第44話:コクーン9「糸」

「少しお時間いただけます?」


 ヘレナのヒトガタ"ヴィッキー"は大咬を抱き抱えるように掴みかかった。しっかりと全身で捕らえ、ヴィッキーの背中、左右対称に取り付けられた二つの筒が震え出した。そして、圧縮された空気を高速で吐き出し、その反作用で機体が前に押し出される。これは今回ヴィッキーに追加された新装備であった。


「重い!」


 始めは、短い草の生えた地面を耕すように掘り返すだけでなかなか進まなかった。が、やがて勢い得て、スキップする様に地面を軽快に蹴り、前に進んでいく。

 そうしてたどり着いた先は、短い木々が煩雑に生えた場所。周辺には何もない。ここなら被害を気にせず戦うことができるだろう。


「ここがちょうど良いです…わ!!」


 ヘレナは勢いよく大咬を地面に叩きつけた。鈍い音が響く。地面が割れるほどの衝撃だ、流石の大咬も効いたのだろう、動かなくなった。


「大した事なかっ……」


 大咬が予備動作無しに動き出した。ヴィッキーの胴体に向けて、前脚を鞭のように振るった。


「単純すぎますわ!」


 ヴィッキーはすぐさましゃがみ、腕は空を切った。後に残ったのは伸び切った腕。大きな隙。すぐさま、ヴィッキーはその腕めがけて拳を繰り出した。肘についた背中と同じような推進措置が加速させる。

 金属を叩いたような高音、ヴィッキーの腕を駆け抜ける鋭い衝撃。大咬には傷一つついていなかった。


「この大咬!」


 ヘレナは一旦、大咬から距離をとり、その全身へ目を向けた。

 頭部は深く裂けた口、歪に並んだ牙、大咬における代表的な特徴そのものである。

 しかし、体へ目を向けると通常の大咬と大きく違った。哺乳類のような体毛ではなく、甲虫のクチクラで構成された硬い外骨格のようなもが全身を覆っていた。この個体は大咬でありつつ特殊。


「こんな特異体見た事ないですわ」


 紛れもなく、特異体であった。


「けど、弱点は変わりませんわ!」


 ヴィッキーは地面を蹴った。推進措置を起動させ加速、体勢は低くすくい上げるように急接近する。特異体の剛腕をかいかぐりながら、懐へ飛び込んだ。


「どの生物でも腹は弱いんですの!」


 両拳で腹部を鋭く突き上げる。しかし、ダメージはなく腕と同じ感触、装甲に覆われた蛇腹状の腹が見える。

 打撃は通らない。

 しかし、ヴィッキーにはまだ打撃の他に武器があった。

 カチリという機械音と共に手のひらから衝撃波が発生する。特異体の装甲の向こう側、柔らかい内臓へ伝播し内側から破壊する。特異体の頭部後ろ、耳と思われる部分から血が噴き出すように流れ出た。

 さらにヴィッキーは特異体の腕を脇に抱えて、特異体を回し始めた。回転はしだいに速くなり、パノラマが線になっていく。そして手を離すと、放物線を描きながら巨体が糸も軽々空へ飛んでいった。

 落下地点で追撃を加える、そう考えすでに動き出していたヘレナだったが、ここで不思議な事が起きた。ヴィッキーの足がヘレナの意志と関係なく地面を離れたのだ。


「一体なにがぁッッッ!?」


 続けて機体が激しく揺さぶられた。コックピットから見える景色は地面だった。割れた地面。立っていたはずだったが今は寝そべっている。何が起きているのか。

 思考する間も無く、すぐまた別の景色。

 空だ。

 ヘレナは困惑してしながら辺りを見回した。彼女はすぐに状況理解する。ヴィッキーの足を粘り気の強い蜘蛛のような白い糸が覆っていた。その糸の繋がる先には特異体の腕があった。特異体は鉄球を鎖で繋いだハンマーのようにヴィッキーを振り回していたのだった。

 特異体は足についた糸を引きちぎる余裕も与えず再び地面に叩きつける。


「がはぁ!」


 地面は割れ、衝撃はヘレナにも伝わった。ヘレナは特異体を見上げる。巨大な体躯でヴィッキーを影に落としている。

 特異体はゆっくりと顔をヴィッキーに近づけた。特異体がニヤリと笑った、ヘレナはそんな気がした。


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