第3話:スナイプ1-1「狙撃のデリーナ」

 青々とした空の下、森の静寂が乱され、鳥たちが飛び立つ。木々から見え隠れする2つの大きな影。それはヒトガタと呼ばれる人の形を模した歩行兵器。足回りに追加された推進装置が跳躍と共に作動し、機体を高々と並ぶ樹木のはるか上へと押し上げる。



「もうすぐポイントだ。気を抜くなよ」



 2機のヒトガタは歩調を合わせながら時折後方へ自動砲を放つ。弾丸は木陰に飛び込み”何か”に弾かれ火花を散らす。

 立ち並ぶ木々をものともせず薙ぎ倒しながら2機を追う大きなシルエット。その大きさは十数メートルもあるヒトガタの2倍以上はある。口が深く裂け無数の牙が歪に並ぶ、大咬とよばれる醜悪な化け物。肉食の哺乳類によく似ているが、違和感を覚える。足が2本多い。また、頭部に奇蹄目のような特徴的な角がある。

 2機が生い茂る木々を抜けへ平原に出たその時、6つ足の大咬が力強く大地を蹴り弾丸のごとく一機のヒトガタへ迫る。鋭い爪を備えた四本の腕による抱擁、体勢を崩しながらもそれをヒトガタは回避する。しかし、その代償に着地が間に合わず地面に激突してしまう。倒れ込むヒトガタに覆いかぶさる大咬。もう一機のヒトガタが弾丸を浴びせるが全く効いていない。絶対絶命。そんな状況下でも倒れ込むヒトガタの乗り手の目は、絶望に染まってなかった。



「姐さん!!」



 乗り手が叫ぶとほぼ同時、遠くで重い銃声が響く。遅れて飛翔体が大咬の頭部へ飛び込み、着弾1秒後に脳内で爆発。脳漿が飛び散り、大咬は糸が切れたように力なく倒れた。



「ふぅ。間に合った」



 肉眼では確認できないほど遠くで、大口径の狙撃銃を構える一機のヒトガタ。華奢な体躯に、赤ずきんを身につけた女性の様な姿。その機体の両目は短冊状の機械で覆われている。



「特異体の絶命を確認。帰るか」



 そのヒトガタは機体の肩から高々と発煙弾を打ち上げ、撤収の合図を送った。




 陽気な笑い声、酔っ払いの怒号、様々な色の声が飛び交い、明るい民謡曲がその場を包む。ここは酒場。



「さすがデリーナ姐さん!一発でズドン!オレわぁ一生ついていきますわぁ」



 グードと呼ばれたベロベロに酔った40代の男性が大声で叫ぶ。



「私のヒトガタ”モーガン”ならあのぐらい当然!あたしに任せときなさぁいグード」



 デリーナと呼ばれた女性というより少女は、赤いずきんを身に纏い、両目を短冊状の眼帯で覆っている。こちらも酔っている様だ。股を大きく開き堂々と座る。外見は10代後半だが振る舞いはそう見えない。



「なぁ。姐さん飲んでるのあれ、オレンジジュースだよな…」


「ああ。一応中身は40代だけど、姐さん酒飲めないし。あの人は雰囲気で酔えるんだよ」



 酔っている2人を見ながら席の端で20代の男2人が話す。

 料理をちまちまとつまみながら飲み続けるデリーナとグードの2人は、今にも踊り出しそうなくらい陽気だ。



「ここはお嬢さんの様な子供の来るとこじゃ無いぜ」



 何処からか別の酔っ払いが入ってきた。無視してデリーナが飲んでいると、酔っ払いは不快の色を示し、



「シカトこいてんじゃねーぞ。せっかく忠告してやってんのにこのガキが!」



 余計なお世話である。デリーナの胸ぐらを掴み、持ち上げる。



「離せよ。素っ頓狂。こう見えて成年してんだ」


「あぁ!?嘘ついてんじゃねーぞ。ガキが!」



 デリーナの言葉に耳を傾けようとしない。そのままデリーナを投げ、彼女は机に激突し料理や飲み物が全身にかかる。



「やべ…イッチ、ニー、店を出るぞ」



 グードがイッチとニーと呼ばれた若い2人を連れてそそくさと店を出た。



「ハハ!ざまぁねえぜ!大人の言うことはちゃんと聞かねえとなぁ!」



 酔っ払いがデリーナの様を見て腹を抱えて笑う。



「え?」



 酔っ払いが間抜けな声をあげる。1秒後顔が物理的に歪み、そのまま後方に飛んでいき壁に突き刺さる、意識は闇の中へ。もちろん生きてはいる。



「あーあ、悪いね。この手よく滑るんだよ。お前の口のようにな」



 10代に見える少女に大の大人が殴られ、吹っ飛ばされる光景を見て周りの人は唖然としている。デリーナはやれやれと、体にかかった料理をはらうと、



「冷めちまった。悪いな店主、騒がせて。これで諸々にあててくれ」



 目の前の光景に驚いていた店主が、更に驚く。彼女が置いた額は、今の喧嘩での被害どころだけではなく、店を改装できるほどの額だった。よろしくと、デリーナは出口に歩みを進める。



