第15話:スナイプ1-13「過信」

 この場に残っているのは焦げた特異体に、ヘレナ機周りの数体のツノ付きのみ。



「後はこのツノ付きを…⁉」



 ヘレナと戦っていたツノ付き達は、突然彼女から離れ、特異体の前に移動し、守るように並んだ。



「角がまだ少し…残っている…まだ操れる…」



 掠れた声。特異体がゆっくり体を起こす。体表の毛は抜け落ち、皮は剥がれ、剥き出しの筋肉が露出する。あの爆発を至近距離で受けながら特異体は命を保っていた。



「ちょうどよかった。てめぇを撃ち足りなったんだ」



 デリーナが背部から狙撃銃を取り出し、セーフティを指で弾く。



「ほざけ。私にはまだ奥の手があります」



 特異体は大きな手で周りのツノ付きの角を鷲掴みにし、力で引き抜き始める。角は木の根のように幾つにも分岐し、頭の内部へ伸びていた。それを引き抜くというのだから当然、その端には赤い塊、頭の内容物が付着している。角を抜かれたツノ付きは血を流しながら次々と倒れていく。



「何をするつもりだ」



 特異体の手の中には仲間であるはず者の血で染まった角が数本。



「これは元々私があたえたもの、それを返してもらっただけ。私のツノがほとんどない以上、狭い範囲でしか操れない、こいつらにはもう必要ない。元々死んでいますし」


「死んでいる?」


「生きていると操りにくいんですよ。だから一度殺してから角を植え付け、角から脳へ命令を送る。死は生のたがを外す。力の制限はなくなり、脳の直接破壊しか止める方法はありません。まぁ、あなた達赤ずきんは脳を優先して破壊するのであまり効果はありませんでしたが」



「なるほどな。それで、その角を手にしただけの満身創痍のお前に、勝算があるのか?」


「せっかちな方ですねぇ。ホホホ。まあご覧なさい」



 そう言うとニヤリと笑い、自身に角を突き立てた。角から体内へ貯蓄されていた電気が全身を駆け巡る。むき出しの筋肉達がざわめき、やがて暴れ始める。わずかに残っていた皮膚を引き裂き、散らし、膨張した筋肉が特異体のシルエットを一際大きくする。

 特異体は用済みの角を踏み砕きながら、



「私のたがを外しました。この力を使うと実につまらなくなる。ですがあなた達なら少しはーー」


「いつまでおしゃべりをしていますの?」



 言い終える前にヘレナ機が跳躍し、両手を組み、頭部めがけて振り下ろす。



「ホホホ!無駄なことを!」



 特異体は素早くそれを腕で防ぐ。橙黄色の火花が散り、金属を叩いたかの如く甲高い音が響く。特異体を覆う筋肉はまるで分厚い鋼の鎧。



「さあ!こちらの番ですよ!」



 今度はヘレナの着地の間隙を狙った特異体の一撃。ヘレナは上体を逸らし回避する。



「…!?」



 拳は機体を少し撫でただけ、にも関わらず機体は後方へ吹き飛ばされる。この威力、もし直撃したならば、最新鋭機のヘレナ機でさえ無事では済まないだろう。

 空気を割く音。ヘレナ機に追撃を加えようとする特異体のもとに、いくつもの弾丸が飛来する。が、筋肉の鎧を貫くことはできずに弾頭はひしゃげ、力を失い地に落ちる。



「ちっ硬いな」



 これまで何体もの特異体を屠ってきたデリーナ機専用の大口径狙撃銃。それが通じない。



「やはり、鬱陶しいあなたから先にいただくとしましょう!!」



 特異体はヘレナからデリーナにターゲットを変え、両腕で頭を守りながら駆け出した。



「クッ!」



 今度は筋肉に覆われていない膝関節を狙い撃つ。しかし、特異体が体を上下させながらスピードを上げると同時にせり出してきた筋肉に弾かれてしまう。距離は一瞬で詰められ、特異体はもう目の前、



