同性愛者の君を愛したい。
ABC
1.ナナにとってのミク
「あーもう、ミクから返信来なーい」
これはナナちゃんの口癖だ。ここ最近、親友であるミクさんからなかなか返信が来ないらしい。前は頻繁に返信してくれていたのが、ここ最近になって極端に少なくなったらしい。
「ナナちゃん、今日は俺とご飯食べに来ているんだから、携帯置いてよ」
「そうだけど、急に頻度が減ったんだよー?」
「ミクさんは後でちゃんと返信してくれるって。きっと忙しいんだよ」
「でも、そんな急に忙しくなるー?」
「そういうこともあるんじゃないの?」
「そうかなー」
ナナちゃんは納得がいかないようだった。
大学生になってはや一年。俺、コウガは大学が違っても昔からの友達のナナちゃんとよくご飯に行く。まあ、ほとんどは俺から誘っているのだが。それでも、ナナちゃんは俺の誘いを断ったことがないから、本当に優しくていい人だ。
さっきのように、すぐに返信が来ないと分かったら、同じ言葉を不満そうに吐いて、ナナちゃんは今日も不機嫌になる。ミクさんからの返信がなかなか来ないということは、ナナちゃんが不機嫌になることが多くなるということだ。前は楽しそうだったのに、ナナちゃんは俺といるのがつまらなそうに見える。俺は嫉妬心から自嘲した。
「ごめんね、ナナちゃん、俺と一緒にいてもつまらないよね」
「あ、ごめん、違うの。本当にそれは違う。コウちゃん、ほんとごめん」
ナナちゃんは俺に気を使わせてしまったことに酷く胸が痛んだようだった。
「ごめん、コウちゃん。今日はコウちゃんとの日なのに、私、携帯気にしすぎだった」
少しうるっとした目で真剣に謝っているナナちゃんを見ると許さざるを得なかった。
「ほんとだよー、はい、携帯しまって。ちょうどご飯も来たし」
携帯をしまったナナちゃんは運ばれてきたランチに手を合わせて「頂きます」と小さく言うと、目の前のサンドイッチにかぶりついた。それを見てくすっと笑った俺にナナちゃんは「どうしたの?」とでも言いたげな表情でじっと見つめてきた。俺は「ううん」とだけ言って手を合わせると「頂きます」と小さく言って目の前の同じサンドイッチにかぶりついた。
このようにナナちゃんと過ごすことはこれまでに何回もあったが、どれも俺にとってはかけがえのないものだった。ただ、ミクさんを除いては。
ミクさんは、ナナちゃんが大学に入って初めて出来た友達らしい。気が合ってすぐに仲良くなったらしいが、一年が過ぎて急に遊べなくなったこと、ましてやなかなか返信が来なくなったことにナナちゃんはイライラしているようだった。一年が過ぎたとは言っても、まだ大学のことで色々忙しいことはあるのだと思うが、確かに極端に頻度が減ってしまったことには俺も疑問を感じていた。せっかく二人でご飯に来ているのに、ナナちゃんはミクさんからの返信ばっかり気にしている。俺はそれが嫌だった。
ご飯を食べ終わり、俺たちはお店を出ると、店の並ぶ通りを散策し始めた。途中、服屋さんに寄ったり、小腹がすいたときにはデザートを食べたりして、その時間を満喫していた。ナナちゃんはお店を出たあとは携帯を気にしていなかったが、やはり時間が経つと気になってしまうようで、待つ時間があればちらっと携帯を見ていた。
「ナナちゃん」
「はい、ごめんなさい」
俺はその一回きりで二度は言わなかった。ミクさんはナナちゃんの親友だから、ナナちゃんが大切にしたい気持ちも分かるからだ。同時に、俺はそれにめちゃくちゃ嫉妬するが。だって、俺たちだって親友だからだ。
日も少し落ちてきたところで、俺たちはぼちぼち帰ることにした。
「ナナちゃん、今日はありがとう。楽しかったよ」
「うん、私も。携帯の件はごめんね、気をつけるね。今日はありが……」
「ナナちゃん?」
ナナちゃんはピタっと立ち止まって固まってしまっている。俺はナナちゃんが向いている方に顔を向けた。前には、頭一個分の身長差のカップルが腕を組んで楽しそうに歩いていた。
「どうしたの? ナナちゃん」
「ミ、ミク」
「え?」
「あれ、ミク……、誰あれ、彼氏? 彼氏だよね?」
ナナちゃんは今にも取り乱しそうになっていた。
「ナナちゃん、落ち着いて」
俺は顔を背けるように催促してから、必死に落ち着かせようとした。ナナちゃんの言っていることが合っているのだとしたら、茶色の髪のワンピースはミクさんで、その隣の頭一つ分大きい黒い髪のすらっと足の長い男の人は見たところ、彼氏なのだろう。俺は自分の考えが腑に落ちた。
「ナナちゃん、最近ミクさんがなかなか返信をくれなくなったのって、彼氏さんが出来たからなんじゃない?」
「え……?」
ナナちゃんは絶望したような顔をしていた。それもそうだ。自分と言う親友よりも彼氏を優先されたのだから。いくら彼氏が大切でも、親友の連絡に返信をしないのは良くないと思う。
「ミクはもう私に飽きたのかな……」
「ナナちゃん、それは違うよ」
「だって、そうじゃん!」
信じたくない現実に、感情も相まってナナちゃんの声量は大きくなっていた。それほど、ナナちゃんにとって大学で初めて出来たミクさんは大事だったのだ。
「う、ひっく、うぅ」
ナナちゃんの感情の高ぶりはその一瞬だけで、すぐに涙目になった。
「ナナちゃん、行こう」
俺はハンカチをポケットから出し、そっとナナちゃんの前に出した。
「ありがと……」
ナナちゃんはそれを受け取ると、目尻を拭きながら俺と一緒にとぼとぼ歩きだした。俺たちは終始周りから注目されていたが、俺はそれを気にせず、涙が溢れて視界がぼやけたナナちゃんが安全に歩けるように誘導しながら、帰った。ナナちゃんは本当は駅で俺と別れて電車で家に帰る予定だったが、俺は泣いているナナちゃんをそのまま帰すことが出来ず、近くにある俺の家へと招いた。
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