ブラッディフード

イシナギ_コウ

第1話:センプ1ー1「赤き狩人」

 薄霧の中を大型トラックが進む。運転席には黒の服に身を包む長い黒髪の女性、助手席には赤いずきんを身につけた金髪の若い女性が座っていた。外を見ていた赤ずきんの女性が黒髪の女性の肩をトントンと叩き、



「クロエ、車止めて」



 車が止まると降車し、道の先でしゃがみこんだ。クロエと呼ばれた長髪の女性が疑問に思い、



「メイジ―、何かあったのか?」



 メイジ―と呼ばれた赤ずきんの女性は体をよけ、見せると、そこには小さな女の子がうずくまっていた。名を聞くとアンと答え、体調が悪いのか、ケガしたのか、道に迷ったのか、いずれの問いにもアンは頭を横に振る。近くの町に住んでいるらしい。



「私たちも今からそこに行くの。一緒に行かない?」



 メイジ―がそっと手を伸ばす。少しの間。かわいらしい手とメイジ―の手が重なった。


 霧を抜けると小さな町が見えてきた。木組みの家が建ち並ぶ。美しい町並みだ。しかし、一部の家が崩れ、真っ黒に焼け焦げていた。その中に異様なものがある。四肢を持った家ほどの大きさの焦げた塊、牙や爪も見受けられる。捕食者のそれと同じである。3人を乗せたトラックはひときわ大きな建物の前で止まった。

 あるドアの前にクロエ、メイジ―、そしてメイジ―の後ろに隠れるアン。クロエがノックし扉を開けると、老婆が立っていた。



「お出迎いすることができず申し訳ない。よくいらししてくださいました」



 深々と頭を下げる。クロエとメイジーも返す。この町の長だという。



「突然の質問で申しわけありませんが、道中で女の子をみませんでしたか?名前はアンといいます」



 クロエとメイジーは同じ方を向いた。アンが町長の顔をうかがいながら前にでてきて、



「ごめんなさい……」



 頭を下げる。いいのよ、無事でよかったと町長はアンを抱きしめた。

 町長が今夜の寝床に案内してくれるという。クロエとメイジ―は、アンと手をつないだ町長の後をついていく。その道中で彼らの横をチューブに繋がれた人が運ばれていく。



「この施設は今現在、病院として使われています。この町を含む周辺地域は危険地帯に指定され、ほとんどの人は安全地帯に移住しました」



 町長はアンに、みんなを手伝ってあげてと言うとアンは頷いて駆け出して行った。



「しかし、移住が難しく看病が必要な患者さんもいます。私や医療スタッフはそのために残りました」



 町長のアンを見送る悲しい目。しかし、と続ける。



「危険地帯である以上、”大咬”が現れ襲ってきます。その脅威から守ってくれていたのが、あの子、アンの父率いるヒトガタの護衛団です」



 表情は暗い。



「アンの父は知り合いのヒトガタ乗りを集め護衛団結成し、この町を大咬から守ってくれていました」



 クロエが問う、



「“ていた”というのは、今は?」



 町長はゆっくりと口を開く。



「先日、大咬の中の長といわれる特異体の存在が確認されました」



 メイジ―が僅かに反応する。



「大咬のリーダー格と言われる特異体、その脅威排除のために、町を守るために、一部のヒトガタを残し護衛団は討伐に向かいました」



 言葉にするのを少し躊躇しながら、



「…それが数日前…未だに帰ってません。アンには心配させないように討伐に向かったことは伏せていました。その結果、そのことを知ったアンに家を飛び出させてしまうことに…」



 話している内に部屋についた。



「あなた方の目的は特異体の討伐であることはわかってます。しかし、可能であれば護衛団を、アンの父を救助していただけないでしょうか」



 懇願のまなざしをクロエに向ける。



「可能な限り行います。しかし我々は大咬を狩る狩人、期待はしないでください」



 それでもと、町長は深々と頭を下げる。今にも泣きだしそうな表情だった。



 ふうとベッドに飛び込むクロエ。メイジーは考えるように立ったまま俯いている。



「なにか言いたいことがあるようだな」



 ベッドに身をあずけながら、顔を横に向けて言う。メイジ―は言葉を絞り出すように、



「今すぐ、今すぐに出撃したい…あの子のためにも…」



 クロエはやっぱりと、



「当然ながら答えはNOだ。今回はそれなりの長旅だ。特に肉体的に大丈夫でも精神的に良くない。休め、死ぬぞ」



 メイジ―はわかってると、そっぽを向いてしまった。

 数刻後、部屋には耳を塞ぎたくなるいびき声。部屋着のクロエが腹をかきながら寝がえりをうつ。メイジ―は気にする様子もなく、ベッドに座り本を読む。コンコン。ドアをたたく音。メイジ―がドアを開けるとそこには夕食持ってきたアンと町長がいた。夕食を見るやいなやメイジ―が目を輝かせる。



