第5話:スナイプ1-3「知能を持つ者」

 もうすでに夜の帳が降りている時間にもかかわらず、空は明るく、赤に染められていた。道に沿って建つ家々は暖炉のように轟々と燃えている。転がる人だったもの、熱で肉が縮み反り上がる。

 揺らめく炎の中で大咬達が闊歩する。その行く先には高々とそびえ立つ壁があった。その高さは約80メートルにも及ぶ。壁面には大咬の鋭利な爪でさえ傷をつけることは叶わず、彼らはその前で見上げる事しかできない。

 この街、"拠点都市ヴァーレ"の中心は内側から第1、第2の2つの高く厚い強固な壁によって守られていた。

 タァァーン。乾いた銃声。



「クソッ!クソッ!」



 第2壁から等間隔で伸びている見張り台、その中から男が銃を大咬向けて撃つ。対人用の小口径の銃など大咬に効くはずがなく、空しく弾かれる。男の手は震え、視界は涙で歪んでいた。



「…もうやめとけ…」



 同僚が肩に手をおき、頭を左右に振る。男は俯き咽び泣く。外の地獄に彼らの住む、いや、住んでいた場所があった。

 男をなだめながら同僚がふと壁の外に目を向けた。異変に気付く。壁の方を見ていた大咬たちが示し合わせたように、突然とある方向を見たのだ。



「おい!あれ!」



 男の肩を叩き、壁の外に指を差した。その指が示す先には、炎の中を一直線にこちらへ駆ける3機のヒトガタ。1機の深紅の機体を先頭に2機のヒトガタが続く。大咬は持て余した殺意、破壊の衝動のままに3機に襲い掛かる。しかし、その爪は、牙は、満たされることはなく、鉛玉を渡し賃に向こう側へ送られていく。3機のヒトガタは自動砲を手に互いにカバーしあい、まるで見えない壁があるように大咬達を寄せ付けず進む。

  それを見た見張り台の2人は焦り始めた。

 問題はその進む先。



「おい!どうする門開けるか!?」


「そんな事したら大咬がなだれ混んでくる!できない!」



 ヴァーレの中心に入るには第2壁にある東西南北の4つの門のうちいずれかを通らなければならない。しかし、当然ながらこの北門の前にも大勢の大咬がいる。

 3人のヒトガタ乗りの命と多くの都市の人間の命、天秤にかけるまでもなく、



「そこのヒトガタ!城門は開けられない!繰り返す城門は開けられない!今すぐ引いてください!」



 拡声器で必死に呼びかける、また人が大咬に殺させるのを見たくはなかった。深紅の機体の乗り手が化け物の頭をさらに醜悪に歪めながら、拡声器越しにその声に答える。



「大丈夫だ、その必要はない」



 返答は意外なものだった。



「じゃあ一体どうするつもりなんだ…」



 困惑し、そう口にした時、後ろのヒトガタ2機の足元は光で包まれ、深紅の機体は体を沈み込こませた。そして、



「え……」



 跳躍。その衝撃の余波で大咬達が吹き飛ばされる。見張り台の2人は目だけでは追えず思わず頭を上に向ける。美しい放物線を描きながらそのまま頭上を飛び越え、易々と壁の内側へ。3機が着地し地面を轟かせる。その音で人々が集まってきた。人々がざわつく中、深紅の機体胸部が展開し赤ずきんを身につけた少女が姿を現す。



「シャスール機関の赤ずきん、狙撃のデリーナだ。今の状況が知りたい、上の者に合わせてくれ」



 数秒の沈黙の後、



「俺が状況を教えよう」


「あなたは?」


「タイレルだ。第二壁の防衛隊長を任されている」



 白の混じる頭髪の筋肉質な男が説明役をかってでた。


 デリーナ、グード、ニーの3人は防衛隊のテントに案内される。白熱電球の温かい光がテント内が照らしている。



「壁を飛び越えてくるとは思わなかったよ」



 タイレルが3人の向かい側の席で笑う。



「さて」



 彼は深く座り直し、



「俺たちは大規模な大咬の襲撃に合い、この第2壁まで後退したが、今の状況を安定してると言っていい。第2壁の外は大咬がわんさかいる地獄だが、幸いあいつらは壁を突破する術を持たない。あの壁を築けたのはあんたらシャスール機関が"原本"を解読して得た壁の建造、強化の技術を提供してくれたおかげだ。感謝するよ」



 危険地域に指定されてもその場所を離れられない、離れようとしない人々は少なくない。その為、シャスール機関はその地域の人口が多い都市に防衛のための技術提供を行なっている。ヴァーレもその都市の内のひとつだ。



