場合は不足分を払えるかどうか確認すること」

 交通系には馴染みある傍らクレジットは社会人が連呼する程親近感を許していないので、了解ですと濁した。

「基本的なレジの入り方は、まず名札のバーコードを登録してから今のように会計する。下から開くドロワーは硬貨、紙幣別に仕切られていて、この左上の箇所には予備の棒金、切手と収入印紙が、下段には一万円札、万券と割引券の類が仕舞ってあります。ゆずちゃんはお札の数え方分かっている?」

「いえ初めてなので……」本当はこれだけは事前に調べて練習済みだけど。

「お客さんにお札を向けながら、逆手の中指と薬指で挟んで親指に寄せて、利き手で一枚一枚確実に捲っていく。あら出来るじゃない。凄いねえ」

「そうですか?」では一枚貰って行きますね、とは自惚れないまでも、これが初日で出来る高校生はこの手で数える程だろうと世間知らずを知らぬ存ぜぬで誇る。

「会計は基本的に読み取れば済むのだけど、偶に未登録と表示される商品があるのね。その時はデパートキーを押してその商品に該当する番号を入力、まぁ最悪『89』で凌いでも良いけど。それで値段を打って対応して」

 うわ、止めてくださいよ不吉なこと言うの。例外的な事態と私の体質は水と界面活性剤くらい好相性なのだから。常識油を差す効能が無い。

「FF系や新聞、切手、収入印紙はバーコードが無いから画面表示から商品を選択する。新聞は読売、朝日、毎日、それぞれ朝刊と夕刊ね、あと夕刊フジ、スポニチ、東スポ、競馬エイトがあって毎日取り替え、競馬の翌日の物はレジ下に収納してある。領収書が欲しいと言われたら会計後にこの表示をタッチすれば出てくるから。次の会計に行っちゃうと発行出来ないから気を付けて。公共料金の請求書は会計後に日付印を該当欄に押して、右側の領収書を返して通知票はレジ下のファイルに保存ね。両替は商品買ってくれる人限定で、先に会計するようにお願いして」

 はいはい言って説明に費やす懇意だけは解するが具体性が頭に浸透して来ない。

「ゆうパックは荷物の郵送サービス。お客さんが段ボールを持って来るから、着払いか元払いか確認した上で後ろの伝票を渡して、届け先と依頼主の住所と品名を記入してもらう。伝票を受け取ってバーコードを読み込んだら配達希望日時を尋ねて、希望があればレジと伝票に書き込み、受付日と配達予定日の欄を埋める。お届け通知の欄は気にしなくて良い。縦横高さの合計を凡そで良いからメジャーで測って入力すれば、送料が表示されるから元払いの場合は支払をお願いする。この時ポイントカードの確認を忘れずに。キャンペーン実施中の時期があるから。レシートと受付印を押した一枚目の伝票控はお客さんに渡して、二枚目の取扱店控は後ろのバインダーに、三枚目の荷物貼付用は荷物に貼って横のコーヒーメーカー手前か裏に置いておく。割れ物は警告シールがあるから貼っても良い。生鮮品はクール便無いからお断りね。ボストンバッグやキャリーバッグ等の大きい荷物は専用の紐付き袋に入れて保管。ヤマトは利用出来ないからその場合はあのアーケード下にセブンがあるんだけど、そこに案内するかゆうパックに書き換えるかしてもらう」

 愈々受け入れ難い話になってきたので書記活動に専念することにした。私の痛ぶりを止めない女性はレジ奥から光沢ある封筒を三種類投入してきた。

「レターパック・スマートレターは郵便物のサービス。後者は前者より小さめで、前者は更に厚さ三センチ以上入るプラスとそれ未満のライトに分かれています。FFコーナーの下にポストあるでしょう。その口に入る幅ってこと。注文を受けたら、新聞の表示の中に項目があるからそれで会計するだけ。ゆうパックと違って手間が少ないね。集荷時刻は昼が十三時十分、夕方が十六時半。ポストにも書いてあるから訊かれたら見てもらうように」

 メモが加速する。どの授業よりも理解力と想像力を駆使して。

「では現金管理について。二十時以降社員に確認した上で、点検キーを押した後にそれぞれのレジにあるお金をコインケースに並べて数えます。この間にお客さんが来たら中止キーで解除する。汚れたお札を分別しながらチェックシートに各硬貨、紙幣が幾つあるか記入。万券はレジ下の金庫に収納して、裏のパソコンにてログイン、レジ点検、情報入力、本部換金、確認と手順を踏むと実際の売上とレジ金の差額が出る。プラマイ千円以内の誤差なら問題無いけどそれ以上なら二度目の点検を掛けることになります。最後に点検時刻と点検者名を入力してレジに戻り、確認キーで点検状態を解除すれば終わり……大丈夫?」

