第7話:スナイプ1-5「地獄の釜」
熱を帯びた空薬莢が宙を舞う。その光沢に映るのは真っ赤な世界。大咬の血が染める真っ赤な世界。
十字のレティクルと大咬が重なった時、狙撃銃は火を吹く。排莢。次弾が装填され狙いは次の獲物へシフトしていく。脳から出た信号がデリーナの首元のチョーカーを通じて彼女の機体、モーガンへ伝えられる。その動きに彼女のイメージとのズレはない。
デリーナが壁をこえる直前の大咬を、グードとニーが既に侵入した大咬を撃ち抜く。先程からトリガーから指が離せない。
防衛隊はデリーナ達のように素早く連携し陣形を組めている者達はいまだ健在だが、孤立したヒトガタは既に大咬の波にのまれている。
(まずいな)
デリーナは角付きからの嬉しくもない贈り物を全て返せていない。このままではいずれデリーナ達も増えゆく贈り物に埋もれ、やがて押しつぶされてしまうだろう。
(断つべきは...)
デリーナは狙撃銃を素早く格納し、腰にマウントされている自動砲を構える。
「このままじゃ埒があかない。元を叩く。推進器を温めろ。5カウントで壁の上へ飛び乗るぞ。その間私がカバーする」
「「了解」」
デリーナの自動砲がグード機とニー機の自動砲の音をかき消すような轟音を響かせながら数多の弾丸を吐き出し大咬を砕いていく。
「いくぞ!5!」
グードとニーの追加推進器を備えたヒトガタが跳躍姿勢をとる。推進器が唸り声をあげ、出力を上げる。しかし、無防備だ。デリーナが自動砲をばら撒き大咬を牽制する。
「4!3!」
しかし一門の自動砲では限界がある。安全なエリアが徐々に狭まっていく。
「2!」
自動砲を構えながらデリーナも機体を沈み込ませ、跳躍の体勢をとる。
「1!」
飛びかかれば届く距離。
「0!」
3機は地面としばし別れを告げ、月下の空を行く。今日は満月、着地目標がよく見える。壁上に着地。壁はヒトガタがのれるほどの十分な厚みがある。
壁外を見下ろすとこの事態の元凶、角付きが壁に沿うように並ぶ。休む事なく大咬の通常体を壁内へ投げ込んでいる。
デリーナ機は壁上に膝をつき機体を安定させ、端から角付きへ狙撃を開始する。角付きは通常体より頭が強化されている。しかし、狙撃銃の弾丸の貫通力はそれを上回る、鮮血を吹き出し次々に倒れていく。デリーナの正確無比かつ素早い狙撃によって角付きの対応が遅れ、反応しはじめたのは半数以上を沈めた後だった。角付きの対応。彼らの手に銃はない。しかし彼らの手には遠距離へ攻撃する術がある。
グードはやれやれと、
「まあ、そうくるわな」
大咬がデリーナ達にめがけて飛来する。
ここでグードとニーの出番。飛んでくる大咬に体の一部に自動砲を撃ちこみ、軌道を変える。傍を通ることはあっても3機に到達できない。その間もデリーナは角付きを減らしていく。
反撃虚しくさらに数を減らされていく角付きは、守りに転じた。壁で身を守ろうとした人間達のように角付きもまた壁をつくる。しかし、壁といっても肉の壁。通常体を前方に寄せ厚い肉壁を形成しようとした。だが、
「させねえよ」
グードとニーが自動砲の下の方に伸びる筒状の装置から甲高い音とともにヒトガタの拳代の塊を打ち出す。その塊はゆるやか放物線を描きながら肉壁へ到達する。爆発。肉壁がいとも簡単に崩れ去る。その塊の正体は大量の炸薬を詰めた弾頭。携行数は少ないもののその威力は確かだ。瓦解してゆく肉の壁、角付きへの穴が開く。すぐに再形成しようとするが叶わず、確実に生まれた隙間を狙撃銃の弾丸はすり抜け、命を奪い去っていく。
特異体を狩る赤ずきんデリーナ率いる3機のヒトガタ乗り達によって南の角付きは全滅した。
ここ北門壁内は地獄と呼ぶにふさわしい状態だった。この壁と壁に阻まれたこの地獄の釜の中で、退路などはなく果てることのない大咬の軍勢と戦わねばならない。そんな状況下でも流石というべきか、一度は大咬の奇襲から生き残った者達、防衛隊はすぐさま陣形を組み、迎撃を開始していた。
しかし、硬い肉でも釜の中で煮られ続ければ、ほぐれ、くずれていくように、減らない敵の数、一瞬の気も抜けない緊張状態、減りゆく弾薬、削られていく精神、その地獄の中で防衛隊は徐々に大咬によって陣形が崩れ始めていた。
見張り台からタイレルは動けずに壁内を見ていた。
地面を通して壁に伝わる揺れ、空気を介して伝わる振動、そして目の前に広がる光景、疑いようがなく安全なはずの壁内で戦闘が起きていた。
壁の上へ向かうには階段や昇降機が必要だ。当然人サイズ。大咬が上に登る術はない。
タイレルの内側には安堵という名の毒が広がり始めている。彼は指揮官だ。仲間の為、都市の為戦わねばならない。彼もそれを望んでいる。しかし、その声は拡声器を使っても戦闘音でかき消され届きはしない。何も出来ず見ることしかできない。防衛隊の一部が大咬にのまれはじめている。毒は心を蝕み彼自身を呪う。
(!!)
立ち尽くす彼に、突然大きな衝撃が襲う。体が激しく揺さぶられ、体勢を低くし耐える。顔を上げると、そこには一体の大咬がいた。投擲の軌道を誤り、壁を越え損ね、壁の上にのってしまったようだ。大咬はタイレルを見つけ口を開く。無数の牙が彼の来訪を待っている。
今の自分には何も出来ない。仲間が殺されるのを見ることしか出来ない。この状態が彼の精神を著しく疲弊させた。この目の前の”死”は指揮官である彼にとってはある意味救いなのかもしれない。しかし、運命は彼にそれを許さなかった。
「邪魔だ!」
声と共にニークラッシュが大咬の頭部を直撃、壁の外へ落ちていく。現れたのは赤き狩人デリーナ。
デリーナの駆るモーガンは南で行ったのと同様、すぐさま角付きへの狙撃を開始する。2体処理した所で先程と同様、角付きは通常体で肉壁をつくりあげ後退し始めた。対応が早い。
遅れて到着したグードとニーが炸薬弾頭を撃ち込む。が、肉壁は南の時よりも厚く削りきれない。
「まさか…な」
まるで南の事を知っていて、対策を講じているように見えた。
肉壁を形成してから1匹も減らすことが出来ず角付きの後退を許してしまう。角付きは肉壁を保ったまま、十分な距離を取ったところで動きを停止した。この距離ではいくら狙撃銃でも威力減衰し、角付きの硬い頭部を撃ち抜く事はできない。
「仕方ない、次は」
3機は振り向き壁内を見る。一度崩れた陣がドミノ倒しのように崩れ、被害が広がっていった。
「出し惜しみはするな。防衛隊を守れ!」
デリーナの指示を聞き、グードとニーはありったけの炸薬弾頭を大咬の波へ撃ち込む。衝撃や熱、広がる爆風によって波に大きな穴がいくつも空いた。流れが変わる。大咬の圧が弱まり防衛隊が押し返し始める。壁内に追加はなく減る一方の大咬達は、沸騰した水のようにすぐに次々と命を蒸発させられ、やがて壁内は安全を取り戻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます