第27話:フィスト1-10「ローズ」
「ヘレナお嬢様いますか?」
扉が軽く三回叩かれる。部屋の中からは反応はなかった。が、鍵が閉まっていなかったようで扉がゆっくりと開いた。
「また、鍵を閉め忘れてしまったのですね」
ローズがハンドルに手を伸ばすと、隙間から部屋の床に木片が落ちているのが見えた。
「こんなに散らかして…」
彼女は部屋に入り木片を広い集める。4畳の狭い部屋にはタンスとベッド、それから傍に椅子と粉々に砕けた木製の机があった。
「ものに八つ当たりは良くないですよ」
木片をひと通り拾うとベッドの側に集める。
不意にベッドが軋む音を出して揺れる。
ベッドを見るとヘレナが布団に包まれ、猫のように丸まっていた。
「ワタクシは無能...何も守れなかった...それにローズにあんな酷い言い方を...」
ヘレナの呼吸は穏やかで瞳を閉じている。寝言のようだ。一筋の涙がヘレナの頬をつたる。
「お嬢様は一人で抱え込み過ぎですよ」
ローズは椅子に座り、その涙をそっと指で拭った。
「それに何を言われようと私はヘレナお嬢様の側にいますよ。あの日、そう誓ったのですから」
私、ローズがお屋敷に勤め始めたのがまだ10代半ばの頃で、ヘレナお嬢様はまだ小さく、姉であるマリーお嬢様もご存命でした。
身寄りない私を雇って下さった旦那様や奥様に恩返しをする為に、私は住み込みのメイドとして昼夜問わず一生懸命働いていました。
「ローズ!」
大きなお屋敷だった為メイドは私一人だけでは無く、かなりの人数が働いていました。当然、人が多くなるほど人と人の関係も顕著に出てきます。
私は一人の先輩メイドと馬が合いませんでした。
「あんたさあ、仕事中にアクセサリーを身につけるどういうつもり?」
先輩は暇があれば私に突っかかってきた。
「前もお話したように、私たちの住んでいた地域ではこの石のネックレスを大切にし、肌身離さず身につけるのです」
私は赤に輝く石のネックレスを身につけていた。とはいえ、いつもは服で隠れていれるので他の人からしたら後ろから僅かにチェーンが見える程度だ。これは私が私を証明できる家から持ち出せた唯一の品だった。
「旦那様や奥様、メイド長に許しを得て身につけています。なので問題無いと思いますが」
私だって仕える身として失礼に値するのではと考えた。けれど、どうしても外したくなかった。両親から受けた最期の品。
来客時以外は身につけてよいとしっかり許可を得ている。それなのに
「そういう性根が気に食わないって言ってるの!」
手は出さないものの、この先輩メイドは何度も同じことで突っかかってきたり、私の粗を見つけてはしつこついびってくる。私は彼女に心底うんざりしていた。
そんな先輩のいる中で仕事をしていたある日、あの事件が起きた。
「ない…ない…ない!ない!」
いつもあるはずのものがなかった。首にぶら下げた赤の石のネックレス。私は自室の中をくまなく探した。昨日の寝る前までは確実にあったのだ!
あまりにも取り乱す私に他のメイド達は心配してくれた。一人を除いて。
あの先輩は笑っていた。楽しそうに。
私は殴りかかりたくなった。が、彼女を糾弾する証拠が無いのも事実だった。
彼女は笑いながら私に近づいて
「バラの水路」
そう言って横を通りすぎていった。私は駆け出した。
屋敷から少し離れた茂みの中に真っ赤なバラが咲いているところがあった。その下には水路があり先輩はその場所の事を言っているのだと私は考えた。
息を切らしながら水路を見るとネックレスは確認できなかった。
水路の底には泥が溜まっていた。私は躊躇せず手を伸ばし泥を掻き分け、服を泥だらけにしながら探した。
今思えば、他の人に言って手伝ってもらえば良かったのだが、その時の私は早く見つける事だけに意識が向いていた。それほど大切なものだったのだ。
突然駆け出した私の所在など他の人にはわからない。私は一人で数時間必死に探し続けた。必死にかき分けたものだから全身泥だらけで、はたから見たら私が誰かわからないだろう。しかし肝心のネックレスは一向に見つからなかった。
私はべそをかきながらそれでも手を動かす。泥に混じったジャリが手に擦り傷をつけてしみる。
「なぁにしてるの?」
私を覗き込む小さな影。美しい白群の瞳。
ヘレナお嬢様だった。
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