第2話:センプ1-2「綺麗な赤に染めてあげましょう」
森の奥深く、開けた場所があった。地面に地面を埋め尽くすほどの数のヒトガタが横たわる。五体満足の機体は一機もいない。ひしゃげ裂かれ砕けていた。血と噴き出した油が大地を濡らす。
「おれは…こんなところで死ねない…」
傷だらけの男。自分に言い聞かせるように口にする。その声は弱弱しい。彼を囲むせせら笑う声達。その声の主は醜悪な化け物、大咬である。その中にひときわ"大きな個体"がいた。その個体が男をつまみ上げる。そしてその男を指先でホレホレと叩いて弄ぶ。血が飛び散る。虚ろな目で男は、
「…俺の娘…アンが…あの子が帰りをまってんだ……ここで…ここで死ねない……」
それを聞いた大きな個体が、男、アンの父親の片腕を嚙み千切る。悲鳴を上げる。肩から下がなくなっていた。大きな個体は味を確かめるよう噛み、表情に不快の色を示す。
「お前の肉硬くてまずいわ」
吐き捨てる。口角を上げて
「口直しにお前の娘の柔らかい肉のくわないといけないわあ」
周りの大咬達が下品に笑う。
「それは……」
なんだって、と不用意に大きな個体が顔を近づける。
「それだけはさせない!!」
叫ぶと同時にアンの父は腰からナイフを取り出し、それを大きな個体の目に突き立てる。大きな個体は悲鳴を上げ目元を押さえる。アンの父は投げ飛ばされそのまま木に激突。大きな個体は目から血を垂らし怒りで顔を歪めた。
「お前も、お前の娘も、町の人間もただじゃ殺さねぇ!痛ぶり辱めて絶望の中殺す!」
立ち上がる体力のないアンの父に大咬達が近づいていく。彼の運命は決まった、かのように思えた。大咬達は手が届く十数メートル手前で突然歩みをとめた。その視線はアンの父の後方。"それ"は木々のつくり出す暗がりから姿を現した。そして大咬に立ちはだかるように立つ。
それは赤ずきん、メイジ―の駆る深紅の狩人。心には怒りを。手には戦斧を。対大咬専用ヒトガタ”アッシュ”。メイジ―が問う。
「オオカミさんオオカミさん、どうしてそんなに耳が大きいの?」
数秒の沈黙。大咬達は腹をかかえて笑う。構わず続ける。
「オオカミさんオオカミさん、どうしてそんなにお口が大きいの?」
大咬の一体が答える。
「それはね、お嬢ちゃんを美味しく食べるためだよ」
「それじゃあもう必要ないのね」
答えた大咬の鼻口部が斧で切り落とされる。そして悲鳴がかたちになる前に首が切断される。それをみた別の大咬が飛びかかる。アッシュの横一閃。シルエットは二つに。それを皮切りに大咬達が一斉に襲いかかる。大咬の凶暴な爪と牙。それはアッシュを切り裂くには十分すぎる切れ味を持っていた。しかし当たらなければ意味がない。大咬の猛攻をアッシュはひらりひらりと可憐にかわす。回避から流れるように文字通り必殺の一撃。大咬の命を叩き切る。血の花が咲く。恐怖で委縮してもまた、戦斧の餌食となる。攻めても引いても死という運命から、逃れることはできない。ものの数分で屍の山が築かれた。アッシュから流れ落ちる赤い雫の音だけが辺りを支配する。
アッシュがゆっくりと戦斧を大きな個体に向ける。大きな個体はやれやれと、
「ほんと使えない奴らだな。頭が筋肉で出来てる馬鹿な奴らだ。あんたもそう思わないか?」
大きな個体は加勢せず見ていた。
「それにーー」
再び口を開こうとしたその時、大きな個体へ戦斧が振り下ろされる。直撃。通常の大咬を両断する一撃。致命傷を免れないと思われたが、
(……!)
戦斧は弾かれ、傷だらけになっていた。まるで何度も斬りつけられたように。メイジ―はアッシュに距離をとらせる。大きな個体は余裕の表情で、
「俺の毛は硬くて鋭い。そしてそれを高速で振動させる事もできる。つまりあんたの攻撃は弾かれ、通らない」
大きな個体は体制を低く地面に這いつくばる。全身を覆う毛が振動し始め、やがてその輪郭は曖昧なものとなる。地面を蹴り突貫。
(速い!)