「ふふ。なるほどね」



 デリーナは特異体の凶拳が届くこの状況で、突然笑いはじめた。



「ホホホ!諦めましたか!」



 限界までふり上げた片腕、その腕を全力で振り下ろす。しかし、デリーナ機は何故かその場から、一歩も動かない。


 風圧、轟音、舞い上がる土煙。



「デリーナ!!」


「ホホホ。……ん?」



 土煙が晴れる。拳がとらえていたのは地面。拳と地面の間でひしゃげているはずのデリーナ機は、その隣で悠々と立っていた。



「何をしたのか知りませんが…ふん!」



 もう片方の拳も振り下ろす。が、当たらない。デリーナは又もや動いていなかった。。



「い、一体何をした!?」


「何もしてねえよ。お前の体が悲鳴を上げているんだ」



 この至近距離で相手は回避すらしていない。なのに当たらない。特異体は困惑し、狼狽える。なぜ?なぜ?と頭の中で疑問がぐるぐると回る。

 特異体の意識は目の前の謎に向けられいた。もう一人の赤ずきんの事も、それが背後に迫っている事に気づかないほど強く、



「ヘレナ、関節だ」



 その言葉で意識を引き戻すがもう遅かった。ヘレナ機の拳が特異体の両足の関節に軽い一撃を与える。



「ホホホ。もう機体が限界の様ですね。そんな軽い攻撃では…!?」



 視線が突然低くなる。体が揺らぐ、バランスが保てず両手を地面についた。痛みが遅れて脳に届く。自分の足を見ると膝から下があり得ない方向に曲がっていた。

 驚きを隠せない特異体に、デリーナはやれやれといった様子で、



「その形態で戦ったのはいつぶりだ? 自分で直接戦ったのはいつ? だいぶ前なんじゃないか?久しぶりの直接戦闘、慣れない形態、爆発でのダメージ、はしゃぐのはいいが、体がもつはずがない」


「そ、そんな…」



 特異体はデリーナの言っていることを否定しない、本当に直接戦闘、形態変化は久しぶりだったのだろう。

 デリーナが狙いやすくなった頭部へぴたりと狙撃銃を向けながら続ける。



「気づいたか? 走る時、体が変に上下していたことに。足の骨が耐え切れず崩れ、肉を押し出していたことに。硬くなった筋肉が外骨格となって動けただろうが、関節は可動部だからそうはいかない。負荷に耐え切れず軽い一撃でも十分壊せるくらいになってたんだ」


「それじゃ攻撃が当たらないのは…」


「負荷でガタがきているうえ、形態変化によるバランスの変化。バランスが変わるってことは体の動かす感覚が大小あるだろうが、すべて変わるってことだ。慣れてないだろうし、すぐに対応するのは難しい。ましてや後方で指示するばかりだったお前に直接戦闘での対応力があるとは思えない。見誤ったな。まあ、他のやつのことは言えないけど」



 形態変化した時点で自壊するのは時間の問題、攻撃も当たらず初めから敗色濃厚と決まっていた。この事実に絶望した特異体は、



「クソ!」



 片手を苦し紛れに横に振る。軽く躱され両腕を、デリーナの狙撃銃とヘレナの拳でそれぞれ足と同様に壊される。



「受講料をいいよ。てめぇには…」



 特異体は体を支えるものが無くなり、地に伏しデリーナ機を見上げている。眉間には銃口が向けられ、自然と体が固まる。



「ニーの分の借りがあるからな!!」



 引き金を引く。砕ける頭蓋骨、飛び散る鮮血と脳漿。重い銃声に、血が銃と機体に当たる音。もう絶命しているにも関わらず止まらない。引き金にかかった指が何度も往復する。

 引き金が空しい音を出した頃、やっとデリーナはその指を離した。



「…落ち着きましたか? その… ニーの容態はどうでしたか?」


「まだどちらに転ぶかわからない…」


「なら早く帰ってあげましょう」


「ああ…そうだな…」



 デリーナはヘレナと話しながら、血のべったりついた狙撃銃を格納していると、



「姐さん!」


「デリーナ殿!」



 グード、そしてタイレルと防衛隊のヒトガタがこちらに向かってくるのが見える。



「こっちはツノ付きが動かなくなってからすぐに処理できたぜ。もう一匹も残っちゃいない。特異体は…やれたみたいだな」



 グードは足元の頭の無い獣を見てそう言った。

 特異体の姿を見た防衛隊員たちは喜びの声を漏らしていた。



「さあ、帰るか」



 月は山に隠れ、長い夜は終わりを告げる。東から生まれた太陽が彼らをまぶしく照らしていた。  

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