第43話:コクーン8「孵化」

 一つの影、その大きさは道を塞いでいた25メートル以上の巨岩そのものであった。体の先端には牙が歪に並び、黄濁した目が飛び出すように4つついていた。

 紛れもなく大咬であった。岩の中から生まれ出たその大咬は、顎を上下に開いて産声を上げた。空気が激しく揺れる、崩れていた崖がさらに崩れる。

 その場にいたものは、唖然と立ち尽くすか、耳を押さえて地に伏すかのいずれかであった。二人を除いて。


「今すぐにこちら側に退避を!」


 ローズが声を張り上げて、皆を誘導する。我に帰った人々は言われるままについていく。

 その中、


「だめだ!積荷は置いていけない!」

「ちょ!待ってください!」


 先程、ローズ達がここに来た時、車を止めさせた中年の男であった。彼は自分のトラック向かって走り出したのだ。ローズは慌ててその後を追って引き止めようとする。男のトラックは大咬の特異体すぐそばであった。

 大咬がゆっくりと動き出し、地面が揺れる。


「待ってって!!」


 ローズがよろけながらも男に追いつき襟を掴んだ、その拍子に男が尻もちをついて倒れる。


「何が入ってるって言うんですか!命より大切なものですか!?」


 ローズは襟を掴んだまま、見下ろすかたちで男の後頭部に向かって強く怒鳴った。


「ニトログリセリンだよ!狭心症の薬だ!やっと手に入れたんだ!…あ…」


 男が顔を上に向けて怒鳴り返した。そして、今は口を開いたまま固まっている。不思議に思ってローズは彼の視線の先を見た。


「ッ!!!」


 彼女らを大咬が見下ろしていた。視界を埋め尽くすその巨大な化け物の口には針山のように無数の牙が生えている。

 それが彼女らへ向けてほぼ垂直に降りてきた。


「あなたの相手はワタクシですわ!」


 鈍い音と共に巻き起こった風圧が地面の草木をなびかせた。ヘレナのヒトガタ"ヴィッキー"がその顎向けて殴りつけたのだ。大咬は僅かに体勢を崩し一歩下がる。


「ローズ大丈夫?」


 正面に大咬を捉えたまま、ヘレナは背後のローズ達へ声をかけた。


「い、一応大丈夫です。」


 彼女の傍らには牙の一本が突き刺さっていた。ヴィッキーが殴った拍子に落ちてきたのだ。ローズと男は小刻み震えていた。男に至っては股間に水溜りをこさえていた。


「え?あっごめん。その人連れて早く逃げてくださいまし!」


 ローズはすぐさま男を引きずりながら駆けていった。


「さて、これで安全ですわ。十分離れないと危険ですの」


 ヴィッキーは拳を握りしめて構え直した。


「新装備は少しばかり、じゃじゃ馬ですから」

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