「ミソスープ!!」



 アンが肉料理をうらやましそうに見ていたが、町長に注意されしょんぼりとする。メイジ―が構いませんよと自分の隣を叩きアンを呼ぶと、アンの表情は明るくなりニコニコしながら隣に座った。町長は粗相のないようにと釘を刺し部屋を出ていった。

 クロエも目を覚まし3人での食事。アンは嬉しそうに口いっぱいに肉をほおばっている。口元はソースだらけ。その隣でメイジ―も満面の笑みでミソスープをすする。



「なんというか、メイジ―もこう見るとまだまだ子どもだな」



 クロエがボソッとつぶやく。メイジ―は聞き流さなかった。



「そういうクロエこそ子どもじゃない。ニンジンを残してるし」



 クロエの皿の端にはニンジンが寄せてあった。言ってやったとふふーんと鼻を膨らませていると、



「歯にネギついてるぞ」



 メイジ―は急いで口を隠し、頬を膨らませる。クロエは笑った。アンも笑った。つられてメイジ―も笑う。3人の食事は終始和やかに進んだ。


 夜が深い中メイジ―の腕の中にはアンがいた。相変わらず大きいクロエのいびきの中でも、穏やかに寝ている。メイジ―がその頭をそっと撫でると、アンがふと口を開く。



「お父さん……」



 メイジ―はアンをそっと抱きしめた。




-翌朝-


 大型トラックの荷台からいくつものケーブルが伸びる。それが一つのケーブルとなりクロエの持つ板状のデバイスと繋がっている。



「スタンバイOKだ。そっちは……大丈夫そうだな」



 首に赤いチョーカーをつけたメイジ―が立つ。その目は鋭く、空気がピリついている。



「おねえちゃん!」



 アンが駆け寄る。メイジ―は大丈夫と、しゃがみ頭をなでた。その時、遠くで重い銃撃音が轟く。



「78式自動砲。ここの護衛団のもので間違いないだろう」



 クロエの口角が上がる。



「メイジ―、狩りの時間だ!」





「ハァハァ……」



 ヒトガタ乗りの荒い息使い。酸素が足りない。極度のストレスで視界がぼやける。



「来るなぁぁぁぁぁぁ!!」



 トリガーを引くと同時にヒトガタが、後方の”影”に向かって78式自動砲を放つ。が、このヒトガタは限界を迎えていた。フレームがガタガタに歪み、全身に点在ずる深い切り傷は機体の機能を著しく低下させていた。バランスを崩し弾丸は明後日の方へ飛んでいく。そのまま足がひしゃげ崩れ落ちる。”影”が木をなぎ倒しその姿を露わにした。

"ヒトガタ"それは文字どおり人の形を模した搭乗型の機械仕掛けの巨人。兵器とは本来、人が人を殺す為の道具。ヒトガタもいまだに兵器であることは変わりはない。しかし数十年前からその銃口を向ける先は変わりつつあった。



「あぁ……」



 全高十数メートにも及ぶ、"大咬"と呼ばれる四足の肉食獣に似た化け物。その口は首まで裂け、牙が歪に並ぶ。その化け物は鋭利な爪を備えたその太い腕を振り上げる。ヒトガタ乗りは、死を悟った。



(……?)



 大咬は振り上げた手を降ろさずにいる。突然、鮮血を吹き出す。体に亀裂が入り左右に割れる、その割れ目越しに何かが見える。

 一機のヒトガタ。凛と立つ女性のようなシルエット、血を浴びてもなお染まらぬ赤の衣を纏う姿。柄を含めると自身の身長よりも大きい戦斧をまるでバトンのように軽々と扱う。ヒトガタ乗りはその姿を心底美しいと感じた。



「……か……ですか…大丈夫ですか!」



 若い女性の声によって男の意識が引き戻される。それと同時に外側にいた恐怖、罪悪感が彼を蝕む。涙が頬をつたり、歯を鳴らし肩を抱く。



「俺は逃げたんだ……皆を置いて……」



 突然ヒトガタ乗りが吐血する。それも尋常では無い量。彼はすでに、



「お願いだ……皆を…助けてく…」



 言葉は最後まで紡ぎ出されなかった。緊張という糸が彼をこちらの世界に繋ぎとめていた。目の前の恐怖が狩られ、その糸は完全に切れてしまった。


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