第25話:フィスト1-8「責任」

「第4支部のヒトガタ部隊が先に交戦しています。交戦中のエリア、ポイントCにて合流してください」


 ムセンキ越しにローズが指示を出す。

 コックピット内のデスプレイに映し出される風景が一瞬で後ろに流れていく。赤ずきんであるヘレナ専用のヒトガタ“ヴィッキー”は両腕を後ろにして草原の中を疾走していた。


「ヴィッキーの整備が完了してない状態なので、衝撃波発生装置は使えませんが、お嬢様ならやれます!」

「あっそ、それさっきも聞きましたわ」


 ヘレナはうんざりした様子でため息交じりに返答する。


 ヴィッキーが基地から出撃し、この草原を走り始めて1分程たった頃、小さな丘を越えると、草原の中にに並ぶ車両が小さく見えてきた。


「もうすぐ、ポイントCに到着しま..えっ…」


 近づいてはじめて、ヘレナは見えていた車両の異様さに気づく。かたちがおかしい。並んでいる全ての車体の半分がまるで掘削機を用いたように綺麗に削り取られていた。そして近くに人の姿はなく赤い水たまりがぽつぽつとあるだけだった。


「隊長!みんなあぁぁぁ!」


 男の声が聞こえる。声の方を見ると、ぽっかりと深く大きい穴が開いていた。周りにはひどく損傷したヒトガタが数機倒れている。その内の一機が大きな穴に向かって身を乗り出し、叫んでいた。

 今にも穴に落ちてしまいそうな状態だった為、ヘレナはヴィッキーで半ば引きはがすように穴から離し、膝をついてそのヒトガタを優しく支える。


「もう大丈夫ですわ。大丈夫。深呼吸をしてくださいまし」


 ヒトガタの乗り手の声は上ずり、錯乱していた。ヘレナは深呼吸をさせて落ち着かせる。しばらくして、乗り手はまともに会話できる程度には落ち着き、ヘレナは状況を確認するため乗り手に問う。


「他の人達は?」

「穴に呑まれた。声が聞こえない。音がしない。みんなもう...」


 今にも泣きだしてしまいそうな声で乗り手は答える。そして、数分前に起きた出来事を詳しく話してくれた。状況は最悪のようだ。


「ありがとうですわ。特異体が今どこかわかりますか?あなたの仲間の無念もワタクシが ――」

「あんた何してたんだよ…」


 ヘレナの言葉を遮るように乗り手は言葉を吐く。声の色が先ほどの弱弱しいものとは違う。明らかに怒りを含んでいた。


「遅いんだよ!あんたが早く来てていれば!あんたら赤ずきんは特異体のエキスパートなんだろ!」


 乗り手は赤ずきんであるヘレナを咎める。


「あんたがもっと早くきていれば!隊長たち ――」


 ドコンッ!

 乗り手の言葉を遮るように街の方から轟音が響く。粉塵が高く上がっている。はじめは建物が地震の影響で不安定になった後、時間差で倒壊したのだとヘレナは思った。が、瓦礫の中のとある大きな影を見た時、その考えをすぐに改めた。

 その影のような巨躯を持つ地上生物は一つしか考えられない、特異体だ。


「…あなたはここにいてくださいまし」


 特異体が街で暴れている。すぐに向かわなければならない。ヘレナは乗り手を置いて街の方へヴィッキーを走らせる。


 ヴィッキーが風を切る中、小さなノイズと共にムセンキが動く。


「お嬢様のせいじゃありません。特異体の行動が予想外で、襲撃のタイミングがあまりにも悪かったのです」


 ローズが心配そうに声をかけるが、ヘレナは何も答えなかった。


 ヘレナはすぐに街についた。


「何を…してますの!!」


 街の大通りの真ん中で特異体がしゃがみ込んでいた。粉塵の舞う瓦礫の山にはべっとりと赤い何かがついていた。人の姿は見当たらない。そして、特異体の口元からは赤い何かが滴っていた。…つまりそういうことなのだろう。

 特異体はニヒルな笑みを浮かべる。


「おまえ!!」


 ヘレナは激高し、機体の拳を振り上げる。


「!!」


 特異体がヘレナ機に向かって何かを投げる。特異体やヒトガタからすれば小さなもの。それは人だった。

 ヘレナは咄嗟にそれを手で受け止める。手の中を見ると少女が息を荒げ仰向けに倒れていた。


(まだ生きている)


 ほっとするヘレナを巨大な影が襲う。

 特異体の腕のドリル突き。手の平の少女を庇うようにして反対の腕で防御する。ドリルは火花を散らしながらヘレナ機の前腕に大きな穴をあける。特異体はさらに一撃加えようと高速回転したもう片手の腕のドリルをヘレナへのばす。


「調子に…乗りすぎですわ!」


 ヘレナは少女を持っている手を動かさないように注意しながら体勢を低くしてその一撃を回避する。そして、そのまま特異体の足を横なぎに蹴る。特異体の足はきしむ音とともに払われ、体勢を崩し、思わず両手をつく。そこにすかさず少女のいない拳の方で特異体の顎を突き上げる。

 鈍い音とともに特異体の首はねじれ、体は回転しながら宙を舞い、地面に落ちる。首があらぬ方向に曲がり、ねじられた皮膚は裂けていた。


「ビックリシタヨ」


 が、特異体は何事もなかったように立ち上がり、首のねじれを自身の両手で無理やり直す。


「スグ調子ノルノハ、オレノ悪トコダナ。首イタイシ今日ハ出ナオスカ」

「待ちなさい!」


 地中に逃げようとする特異体を止めようと走りだすヘレナ機だったが、


「けほっけほっ」


手のひらの少女がせき込むのを聞いて慌てて機体にブレーキをかける。


「ソレジャア、マタネ」


 その間に特異体は穴を掘り地中に消えてしまった。

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