第8話:スナイプ1-6「爪痕」

「いてぇよぉ!いてぇよぉ!」


「離せよ!食われたって生きてるかもしれないだろ!!」


「すぐに元気になるさ!…うぅ…すまない」



 大咬が約80メートルもある壁を越えるという前代未聞の奇襲。予想外ではあったがなんとか乗り切ることができた。しかし両手を振って喜べる状況とは到底言えない。現在の壁内は凄惨と言う他なかった。30機以上も配備されていた防衛隊のヒトガタの半数以上は大破もしくは中破し、その残骸が壁内に散らばっている。通行の邪魔にならぬように端によけている程度で、その処理には手が回せていない。また、乗り手も同様に被害は大きく、惨い姿を隠すようにいくつも並ぶ死体袋。白いテントの中では痛みに、死に抗う者たちの叫びが絶えない。勝利したと言うにはあまりにも痛々しい光景だった。



「気をつけろ!素手で触るなよ」



 血に濡れた大咬が横たわる。一面に広がる屍の山は、壁内での行動を制限している。所狭げに現在稼働できるヒトガタが大咬の死体を運んでいた。大咬の死体処理に関わる人員は皆、防護服を身につけている。



「大咬の血液との接触、吸引はさせろ」



 大咬の血液には毒性があり大量の曝露、ガスの吸引により神経麻痺を起こす。不用意に燃やそうものなら、煙を介して人体への被害は拡大する。死体でさえ危険なのだ。処理には気を使わなければならない。それが大量に転がる。戦闘に疲れた彼らに追い討ちをかける様に仕事が山積している。


 忙しく動く人々の中を3人は歩く。3人の歩みの先には皆が作業している中、離れて頭を抱える男がいた。タイレルだ。彼はデリーナ達に気づく。



「フフ、君たちにあんなこと言ったのに情け無いな」



 弱々しい笑みを浮かべる。タイレルは相当こたえているようだ。今回の被害は甚大だ。デリーナ達が加勢に入らなければ全滅していた可能性すらある。その現実がタイレルを苦しめている。



「心中お察しします」


「よせ、慰めにきたのではないのだろう?」


「はい、我々は現在停止している角付きに強襲をかけます」



 タイレルは驚く。角付きは先程から全く動かない。そして周辺には大量の大咬がいる。



「今回のような予想を超える攻撃を再びする可能性があります。今の防衛隊では次の襲撃に耐えることができないでしょう。次の行動を起こしていない今がチャンスです」


「それで、私にどうしろと」



 理にはかなってるが大咬の集団に突撃する事になる。危険で無謀だと言いたかったが、タイレルには反論する気力は残ってなかった。



「弾薬や装備の補充をお願いします。それと…」


「なんだ?」


「壁建造及び強化の時つくられた例の拠点防衛用兵器があるはずです」




 3機のヒトガタの足元でデリーナ達は話す。



「例の装備が準備ができるのが15分ほどだそうだ」


「姐さん、あんなの持って強襲なんてできるんすか?あれはヒトガタが持つ規格じゃないですよ」



 ニーが不安そうに言う。



「スペック上は全く問題ない。うちのモーガンなら機動力もさほど落ちないぞ」


「マジっすか…」



 思わず驚きの声がもれる。



「それに合わせて15分後に出撃する。今回の作戦は危険だ。一歩間違えば、生きて帰れないだろう。無理強いはしない。参加する意思はあるか?」



 グードとニーは力強く頷く。グードが、



「姐さんが行くならどこでもついて行くぜ。けれど質問がある」


「なんだ」


「姐さんの作戦は間違ってはいない。危険因子である角付きを早めに葬ることは重要だと思う。けれどなんとなく姐さんが焦って行動している気がするんだ。俺はそれが怖い」


「焦っているか…そんなはずは…ないのだがな」


「ならいいんだ、ただ無理はしないでくれよ」


「わかった。肝に銘じておく」



 3人はそれぞれの機体に分かれ最終チェックを始めた。

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