第26話:フィスト1-9「批判」
白い壁に囲まれた部屋の一角、窓際の一つのベッド。ベッドの側、おさげの幼女がマットレスから垂れさがる細い腕を両手でつかんでいる。その掴む手は震え、少女の目からは涙が溢れ出ていた。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
ベッドの上に石のようにピクリとせず横たわる少女、その顔は傍らのおさげの幼女とよく似ていた。おさげの幼女とベッドの少女の二人は姉妹なのだろう。
「ねえ起きてよ!ねえ!」
おさげの幼女 妹の声が虚しく部屋に響く。妹の思いとは裏腹に手の中のぬくもりは次第に失われていく。彼女はただただそれを感じることしかできなかった。
「あ、あ、ああああぁぁぁ」
妹の後ろでは姉妹の両親が立っていた。母親は崩れるように床に倒れ込み、震える声を弱弱しく吐き出す。
(助け…られなかった)
その家族から少し離れたところにヘレナは立っていた。
この家族とヘレナに血縁関係はない。では何故この場にいるのかというと、ベッドの上の姉は先程、特異体がヘレナに向かって投げた時、彼女がヒトガタで受け止めたその少女だった。あの後すぐに治療を受けさせたが、すでに特異体によって内臓はズタズタにされており手の施しようが無かった。
「その…」
ヘレナが口を開き言葉を紡ぎ出そうとするが、
「すみませんが、家族だけにしてくれませんか?」
姉妹の父親に男にそう言われ、何も言うことができずにヘレナは一礼して部屋を出た。閉じる扉の向こう側ではベッドの姉に家全員が抱き着きその名を呼んでいた。もう二度と答えてくれはしないその者の名を。
「ヘレナお嬢様!」
部屋の前でローズが待っていたらしく、ヘレナに声をかける。が、ヘレナは唇をかんだまま反応せず、足早に廊下を歩く。
そして、建物を出ると風が鉄のにおいをヘレナの鼻に運ぶ。耳には数多のうめき声。目にはいくつもの医療用テントとその下の並ぶベッドの上の凄惨な光景が映る。
特異体の襲撃により生じた地震および特異体による直接的な要因により生まれた負傷者達が治療を受けていた。また、医療テント群のその先では大量の瓦礫を除去しながら未だ生死の確認のできていない人々の捜索をしている。
(ワタクシが、もっと…)
ヘレナは奥歯を噛みしめながらテントの間を歩いていく。
ヘレナのシャスール機関の紋章の刺繍が入った赤ずきんが揺らめく。
「こんな事になるなら、こんなところに移り住むんじゃなかったぜ」
どこかでわざとらしいほど大きな声が聞こえる。
「シャスール機関、大咬の殲滅を目的とした組織らしいじゃないか。お笑い草だぜ。たった一体の大咬にこんなに酷くやられてできるのかね。聞いた話じゃあヒトガタ部隊も全滅したらしいじゃないか」
その声を皮切りにテント群にシャスール機関に対する不満の声が広がっていく。
「彼らなら守ってくれると信じてここに住んだのに、期待はずれだったわ」
「活動費の支援だって結構したのにさ」
「俺のところは彼らを信じて色々なものを優先して卸してやってた」
1つまた1つと傷ついた人々の批判の声の大きさもその数も増えていく。そしてその批判の矛先はシャスール機関の赤ずきんであるヘレナにも向けられる。
「シャスール機関には奥の手がいなかったけ、赤ずきんとか(笑)」
「ずいぶんとまあ出てくるのが遅かったじゃないか」
「聞いた話だとまだ十代らしいじゃないか、そんな子供をのせてなに考えてるのかね。役不足だよ」
ヘレナは歩みを止めずただただその声達を受け止める。しかし、それを聞いて肩を震わせ顔を真っ赤にしている者がいた。ヘレナの後ろにいるローズだ。彼女は大きく息を吸い込み、
「あなた達!ヘレナお嬢様が――」
「やめなさい」
ローズが激高のまま叫ぶがヘレナがそれを遮る。
「いい加減にしてください!いつも!いつも!」
「えっ…」
ローズは驚きの声を漏らす。ヘレナは振り返りローズに対して怒鳴った。
「私を気遣うふりをして気分が悪いですわ!あなたは母からの監視役で私についているのでしょう!そんな口先だけの言葉でいちいち私の機嫌を取ろうとしないで ―― ハッ」
ヘレナには心の余裕がなくなっていた。特異体へ対抗するための赤ずきんでありながら、今回彼女は特異体を討伐出来ず、被害は甚大なものになってしまった。ヒトガタの修理のため出撃が遅れたのはそもそも前の戦いで自身がうまくやれていなかったせいだと彼女は考えていた。自責の念に押しつぶされそうな彼女はついその矛先をローズに向けてしまったのだ。そのことに気づきヘレナは途中で言葉を止める。
数秒の沈黙の後、ばつが悪くなったヘレナは振り返りそのまま走り去ってしまった。
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