第19話 二日酔いからの……

 いつも目覚めるよりも少し早い時刻、私は喉の渇きで目が覚めた。頭はガンガンするし、胃はムカムカする。初めての二日酔いの症状に、ベッドから起き上がるのもしんどい。

 飲みすぎると記憶がなくなるって聞いたことがあるけど、多分私の記憶はなくなってはいない……よね?


 夜中にイザークの部屋に入るアイラを見かけ、なんでか見かけたその場を動けなかった。けっこう長い時間悶々としていた気がする。それから部屋から出てきたアイラとお酒を酌み交わした。

 それで……。

 酔った勢いって怖いな。イザークに夜這いをかけようとしたんだっけ。でも、その後の記憶がない。

 全く綺麗サッパリない。

 二日酔い以上の体の異変は感じないし、さすがにヴァージン喪失したらわかるよね?えっ?わからないかな?その経験がないからなんとも言えない。でも目覚めたのは二階の客間でイザークの部屋じゃないし、アウト?セーフ?どっちだ?


 私はノソノソとベッドから下りると、部屋の隅に置いてある水挿しの水を飲みきった。もちろんラッパ飲みだ。誰も見てないからね。

 でも、それだけじゃ足りなくて、さらに水分を求めて部屋を出た。階段までくると、騎士団の制服を着込んだイザークが上から下りてきた。


「おはよう……って、シォリン寝ぼけてる? その格好で歩き回るのはちょっと」


 イザークが視線を壁に向けた。尻尾が小刻みに落ち着きなく揺れ、動揺が隠しきれていない。


 格好?


 ネグリジェというには生地の厚い、しっかりと足首まで隠れるロングワンピースみたいなものだ。丸首で、半袖、昨日見たアイラが着ていたみたいに扇情的な代物ではない。身体のラインが丸わかりだったアイラのネグリジェは良くて、私のお子様ワンピが駄目とはこれいかに?!


「ちょっと喉が渇いて……」

「うん?シォリンからアルコールの匂いがするな。飲んだのか?」


 私が昨日飲んだことを知らないということは、やはり私の夜這いは不発に終わったらしい。良かったアッッッ!


 イザークが私に近寄り、鼻をスンスンと鳴らせる。イザークが私の匂いを嗅ぎ取ったように、私もイザークの匂いに気がついてしまった。昨日感じたアイラの匂いと同じ匂いを纏っていることに!


 イラッ!!!


 急激に襲われた不快感に、思わずイザークの顔面(届かず顎を押し上げた形になってしまったが)を平手で押しやる。


「イザーク臭い!」

「エッ?臭い?本当?」


 イザークは訳がわからないという表情で、自分の袖口などの匂いをかいでいる。

 何でかわからないけれど、イザークから匂う他の女の匂いにイライラが止まらなくなる。


「臭いから近寄らないで!」


 私はバタバタと部屋へ駆け戻り、二日酔いの気持ち悪さと、それとは違う不愉快さにベッドにダイブした。


 自分でもよくわからない感情の爆発に戸惑いしかない。二日酔いで気分が悪いから、だから匂いが我慢できなかったんだろうか? 

 でもよく考えてみたら、アルコール臭プンプンの私と、ハーブっぽい匂い(匂いだけなら確実に良い匂い)だったら、臭いのは私じゃないかァァァッ! 

 自分のことを棚に上げて、人様に向かって暴言を吐くとか、良い年した大人が恥ずか死ねる。


 ベッドに顔を埋めて唸っていると、控えめなノックの音がして返事をする前に扉が開き、足音もせずに誰かがベッドに近寄ってきた。ベッドがわずかに軋み、私の頭に大きな手が触れる。


「具合悪い?」


 私は顔も起こさずに首だけを横に振る。


「えっと、臭いって、俺の匂いが嫌ってこと?」


 私はまたもや首を横に振る。


 イザークの匂いは好きだ。まだ男児だと思われていた時、竜巻に巻き込まれて気がついたら異世界とか、ありえない状況でも取り乱さないでいられたのはイザークがいたからだし、イザークの匂いは精神安定剤かってくらい私を落ち着かせてくれた。

 だからなのか、イザークから違う匂いがするのが許せなくてブチパニックを起こした。それが暴言&トンズラという二十六歳成人女性にあるまじき行動を引き起こしてしまった訳であるが……。


 でも嫌なものは嫌!