「はい、一応話は分かります」日本語話者なので。

「実践する時は社員の人に見てもらうから、今日は流れを押さえるだけで良いよ。じゃあ次はモッピーに行こう。使ったことある?」

「ありますあります。アマゾンの支払いでよく使います」約週一の頻度で利用するものだからその店では噂される程だろう。

「モッピーは引換券やクーポンの発券、チケット購入、ネットショッピングの支払等が出来ます。発券は三十分以内が有効期限、当店での発券は当店でのみ利用可能。ネットショッピング支払は受付番号等を入力すれば申込券が発行されて、それを読み取るとレジ後ろのプリンターから受付領収書が印刷される。日付と店名、申込番号の下四桁を確認して正しければ会計してお客様控えを渡し、残りは公共料金と同じファイルに仕舞う。五万円以上の買い物の際は印紙が必要とされる場合があるから頭の隅に入れといて。回線が不調の時はオンオフ切り替えで良くなると思うわ」

 クーポンとはレシート下部に何個購入で何割引と宣伝されている代物のことかな。こういうキャンペーンって気に留めた試しが無いのだよね。

「隣のコピー機について……は今度にしようか。一度にあれこれ言っても覚えられないものね」

 既に容量オーバーなので大丈夫です。コピー機も地味に使った経験が殆ど無い。機械に頼るくらいなら自力で写生するから。ただの阿呆か。

「えーと、じゃあ前陳行こうか」

 ゼンチン?あぁ前に陳列すると書いて。さっきから専門用語がいけ好かない顔を露わにするけどこんなの学校で教えてくれなかったよ。私のメモを国語の教科書にした方が有益なのではないか。

「お客さんが商品を取れば当然残りが取り辛くなるから、それを前に寄せたり補充したり、消費期限を確認したりするのが前陳作業。お弁当、飲み物、栄養剤コーナー中心に指示が出たらお願い。飲み物は裏の通路沿いか冷蔵室、栄養剤はそこのレジ横の扉を開ければ、ほら並んでいるでしょう。因みに奥のトイレは使用禁止だから気を付けて」

「え、そうなんですか」ゴミ捨てに次いで利用目的の大を構築する排泄施設が無いとは。掃除が不要なのは楽だろうけど。水分補給は要注意と。

「トイレと貯蔵室の間の倉庫は掃除道具用で、空いた時間に室内の埃や外のゴミを片付けて頂戴」

「はい」それが私に一番向いていると思います。

「で、消費期限切れの商品は廃棄になります。FFもホットスナックは四時間、中華饅は六時間、今は無いけどおでんは二十四時間で廃棄。作る度に製造時刻と廃棄時刻をチェックシートに記入して、時間が来ればビニール袋に入れてゴミ袋に捨てる。他の商品は大体昼の十四時、夕方の二十時に確認して、こっちの裏の籠に入れると。持ち帰るなら早めに食べてね」

「貰っちゃっていいんですか!?」

「自己責任でね。だけど皆取って行くよ」

 裏の秘密基地に戻りながら棚から落ちた賞味期限切れの牡丹餅に興奮する。うわぁ、こういう賄い的な文化に憧れていたのだよ。早速持って帰ろうと思ったが、この時間は廃棄無しのようでがっくり。

「店長―、廃棄まで教えたよー」

「おうお疲れ様ー。ゆずちゃんどう?イケそう?」

「バッチリだよぉ店長」この台詞は勿論川田さん。

「本当、良いねぇ。次からは普通にレジ入ってもらうよ。取り敢えず着替えちゃって」

 うえ、研修中だからって後方支援に徹する訳ではないのか。悪い予感を先取りしつつ隅に隠れて衣装替え。二人は私の素質を過大評価して笑い合うので、私は強張った筋肉で照応した空気を吐き出す。平日は奥の冷蔵室を更衣室と解釈する必要がありそうだと横目で捉えた。

「最初は全然失敗してくれて構わないから。段々慣れていけば良いよ」

「いきなり全部完璧には誰だって無理だからね」この台詞も勿論。

「いえいえ頑張ります。成る可く失敗しないつもりです」

「頼もしいなぁ……えー、次のシフトは月曜日の夕方五時から九時だよね。じゃあ今日はここまで。今後共宜しくゆずさん。お疲れ様でした」

「ゆずちゃんお疲れぇ」

「はい、お疲れ様でしたぁ」

 色々教えて頂いて有難うございます、用意していた礼儀を忘れず添えて、出来る限り朗らかに部屋を出た。私服姿に何故か萎縮しながらまだ非正規労働中の何とかさんとローラさんにも挨拶して、早上がりの優越感をドアの向こうへテイクアウトした。時刻は六時五分。残業とは縁遠い快適な職場である。

 初接客は不器用なものになってしまったけど、店の人達は褒めてくれた。思ったより多忙である代わりに思った以上の雰囲気の良さを味わった。夏休みの間から応募すれば良かったなと後悔する程に。全員摩耗したゴルフ球みたいな眼をしている印象だったが全く新品と遜色無かった。値段高過ぎるよねあれ。

 暗闇に飲まれていく外に新鮮さを感じ取る。塾以外で遅くなるのは久々だな。これから訪れる出会いに祈りを捧げ、ポーチ片手に帰宅路を往った。

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