その図体から予想できない機動力にメイジ―は驚く。ギリギリのところで回避し、難を逃れた。
その身体能力や特殊能力、通常の大咬とは明らかに違う。この"大きな個体"のような特殊な大咬は"特異体"と呼ばれている。個体数が通常体に対して比較的少ないためか、リーダー格という認識でとらえられている場合が多い。しかし実際は、師団級のヒトガタに匹敵すると言われている。その強さ、並大抵のヒトガタでは束になっても敵わないだろう。並みのヒトガタではーーー
特異体はアッシュに再び突撃。メイジ―は回避行動をとらない。まともに衝突。破壊――とはならなかった。戦斧を横にして受ける。少し後退したが特異体の勢いを完全に殺した。それだけではない。むしろ特異体を押さえつけていた。体格差は一目瞭然、特異体はアッシュの2倍以上あった。アッシュの出力は並みのヒトガタとは比べものにならなかった。高速振動する毛を受ける戦斧は火花を散らしている。しかし先ほど特異体に振り下ろした時と同様、あくまで"浅い"傷がつく程度だった。破壊には至らない。超高出力のヒトガタ、強硬な武器。特異体と渡り合うには十分だった。
特異体が腕を振り上げアッシュめがけて振り下ろす。アッシュは柄の部分で受ける。次の瞬間、柄がまるで豆腐のよう簡単に切断される。特異体に勝つのはそう甘くない。特異体の爪も高速振動し一種の高周波振動ブレードとなっていた。連続して飛んでくる特異体の攻撃。防げばたちまち切られてしまうだろう。体を逸らせ回避するが、特異体の攻撃は速く機体の端を削り取っていく。そして頭部の横に直撃しアッシュは後ろへ飛ばされる。
「クッ!!」
機体が地面の上を転がる。地面は大咬や人の血、ヒトガタの油でドロドロになっていた。アッシュは立ち上がり構えなおす。メイジーが不敵に笑う。
「オオカミさんオオカミさん、どうしてそんなに目が大きいの?」
切れた柄の上の方つまり斧部分がついた方で、地面を掬い上げ泥を特異体の顔めがけて飛ばす。特異体は手で受けるが、指の隙間を泥はすり抜け、アンの父がナイフによってつけた目の傷に入り込む。痛みが走り、思わず目をとじた。片目で正面を見るがあの赤いヒトガタがいない。ジャリッ。閉じている目の方向から音がした。そちらを振り向こうとしたその時、目に言葉にならない激痛が走る。アッシュが斧を閉じた目にめがけて振り下ろしていた。
非常に強力な盾と矛を持つこの特異体は、大きなダメージを負ったことがなかった。初めて感じる強烈な痛み。思わず口をあけてしまう。アッシュは先程切られた柄の下の方、つまり先端が鋭利に尖っている棒を特異体の口の中入れ、突き上げる。その棒は上顎を貫き脳にまで達した。そのままかき回すが、特異体は絶命しない。特異体は口に入っているアッシュの腕を噛み千切る。アッシュは後退し、万事休すと思われた。
しかし、特異体は膝から崩れ落ちた。脳の破壊は特異体の絶命には至らなかったものの身体機能を確実に奪った。特異体の視界が揺らぐ、体に力が入らない、毛を振動させることもできない。朦朧とした意識の中で何かが近づく音がする、声が聞こえる。
「オオカミさん、オオカミさん」
ゆっくりそして確実に近づいてくる。
「やられる」
恐怖が内側から湧き上がる。そして
「許してくれぇ!もうあの町の人間は襲わない!だから!だから!」
首を垂れて懇願する。自分より明らかに小さい相手に体を震わし、歯を鳴らす。降伏の証。アッシュは動きを止める。
「どうしてそんなに醜いの、ならば」
特異体はこれまでに何百人もの人の命を弄び、奪ってきた。懇願に対する答えは、
「綺麗な赤に染めてあげましょう」
「うあああああああああああああああああ!!」
その戦斧に慈悲はなく、振り下ろされる。断末魔とともに鮮血が大地を濡らした。
膝をついたアッシュが日に照らされる。アンの父がメイジ―の肩を借りゆっくりと歩みを進める。
「お父さん!」
アンが父に駆け寄り、父は残った腕で娘の頭を撫でた。
「心配させたな」
アンが胸に飛び込み、父が強く抱きしめる。二度と感じる事ができないとさえ思ったこのぬくもりをかみしめ、涙がとめどなく溢れてくる。町の人たちも声をあげて親子の再開を喜んだ。
トラックが町を離れていく。町の人間が集まり手を振る。そこにはアンと父親の姿もあり、喜面満面の笑みを浮かべて手を振る。それに答えるようにメイジーも手を振る。町の影が見えなくなった頃。
「あいつじゃなかった」
外の風景を眺めながらメイジーが呟く。クロエはそうかと、小さく笑い、
「ならば、まだ狩りを続けよう」
彼女らの狩りは続く。
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