第33話:フィスト1-16「笑顔」
石切り場の外、ヘレナの頭上の崖の森林から大咬の通常体が落ちてくる。
「いつの間に!?」
ヘレナの反応は早く、落ちてきた3、4体の通常体の頭部をほぼ同時に粉砕した。ところまでは良かったが、その後ヘレナは拳を放つ事ができなかった。それは何故か。
「一体なんなのですの!?この数は!?」
一言で表すならば雪崩れである。落ちてきたのは片手で数え足りるような数ではなかった。じつに20、30体が崖に殺到しヘレナの元へ落ちてきたのだ。ヘレナのヒトガタ、ヴィッキーは次の拳を繰り出す暇もなく、仰向けの状態で通常体製の山に埋もれてしまった。
「コイツラヲ呼ブ、ツモリハ無カッタンダケドナ。コノ食料達ヲ、ツーカ痛イナ」
視界を埋める通常体の隙間から、ぎこちなく立ち上がる特異体が見えた。片手が不自然な方向に曲がり、脇腹からは中身が見えていた。あと少しで命を絶つことができたはずなのに、
「 あと少しなのに!ヴィッキーのパワーでもここを抜け出せないの?」
ヴィッキーが全身に力を込めるがびくともしない。赤ずきんのヒトガタの中でもトップクラスのパワーを持つヴィッキーでも、今の状態では動作の起こりさえカタチにする事ができない。また、衝撃波発生装置や砲撃を使用にも、こうも密で構えを取れない状態では力が逃げるところがない為、ヴィッキーだけでなく、コックピットのヘレナへも被害が出てしまう。それほどの密度、数で通常体は積み重なっていた。通常体の中には上からの重みに耐えきれず、全身の穴という穴から血を垂れ流している者もいた。
ヴィッキーも軋む音を出している。このままではいずれ機体が潰れてしまうであろう。
「どうすれば…」
「安心シナ。コノママ放置シテハイオワリナンテ事ハシナイ」
特異体は動く片手を上げて爪を回転して見せた。
「コイツラゴト貫イテ俺ノ手で殺してやる」
金切り音が響く。今うてる手がないヘレナは奥歯を噛み締め死を覚悟した。その時
「何してるんですか!なんで私を下ろすんでんすか!はい⁉」」
ムセンキからニーニャの怒鳴り声が聞こえる。
「お嬢様が危険なんです!やるべ事は一つでしょ!」
ローズの声。ムセンキ越しのエンジンの音。
石切り場の端から荷台の無いトラックが走ってきた。
「ローズ何をやって――」
ローズの駆るトラックはデコボコの悪路を突き進み最初に特異体が地面を削った時に散らばった破片の一つを踏み台にして宙に飛んだ。トラックの音がドリルの回転音にかき消され特異体は気づいていない。
「お嬢様をお守りするのが私の役目!」
空高く飛び上がったトラックは特異体の頭部に激突した。
ただのトラックの体当たり特異体であればなんてことはない。万全の特異体であれば。今の特異体はヘレナに受けた攻撃で体はボロボロであった。加えて全く予想してなかった攻撃だった為、特異体はトラックがぶつかった拍子に体勢を崩し、ドリルはヘレナを貫くのではなく、横になぐカタチでヘレナの上の通常体を削り取った。
「オ前何シテンダ!!」
怒りを露わにした特異体がローズの方へ行こうとすると、
「漬け物の気分でしたわ」
ヴィッキーが通常体を吹き飛ばし立ち上がる。くしくも特異体はローズの妨害があった為に自分で重石をどかしヘレナを解放してしまっていた。
「マ、待テ―」
特異体の言葉など無視しヴィッキーは跳躍し特異体の頭に力いっぱい拳を撃ち下ろした。特異体の頭部はトマトのようにいとも簡単に弾け、残った体は力なく倒れた。
次に積み上がって山になっていた残りの通常体もヘレナを襲いにきた。
「今のヴィッキーの状態でこの数は厳しいですわ…」
通常体の重しで、ヴィッキーの機体にも確かにダメージがあった。
「素手では」
ヘレナは頭の無い特異体を手にする。そしてヴィッキーの倍以上のその巨躯を軽々と持ち上げる。そんなのは気にせず通常体は突撃していくが、
「ふん!」
まるでヌンチャクの様に振り回す。右に左に特異体が振れるたびに通常体は輪郭が崩れ、石切り場の壁に激突していく
そして、最後には一体も立っていなかった。ネズミ色の大地が赤に染まりそこに立っていたのはヴィッキーの姿一つ。
ヘレナはトラックの元に向かう。トラックはぐしゃぐしゃになっていた。
「ローズ…」
するとローズがトラックの運転席から頭をヒョコッと顔を出して、
「流石に死ぬかと…ってお嬢様無事ですか!?」
トラックの残骸の近くでヘレナを心配しオロオロしていた。
ヘレナは深い溜息をつき、
「そこまで馬鹿だとは思わなかったですわ」
その表情は明るいものだった。
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