第31話:フィスト1-14「土竜叩き」

 そこは暗い暗い闇の中、昼も夜も変わらない。地下に木の幹のような太く伸びる虚空に枝のように分かれた小さな虚空が広がっている。その枝の内一つの伸びる先、天井がボウル状になっている一際広い空間があった。

 その空間の床には所狭しと生物の骨が敷き詰められ、中には数十メートルにも及ぶものもあった。骨に残った肉片、滴る血がその空間を最悪なものにしていた。いや、あるいは最高の空間かもしれない。そこにいるものにとっては。

 闇の中で丸まる一つの塊。そのものは寝息をたて寝ていたが、その緩やかな呼吸が変化を見せた。大きなあくびをすれは歪に並んだ牙が顔を見せる、腕を伸ばせばドリル状の爪が上下する。街を襲った土竜のように地を泳ぐあの特異体であった。

 小さな傷は確認できるものの、昨日背中に大穴を開けられたり、首をねじられたにもかかわらずほぼ特異体の傷は治っていた。

 特異体は鼻を小刻みに動かし、顔に不快の色を浮かべる。


「ナンダ、鼻がヒリヒリする」


 目や鼻を突くような匂いが穴の中を充満していた。加えて、


「ウルサイナ」


 天井からパラパラと土が落ちる。猛獣の唸り声のような大きな音が響き、穴全体が小刻みに揺れていた。

 一般的に地中生物がとる行動は、不快なその場所から離れるといものだが、


「スグニ壊してヤル」


 特異体は穴の中をかけていき、音の発生源へ向かった。


 その場所からは音と振動があった。

 特異体を鼻を動かして外気を鼻腔、その奥に取り込むが、


「ニオイガシナイ?」


 特異体は対象の事や位置をその優れた嗅覚で判断していたが、この穴に漂う匂いに毒されてうまくきかないようだ。

 それは、特異体が予想していたよりも深刻だった。上にあるのは何で、数はいくつなのか情報がない。不用意に飛び込むのはあまりに無謀だ。そう考え、ここはひとまず撤退しようと身を翻した時、体に何か当たる。

 上の方から棒が伸びていた。少し進むとまたあった。


「ナンダコレハ―」


 次の瞬間頭上から衝撃が駆け抜ける。上から押しつぶされるような感覚。軽い土は吹き飛び、残ったのは複数の長い棒と地上に出されたというより掘り起こされた特異体。

 もろに衝撃を受けた特異体は思うように動けず、頭だけを上げる。するとそこには見下ろすものがいた。見覚えがある。それは赤い布をを被たような特徴的な外見をしており、異常なまでに前腕が発達したヒトガタだった。特異体が街で痛い目に遭わされたあの赤いヒトガタだった。

 特異体の腕を前に突き出す苦しまぎれの一撃。赤いヒトガタは上体を反らして回避し特異体の胴体に手を当てる。衝撃波。特異体の皮膚が波を打つ。


「サッキノ衝撃ハコレカ!」


 特異体の赤いヒトガタの数倍にもなる巨体が軽く宙に浮く。赤いヒトガタはすかさず両手を地面について逆立ちするように両足で蹴り上げる。特異体は唾をばら撒きながら空高く上がる。赤いヒトガタは両手を前に出す。爆音と共に二つの飛翔体が手のひらから放たれ、時間差で特異体に直撃しさらに遠くへ飛ばす。そして、特異体はとある穴に背中から落ちた。


「ヒトマズ退散ダ」


 体勢を立て直そうと思った特異体は穴を掘って逃げようとした、が、なかなかドリルが入らない。地面は硬い岩石だった。あたりを見回すと段々になった石に囲まれていた。ここは石切り場だった。

 空から一つの影が降りてくる。それはゆっくりと両手を前に構えた。赤いヒトガタ。特異体にもう逃げ場はない。

 

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