「あれってシャスール機関の赤ずきんじゃない?」


「って事は特異体がまたでたって事かよ」


「不吉だわ」


「あいつらが引き寄せてるじゃないか?」


「早くこの街を出ていってほしい」



 酒場の人たちがヒソヒソと話す。デリーナは気にせず店を後にする。



「大丈夫ですか?怪我は無いですか?」



 店を出ると眼鏡を掛けた優男が心配そうにデリーナの体をせわしく目で確認する。



「レン!近い!」



 呆れた様子でレンと呼ばれた男の顔を押しのけ、



「今夜の宿は取れた?」


「いいえ。この街は我々シャスール機関の事をよく思われない方が多いみたいで...」


「数年前に特異体の襲撃あったみたいだし仕方ないか」


 大咬は通常体と特異体の2種類に大別される。通常体は多くの場合が見た目が同じ知能が低い。そのため普通のヒトガタでも対処する事ができるが、数が多く、押しきられてしまうことがある。特異体は個体数が少ないものの通常体に比べ体が大きく、デリーナ達が狩った6本足の特異体のように身体的特徴がある。その強さは師団級のヒトガタに匹敵すると言われている。

シャスール機関に所属するデリーナのような赤に身を包む"赤ずきん"は特異体を狩ることを専門としている。そのためか、場所によっては煙たがられることもある。



「ここは危険地帯に指定され、襲撃された事もある。私達は補給ができて助かりますが、やはり危険です。街の人達はどうしてここを離れないのでしょうか」



 街には護衛ヒトガタがいるものの、大量の通常体や特異体に襲われればひとたまりもない。死が常に隣にある。理屈で考えれば何が正しいのかは明白だ。しかし、



「生まれて育った場所、故郷は、帰る場所は、そう簡単に手放せないのさ。」



 デリーナの双眸ここではない何処か遠くを見ている。



「宿探し色々大変だったでしょ、ありがとうね」


「いえいえ、トラックの運転手だけが私の仕事ではありませんから」



 2人は夜の道を歩いてく。





 -翌日-


 街から少し離れた道の傍、2台の大型トラックが朝日に照らされる。外には簡易式のテーブルとコンロ。香ばしいベーコンの香り。レンが朝食がつくっている。



「レンは朝早いなぁ」



 グードが大きなあくびをしながらトラックから出てくる。



「グード達が夜に飲み直すのがいけないんですよ」



 スクランブルエッグやサラダが盛り付けられた皿に、焼けたベーコンがのせられていく。



「朝食できたので、みんなを呼んでください。」


「わかった。」



 トラックの運転席の後ろの休憩スペース、そこに今では旧式と呼ばれる銃の部品達が並ぶ。木と鉄、油の匂い。それらはデリーナの手によって部品から武器へ組み上げられていく。その手に一切の無駄はなく、すぐに銃のカタチを成した。そして彼女はその銃を構える。照準器を覗き、狙いを定める。デリーナの目には照準器越しの敵が映っていた。張り詰める空気。息を吐き、止める。

 コンコン。扉を叩く音。



「姐さん、朝ごはん」



 自身の緊張を解くように、深く息を吐いた。



「わかった、すぐ行く」



 5人での朝食。会話は少なく金属の音が響く。イッチが突然食事の手を止めた。



「どうした?」



 気になったグードが尋ねると、



「いや…その…今朝、ツマミのイアイカラの実が余ってたんで、食べたんすよ。イアイカラの実はニンジンと食べ合わせが悪いので…」



 イッチがレンの方をそっと見ると、眉にシワを寄せてこちらを見ていた。ひぃと、情けない声を上げる。見かねたデリーナが彼の皿の端によけてあるニンジンをフォークで刺し口に運びながら、



「レン。本部から次の獲物の情報は来てる?」



 今にもイッチを睨み殺しそうな勢いのレンに質問する。本部との連絡もレンの仕事だ。



「今朝、電信が来ました。隣の街に特異体と見られる個体が確認されたらしいです」


「どんな特異体?」


「特徴的な角があり集団で行動するみたいです」


「ん?そういえば…」



 グードが首を傾げる。



「どうしました?」


「この前の特異体、角生えてなかったか?」



 先日狩った6本足の特異体は特徴的な角を持っていた。確かに、とみんなレンの方を見る。



「今回の特異体は、最新の目撃情報が1日前です。6本足を狩ったのが3日前であり、脳の完全破壊を行ったので違う個体だと考えるのが妥当でしょう」



 デリーナが食べ終えたようで、立ち上がり、



「まずは現地に向かうぞ。食べ終わって準備出来次第、出発だ」

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