第10話:スナイプ1-8「鉄拳」

「ニー!返事をしろ!ニー!」



 デリーナ機が機体を抱き寄せ必死に呼びかけるが、反応はない。操縦席のハッチは頑なに口を閉じ、機体からは循環液が滴る。



「姐さん!このままじゃ囲まれる」



 特異体が連れてきた大量の大咬が押し寄せ、グードの牽制では間に合わず、徐々に飲み込まれ始めている。ニーの状態を悠長に確認している時間はない。



「一旦、ここから離れるぞ」



 デリーナ機はニー機を抱えようとする。拠点防衛用のガトリング砲に比べれば軽い、簡単に持ち上げられる。はずだった。



「ダメだ…機体の出力が上がらない…駆動系に障害が出てる」


 

 先程の電撃、ニーの咄嗟の判断によってデリーナは直撃を免れた。しかし、少なからずダメージを受けてしまったようだ。なんとか抱えることが出来てもそれまで、前に踏み出せない。

 もう少しで包囲網が完成してしまう。言葉にするのを躊躇しながらグードが



「ニーを置いていくしかない…」



 残ったグードとデリーナが生きてこの地獄から脱するにはそれしかなかった。



「二人なら運べるはずだ!だから!」


「そんな事したら足が遅くなる、それにあの量の迎撃も厳しい。すぐ追いつかれるのがオチだ!」


「ならコックピットハッチをなんとかして開け…」


「姐さん!」


 グードの声に制され、デリーナは言葉を詰まらせた。


「俺だって嫌だよ。けれど俺は死にたくないし、姐さんを死なせたくない。ニーだって逆ならそう思うさ」


 優しくそして悲しみを含んだ声。


「すまない…私は冷静じゃなかった…」


(グードも辛いはずなのに私は!)


 ニーを助けたい気持ちが先行し、状況を見る目を失っていた自分をデリーナは責めた。


「すまないニー。俺たち行くよ」


「…あと…あと少しだけ待って」


 大咬の軍勢の中に仲間を置いていく。それは指揮官としてやらなければならない事があるのを示していた。仮にニーが搭乗席で気を失っているだけだとしたら、機体そしてニーが大咬に群がられ生きたまま貪られる事になる。生きたまま大咬に食い殺される悲惨な姿を彼女はこれまで何度も見てきた。もし、ここに置いていくならば死は免れない。残されているのはどう死なせてやるか、それだけである。



「…やるべき事はわかってる」



 デリーナは震える声で自分に言い聞かせるようにそう口にする。やるべき事、それは彼女の手によって今、楽な死を与えてやること。不要な苦しみを与えない為に。



「私はまた…」



 奥歯を噛みしめながら、ゆっくりとデリーナは自動砲をニー機に向ける。



「ごめんなさい…」




「なんて声をあげてるのかしら」



 カチンッ。金属のぶつかる音。右に展開していた十数メートルもある大咬達が落ち葉の山を蹴り上げたように舞い上がり、それが円状に広がっていく。その中心にいるのは一機のヒトガタ。真紅の頭巾を身に纏った少女の様な姿。肩から下の腕が大きく、その握り固めた拳は機体の胸部程の大きさがある。



「ヘレナ!」



 デリーナが名を呼ぶ。ヘレナ。彼女も赤ずきんの一人。レンに連絡を取らせて呼んだ”あの子”であった。



「足止めします。ニーを連れてお引きになって」


「ありがとう、ヘレナ」



 デリーナとグードは2人で力を合わせてニー機を持ち上げ、壁に向かって走り始める。デリーナの頬で雫が煌めく。



「さて」



 ヘレナ機の周りを通常体が囲む。



「ワタクシはこーゆーの得意ですの。仲間を傷つけた事…後悔させてあげますわ!」



 大咬達が全方位から襲いかかる。彼女の機体は武器を持っていなかった。丸腰だ。否。信頼たる武器を持ち合わせている。拳だ。彼女は拳を地面に叩きつける。それと同時に腕内部の機構が作動、金属の衝突音と共に拳から衝撃波が発生する。その衝撃波によって大咬達は吹き飛び、大地が割れ窪地が出来上がる。その光景を目にしてもなお大咬達の勢いは止まらない。吹き飛ばされ絶命した仲間を踏み潰し、次の大咬が殺到する。しかし中心に彼女はいなかった。



「そこにいませんよ。ど畜生」



 彼女がいるのは大咬達の頭上。空中。何も阻むものはない。つまり射線が通ってしまっている。ニー機を行動不能にした一撃。特異体の角が淡く光り、ヘレナに向けて雷撃を放つ。ヒトガタに翼は無い、空中での回避には限界がある。それはヘレナ機においても同様だ。


「一度使った手をなんの捻りもなく2度使うとは…芸がないですこと」


 雷撃は彼女に届かなかった。いつの間にか手にしていた通常体を雷撃の進行方向に向かって投擲。雷撃は通常体の肉を焦がして消失した。

 ヘレナ機は両手を下へかざす。すると手のひらから砲身が姿を現す。重い爆音と共に炸薬弾が射出。先程とはまた違うクレーターを作り上げる。また、その反動を利用して地面が見える場所に着地、次の攻撃に移る。

 衝撃波そして砲撃その2つを駆使して大勢の大咬達の命を消しとばしていく。ハイペースで減らされていく大咬達。



「アオオオン!!」



 震える空気。雷撃以外は動かず見ていた特異体が、突然咆哮を上げる。デリーナ達の標的、動きを止めていたツノ付きに加え、引き連れてきたツノ付きと共に特異体が動き出した。

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