第20話:フィスト1-3「地震」

「一体何が起きてるんだ⁉ 奴が消えるなんて…」

「いいから早く見つけるぞ!このままじゃ取り返しのつかないことに!」


 乾いた岩肌の露われたまっすぐ続く谷に沿って、存分に土煙を上げながら走る二台の二輪車。乗り手の男二人は黄土色のローブを身に纏い風を切る。額からは汗が吹き出し、息は荒い。


「それに、ここじゃ地震なんて起きたこともないのに…」

「いい加減にしろよ!嘆いてる暇があったら周りしっかりと…おい!止まるぞ!」


 現状を嘆く男に苛立ちを覚え怒鳴る相方の男は、二輪車の後輪を少し横に滑らせブレーキをかけ急停止させる。それにつられるようにして嘆き男も遅れて停止する。


「おい一体どうしたんだよ。急に止まって…」


 嘆き男の言葉を遮るように相方はとある方向を指をさす。その指は震えていた。


「何だよ…これ」


 男たちが見たのは谷の壁に空いた高さ数十メートルもある大きな穴。二人は谷の壁を滑り降り、近づき確認すると、穴はかなり深く、内壁には粗々しく削った跡があり、それが奥まで続いてる。


「なんだよこりゃ…ここの地形は全て頭に入ってるはずだが、こんな穴なんて見たこと…⁉」


 そう言って奥へ歩みを進めようとした嘆き男の首元を相方が強く引っ張る。首が軽く締まり嘆き男はせき込んでしまう。


「なにしやがん…」


 嘆き男の声を轟音が遮る。穴の外壁が次々と崩れ、土煙を上げながら穴を埋めていく。


「とりあえず…とりあえず報告…するぞ…」


 空いた口がふさがらない嘆き男をよそに、相方がそう呟いた。



 殺風景な一室。10畳ほどの小さな部屋にいくつかの木製の机と椅子のセットが綺麗に並べられている。


「おはようございます! 」


 笑顔と共に発したローズの透き通る声が部屋に響く。


「おはよう。昨日は眠れたかい」


 椅子に腰かけ机に寄りかかったリップ整備長が返す。


「それなりに寝れたので大丈夫ですよ」


 そう言って笑顔を見せるローズだったが、よく見ると目元にうっすらくまがある。夜遅くまで何かしていたのだろう。


「おはようございます!ヘレナお嬢様!」


 先程は全体に向けての挨拶だったが、反応がなかった為、今度は名前を呼んで挨拶をする。


「フンッ」


 行儀よく背筋をピンとして座っていたヘレナは、わざとらしくそっぽを向いた。


「あのう…はい。準備はよろしいでしょうか。はい」


 机の並ぶ正面、壁に備えつけられた黒板の傍らに黒ぶちの丸メガネかけた茶髪の女性が気まずそうに声をかける。絶望的に存在感がなく、声をかけるまで気づかなかった為ヘレナとローズは少し驚いて


「だ、大丈夫ですわ」

「だ、大丈夫です」


 了承を得たところでメガネっ子は一つ咳払いをし、メガネをくいっと上げ、


「はい。今回、連絡があったと思いますがヘレナさんとローズさんにはブルーフォレストで確認された特異体を狩ってもらいます。はい」


 ブルーフォレストとはここ、シャスール機関第四支部の西30キロにある険しい山々のある地域である。そして、大咬の出没する危険地帯でもある。


「はい。特異体の現在地は偵察隊のムセンキを用いた連絡により、逐一確認することができます。1時間前の定期連絡ではオリエンタル山脈沿いのここを移動中とのことです」


 メガネっ子は黒板に張り付けた地図を棒で指し示す。オリエンタル山脈はブルーフォレストを構成する3つの山脈のうち、一番第四支部に近い山脈である。


「ムセンキ?」


 聞いたことのないワードにヘレナが首をかしげると、


「お嬢様には後から私がご説明します。ニーニャ続けてください」

「はい。直線的にはオリエンタル山脈は私達の支部に近いですが、山は険しく特異体がここに直行してくる可能は非常に低いと考えられます。そのため、人口の多い所を襲う傾向のある特異体は、このまま山脈沿いに南下しそこにある小さな街を襲撃すると予想されます。はい。その前に特異体に奇襲をかけるのが今回の狩りです。現状その特異体の移動速度が遅いため、整備が順調に進めば間に合うと考えられます。はい」


 そう言ってニーニャと呼ばれたメガネっ子はリップに目配せすると、


「機体の整備は順調だよ。予定通り昼には終わるよ」


 次にニーニャはヘレナとローズの方を見る。


「私達も準備はできてみますよね? ヘレナお嬢様」

「あなたは知らないけど、わたくしはできてますわ」


 ヘレナはローズの問に目を合わせずぶっきらぼうに答える。


「はい。それで出発時間についてなんですが…」


 ニーニャが言葉を続けようとしたその時、

 机や椅子が揺れ始めるというより部屋全体いや、建物全体が大きく揺れていた。部屋の彼女らの体も大きく揺さぶられる。黒板の側のチョークや黒板消し達がしゃがみ込んだニーニャにダイブする。数十秒のち揺れがおさまる。


「はい。一体何なんですかあ…地震が起きるなんてこの地域どころか危険地帯じゃあ聞いたことないですよお。はい。」


 頭のてっぺんや背中が白に染められたニーニャがべそをかきがなら嘆く。

 ガシャン!ドスンッ!

 椅子が倒れると共に鈍く大きな音が部屋に響く。

 ヘレナが床に豪快に尻もちをつき、その手足は生まれたての小鹿のようにプルプル震えていた。それを見たローズが心配しヘレナに駆け寄る。


「お嬢様大丈夫ですか⁉」


 そんな二人を見てリップは笑いながら、


「腰抜かしただけだろ」

「そうなんですかお嬢様?」


 ヘレナの耳がだんだんと赤くなり、肩が震える。


「うるさいですわ!そうですわ!腰抜けました!」


 羞恥の赤に顔を染め大きな声で怒鳴るヘレナだったが、一人じゃ立ち上がれないのでリップとローズの手をかりて立ち上がろうと踏ん張る。


「はい。私は今の状況を確認してきます。…え⁉」


 状況確認のためニーニャが部屋のドアを開け支部の人間が慌ただしく走る廊下に踏み出そうとした時、目に入った廊下の窓の光景を見て驚きの声を上げる。

 窓越しに見える街の地面には大きな亀裂が入っていた。


「ニーニャさん緊急報告です」


 見たことのない光景に立ちつくすニーニャの元に連絡員が来て報告する。そして今度はニーニャが部屋の皆に伝える。


「山脈で特異体を見失ったとのことです。そして失った地点に大きな穴が…」


 言葉を終える前に先ほどとは比べ物にならないほど大きな揺れが彼女らを襲う。


「おい!あれ!」


 揺れる中で誰かが叫ぶ。街の地面の亀裂から巨大な何かが姿を現す。

 二十数メートルあまりのその巨躯は毛で覆われ、口は首元まで大きく裂け、その口の中から歪に並んだ無数の牙が顔をのぞかせる。

 そして、先端が螺旋上でその周りに鋭利な爪を備えた特徴的な前足。

 大咬、それも特異体だった。




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