「お役に立ててよかったです。しかし、予定では第1、2壁だけでなく第3壁まで建造することになっていませんでしたか?」



 第2壁のすぐ外側にはこの都市の7割以上の人間が生活していた。本来の計画なら多くの人々を守るため第3壁もつくられるはずだったことをデリーナは知っていた。デリーナ達がここに到達するには第3壁を越えなければならないはずだが、彼らはそれを見ていない。



「デリーナさんよく知ってるな。この都市の中枢を守る為に第1、第2の建造し、そのあとすぐに第3壁の建造に取り掛かかろうとしたんだが、都市の予算を圧迫する壁の建造に疑問視する声が多くあがったんだ。実際、現状のヒトガタを用いた防衛で大咬は退けていたし特異体なんてこれまで現れたことなんてなかった。俺自身も必要ないと思ってたよ」



 タイレルは苦笑を浮かべる。



「結局、その時の壁建造推進派の市長が強行的に南に3分の1の壁を築いて市民の反感を買い辞任。その後は、第3壁の建造は完全にストップした」



「そうだったんですか...」



 デリーナの表情はどことなく悲しげだった。が、すぐにその色は消え次の質問に移る。



「では、今回の大咬の襲撃はいつぐらいでした?」


「日が沈み始める頃、18時くらいだったかな」



 今、時計は19時40分を示している。もし襲撃に来た時間がタイレルの言う通りならば短時間で防衛線が崩れ敗走した事になる。

 タイレルは目を閉じ奥歯を噛みしめる。



「俺たちはこれまでも度々来る大咬をすべて退けていた。だが今回はいつもと違ったんだ。見たことない角付きの大咬が護衛隊のヒトガタを足止め、そのうしろから無数の通常体がヒトガタを無視して人々を襲い始め、前線は瓦解した」



「角付き…!?」



 デリーナ達は顔を見合わせる。



「…角付きについて何か知ってるのか?」


「私達もここへの道中、角付きと交戦したんです」



 タイレルに道中の戦闘について話した。



「俺らが交戦した角付きと同じ特徴だ。それに君らが交戦した時間とヴァーレが襲撃された時間が同じ時間帯、つまり君らに行ったのは足止めだった考えられないだろうか?…わざわざ角付きの通常体がヒトガタの足止めをしたり、待ち伏せや不意打ちをしている」



 一般的な大咬の通常体においてこれらは不自然だった。通常体はヒトガタを執拗に狙う習性があり、いつもならばヒトガタが全滅するまで全員で襲う。また、本能むき出しで直線的に襲うので待ち伏せや不意打ちは通常は行わない。つまり、



「角付きには知能があるのか」


「それに普通の通常体の動きも統制が取れているし、操ることができる可能性もあるな」



 デリーナとグードが見解を述べる。

 この事実から角付きの危険性は跳ね上がった。



「今、角付きがどうしているかわかりますか?」



 デリーナがタイレルに質問する。知能を持つ角付きの行動の把握は重要だ。何をしでかすかわからない。



「第2壁への撤退後、姿を消している」



 角付きは目的を果たしたと言わんばかりにその後、森に消えていた。



「今後の方針はどうするつもりですか?」


「角付きの情報を共有し、警戒を怠らないとしか言いようがない。夜は夜目の効く大咬のほうに分があるから、打って出ることもできない。周辺地域には増援を要請している。朝には増援が来るだろう」


「我々何かできることは」



 タイレルは眉間にしわをよせる。力を貸そうとするデリーナの発言に明らかに肯定的ではない様子だ。



「正直なことを言うと、あんたらの手はあまり借りたくない。シャスール機関は技術提供をしてくれてはいるものの、ここを放棄して安全地帯に行くことを推奨している。壁3壁の建造反対の理由はあんたらシャスール機関の考えも関係しているんだ。あんたらの手をこれ以上借りちまうと危険地帯で住むことは難しいと自ら証明することになる」


「そんなこと言ってる場合じゃ」


「わかってるさ。でも今回は数日前の目撃後、特異体は確認できてないし赤ずきんの領分じゃないだろう。せめて増援到着までは俺たちだけで守らせてほしい」



 目から強い意志を感じた。何を言っても意見を変えることはなさそうだ。

 デリーナは短く息を吐き、



「わかりました。しかし、すぐに出れるように待機してます。いつでもお声がけしてください」


「デリーナ姐さん!!」



 グードが不満ありげに名を呼ぶ。



「グード、これはしょうがないよ。赤ずきんが特権を使えるのは特異体がらみの事だけ。彼の言う通り特異体が確認できない以上私達の領分ではない。それに壁を突破されないうちは大丈夫」



 グードは納得していない様子だったが3人は情報提供の謝辞を述べ、テントを後にした。


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