第16話:スナイプ1-14「戦いを終えて」

 太陽の光がこの都市全体を明るく照らす頃、周辺地域からの増援がようやく到着した。

 彼らは目を疑った。”拠点都市”、そう呼ばれるほど大きく、栄えていたこの街がたった一夜にして変わり果て、失われた美しい街並みは大量の大咬の屍によって塗りつぶされていた。その惨状は見た彼らは夜通しの行軍で疲労しているにもかかわらず快く大咬の処理や復旧作業に手を貸してくてた。


 忙しく流れていく人の波、生者だけでなく死者も同じ道を次々と流れていく。その人の流れに逆らうように足早に進む3人の男女の姿、デリーナ、グード、ヘレナ。彼らはとあるところへ向かっていた。



「大丈夫…大丈夫…きっと大丈夫…」



 デリーナは自分にそう言い聞かせ、今にも溢れ出てしまいそうな感情を必死にせき止める。

 人込みを抜け、建物の中に入っていき、とある一室の扉の前で一行は立ち止まる。デリーナを庇い雷撃をその身に受け意識不明となったニーの病室の前。

 扉の向こう側には元気なニーがいるはずだ、そうでなければ…。デリーナは一度目を閉じ深く深呼吸、覚悟を決め扉を開ける。



「…そんな」



 弱弱しい言葉が漏れる。ニーがいるはずのベッドには、別の負傷者が横たわっていた。今回は負傷者が多く病床に余裕はない。つまりこの事実が示す答えは…。

 デリーナの足は自身を保つことができず崩れ落ちる。静かに頬を伝う涙。泣き声すら形を成さない。最悪の結果になってしまったのか…。



「いやだからほんの少しだけでいいんですって!!姐さん達に合わせてください!!

 」


 聞きなれた声。まるで強く糸で引かれるようにその声の方へと足を運んでいく。



「ニー!!!」



 そこには看護師と言い争いをしているニーの姿。



「あ!姐さん!ちょうど今、会いに行こうと….どわっ!?」



 デリーナはニーに飛びつき抱きしめた。



「よかったぁ…よかったぁ…」



 先程とは違う涙が止めどなく溢れだす。ニーは泣く子供をあやすように優しく背中をさすった。



「俺は大丈夫ですよ、姐さん。あっグードさん。それにヘレナちゃんまで」



 遅れてがたいのいい男とと十代半ばほどの少女が病室に入ってきた。グードとヘレナだ。二人ともニーを見て安堵していることがその表情から見てとれた。


 ひとしきり泣いたデリーナは顔をあげ神妙な面持ちで一歩引く。そしてグードと一緒に深々と頭を下げる。



「焦った私の甘い判断で、お前を生死の境を歩かせてしまった。本当にすまない」



 それを受けてニーは、



「顔をあげてください。姐さんとグードさんが無事なら俺はそれでいいんです。しっかり生きてますし」



 優しく微笑む。



「ニィィー!!」



 デリーナは再び泣き出し抱き着く。それをなだめながらヘレナに視線を移し、



「ヘレナちゃんもありがとうね。おかげで俺も皆も生きて帰ってこれた」


「礼には及びません。本当に無事でよかったですわ」



 ヘレナは嬉しそうに笑った。




 その後シャスール機関の隠れ家にいたレンとイッチがトラックと共に合流し、皆で無事を喜び合った。

 レンとイッチによると赤ずきんであるデリーナとヘレナ両名には次の特異体討伐の指令がそれぞれ出たようだ。どちらの機体も損傷がある為、先にシャスール機関の支部で修理や補給を行う必要がある。それを考えると今すぐここを出発しなければならなかった。

 ニーはまだここを動くことができないので、この都市でしばらく安静にすることになり、他の者は出発の準備のために病室を後にしようとしたのだが、



「もうちょっとだけ!」



 そう言って動こうとしないデリーナを連れていくのに皆苦労した。




 さわやかな風が駆け抜けていく。様々な美しい花びらたちがその風にのってフワリと舞う。人が少なく静かなこの場所は命無き者達が眠る場所、墓地。



「あそこです」



 墓守に案内され、デリーナ、レン、グード、ヘレナ、イッチの5人は出発の準備を終え、今回の襲撃で亡くなった者達を祀る慰霊碑に花を添えに来ていた。

 街の者は皆忙しいため間にあわせでつくられた四角い石に文字が刻まれたシンプルなその慰霊碑には、すでに花や食べ物など多くの物が供えられていた。デリーナが代表でそこに花束を優しく添え、



「皆の魂が救われますように」



 そう口にした。そして、



「またこの様なことが起きませんように」



 そう言って今回の慰霊碑の隣にある一際大きなモニュメントを悲しそうに見る。壁面いっぱいに刻まれた名前達、その内の一つをそっと指撫でた。そこに刻まれていたのは”ナオト”という名前だった。


 一行は墓地の出口に向かって歩いていた。その道中、一番後ろを歩いていたレンが立ち止まって、



「兄さんのところに寄りたいのですが…姐さんもどうですか?」



 デリーナはレンの問いかけに振りかえらず、



「私はまだいい。まだ行っちゃいけない」


「そうですか…」



 悲しげな表情のレン。彼は他の者にことわり、一人で目的地に向かった。


 幾つも並ぶ墓標の内の一つでレンは立ち止まり、



「久しぶりだね。兄さん」



 そういってしゃがみ込み、楽しそうに近況を話し、



「姐さんも誘ったんだけど、まだいいって来なかったよ。まだ行っちゃいけないって。きっとあいつをまだやれてないから。兄さんはそれを望んでるわけじゃないだろに」



 レンの話す墓石にはこう名前が刻まれていた、“ナオト”と。





 デリーナ達はニーやタイレル、街の人に見送られ、特異体と死闘を繰り広げた拠点都市ヴァーレを出発した。


 しばらく進み、街が片手で隠せてしまうほど離れた頃、並走していたデリーナ達のトラック2台とヘレナのヒトガタは停車した。デリーナ達はこのまま進むが、へレナはここに来るパートナーを待つようだ。

 赤ずきんは専用のヒトガタを操る赤ずきんと、それを運ぶトラックの運転やサポートをするシャスール機関所属のパートナーとのツーマンセルで行動する。デリーナ達は5人で行動しているが、デリーナの本来のパートナーはレンである。ヘレナは今回、救援のため単機できたがもちろん彼女にもパートナーがいる。



「まさかとは思うが言わずにきたんじゃ無いだろうな?」


「さすがにそのくらいはしましたわ」



 コックピットを開いて顔をのぞかせるヘレナはぶっきらぼうに答える。

 デリーナはトラックの助手席から頭を出し真剣な面持ちで、



「ヘレナ。いつ終わってしまうか分からないんだ。そろそろしっかり向き合った方がいいんじゃないか?」


「..余計なお世話ですわ。デリーナには関係ない」



 ヘレナは顔を逸らしてしまう。



「すまない、悪かったな。体調に気をつけろよ。紅茶の飲み過ぎは控えろ」


「うるさい!デリーナも気をつけて」


「ああ」



 お互い手をふって別れた。

 2台のトラックは4人を乗せて進んでいく。また次の獲物に向けて。



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