 今まで子供扱いされていた反動か、精神的な子供返りかわからないけど、この匂いだけは受け入れられなかった。


「イザークからアイラと同じ匂いがするのが嫌」


 思わず吐き出した言葉は、どんだけヤキモチやくんだよ……みたいな激アマカップルの女子が言いそうな言葉で、違う意味で頭を抱えたくなった。


「あぁ……うん、そっか、わかった」


 わかった?

 何がわかったの?


 そろそろと顔を上げて見ると、イケメンの蕩けるような笑顔に見下されていた。この角度から見てもイケメンって、素晴らしいご尊顔ですね。……じゃなくて、意味不明な私の発言のどこに喜ぶ要素があった?


「ちょっと待ってて」


 イザークは素早く部屋を出て行くと、十分もしないうちに戻ってきた。髪の毛からポタポタと水を滴らせ、大きな耳も濡れそぼっている。


「ほら、これでもう大丈夫」


 そう言って抱きついてきたが、冷たい、濡れる……いったい何?!


「イザーク、冷たい!ベッドが濡れちゃう」

「ああ、ごめん」


 一瞬で魔法を展開し髪を乾かしたイザークは、いつものフワフワな髪の毛に大きな耳をピコピコ動かしていた。スリスリと頬擦りされ、いつものイザークの香りに一気に癒やされる。


「ごめんな、シォリンは欠人だからそんなに匂いに敏感じゃないって思ってたんだ。でも一つだけ訂正な。アイラの香りじゃなくて、アイラからもらった安眠の為のポプリの香りだから。枕の下に入れて寝たから、匂いがついただけだよ」

「昨日、アイラから同じ匂いがしたから……」

「それはシォリンが怒って当たり前だな。俺が100%悪い」


 私はイザークにギューッとされながら、イザークの首元の匂いを嗅いだ。


 私って匂いフェチだったっけ?


 全くもってそんなことないと断言できる。多分イザークの香りだけだ。イザークの香りだけが好ましい。私の嗅覚がイザークを「番」だって思い込みたがってるとか。


「イザークって不眠症だったっけ?」

「まぁ、最近ね」

「それで昨日アイラがイザークの部屋にポプリを届けに行ったの?よく眠れるようにって?」

「うん、まぁそんな感じ。あれ、見てたのか?」

「たまたまね。喉渇いて厨房へ飲み物をちょこっと。で、イザークの部屋から出てきたアイラと少しお酒を。アハハ、お酒は強い方だと思ってたんだけど、こっちのお酒はかなり強いんだね。瞬殺だったよ。朝から二日酔いでさ、頭は痛いし気持ち悪いしで、だからイザークの香りに過敏に反応しちゃったんだと思う。ごめんね」

「番なら当たり前の反応だから、俺は凄く嬉しかった」


 そうか、ヤキモチやかれて嬉しかったのか。


 私はイザークの首筋にグリグリと頭を擦りつけると、最後に心置きなくイザークの香りを肺いっぱいに吸い込んだ。そんな私の変態行為にも、イザークは嬉しそうにしてくれた。


「俺もシォリンに匂い付けしたい。していい?」

「こんだけくっついてるんだから、もう付いてるんじゃない?」

「もっと付けたい」


 イザークは、私の首筋をペロリと舐めた。


「ヒャ……ッ」


 ゾクゾクした感じが背中を這い回り、たまらずイザークにしがみついた。それを了解の合図と受け取ったのか、イザークは私の髪の毛をかき分けると、首筋から耳の後ろにかけて何度も舐め上げた。唇でも食むようにされ、思わず変な声が出てしまう。


「……ハアッ。イザー……ク」


 宥めるように背中を撫でられ、その動きは子供をあやすような穏やかな動きなのに、舌先や唇の動きは官能的過ぎて私の理性をぶった切ってくる。

 いつの間にかイザークの膝を跨ぐように膝立ちになり、イザークにしがみつきながら首筋を舐められ、吸われ、私はイザークの耳に指を這わせていた。


 なんか、凄くいやらしくないですか?


 彼氏いない歴=年齢の私は、当たり前だけどキスだって未経験だ。男性と手をつないだのは、小学校の時にマイムマイムを踊った時くらいで、ハグだってイザークが初めてなんですけど。こんな、明らかに性的な触れ合い、恥ずかし過ぎて頭が真っ白だよ。


 マ……マテはどうした?

 イザークさん、なんかさっきまで背中をポンポンしていた手が、さりげなく尾骶骨辺りを触ってるというか、グリグリ押してる気がするんですけど、そこは昔、尻尾が生えていた名残りらしいです。押しても尻尾は生えてきませんからね。

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