第18話 ある夜の出来事2

 アイラが部屋から出てきた。


 微妙な時間……、何がってあれよあれ。ご休憩にはかなり早いけど、色々とできない時間ではない。


 私は二階と三階の途中の踊り場で、イザークの私室を見て動けないでいた。頭の中では、「私のこと番だって言ったくせに」とか「やっぱり勘違いだったんでしょ」とか、思いはグルグル回るけど、問題はイザークの思いじゃなくて、私の気持ちだったなんて。


 この年で、あまりに恋愛に疎かった。「番」だって言われて、それが勘違いだったら……って、自分の気持ちが勘違いじゃないから、もしイザークに本当の「番」が現れたら、傷つくからイザークの気持ちを否定した。だから本当は、イザークが誰か違う人と番ったって、私は責める資格なんかない。最初に拒否したのは私だ。


 でも、こんなに辛いなんて思わなかった。イザークが、他の女の子に触れたかもしれないと思っただけで……。


 イザークの部屋から出てきたアイラとバッチリ視線が合った。漂う色香に私より年下とも思えず、逃げるでもなく視線を反らせなかった。

 アイラは小さく微笑むと、音もさせずに階段を下りてきた。

 踊り場で立ち止ると、私の横で足を止めた。


「こんな夜更けにどうしたのかしら?」


 それは私が聞きたい!!!


「……クスッ、夜這い?」


 あんたがそれ言う?!

 しかも、なんか勝ち誇ったような上から目線に感じるんですけど!


「私は寝れなくて……」


 アイラは私が握りしめていた酒瓶を見て眉をひそめる。


「そんなもの飲んだら、明日起きれないわよ。ついていらっしゃい」


 私の横を通り過ぎるアイラから、フワリと良い香りがした。ラベンダー?ハーブの香りだろうか。アイラの見た目的には似合わない優しい香りが妙に印象に残った。


 アイラは私を厨房へ連れて来ると、私の手から料理酒を取り上げ元の位置に戻し、棚の上にしまわれていた酒瓶を取り出した。どんなに背伸びしても、私には取れない位置だな。


「ちょっと付き合いなさいな」


 アイラは酒瓶をテーブルにドンッと置くと、どこから出したのかビールジョッキ並みのコップに並々と酒を注いで私の目の前に置いた。そしてもう一杯自分の前にも。


「乾杯」

「乾杯?」


 さぁ飲めと威圧的に乾杯させられ、意味がわからないが飲みたかったお酒だし、イッキに半分以上飲み干した。アイラがドンッとテーブルに戻したコップは空になってたけどね。獣人は酒豪なのか、アイラがザル超えたワクなのか。なんか無性に飲み比べをしてみたくなってしまった。


「そんなナリで、やっぱり大人なのね」

「まぁそれなりに」

「成人してるとはイザーク様に聞いたけど、いくつなのよ」


 エルザ達には言ったけど、アイラにはまだだったかと、つい視線が泳いでしまう。だってさ、反応がわかるんだもん。どうせ見えないってドン引きされるんでしょ。声を大にして言いたい。私は一般的な日本人女性サイズです。少〜しばかり低め細め(主にバストが)かもしれないけどね!


「……二十六」

「は? 」

「だから、二十六歳」

「……」


 言いたいことはわかるよ、しょうがないじゃない、この体型は国民性だから(嘘です)。

 私はコップに並々とお酒を注ぐと、一息に飲み干した。うん、かなりきつめだね。アルコール度数いくらだろう?ブランデーやウィスキーより高そうだ。


「あんた、その年で何もったいぶってんの?!は?二十六?ふざけてんの?!」


 いきなり目がすわった美女アイラに掴みかかられそうになり、思わずのけぞってしまう。口調までぞんざいになった気がする。

 もったいぶったつもりも、ふざけたつもりもない。うん?もったいぶるってどういうこと?


「あんたら欠人には理解できないかもしれないけどね、番の匂いはうちらにとっては媚薬と一緒なの」


 媚薬とは……いわゆるよく小説なんかでみるアレだろうか。私が知らないだけかもしれないけど、アッチの世界にはそこまで強烈な媚薬はなかった筈。なんとなくこんな感じかなっていうのは、忘年会の時にスッポン尽くしのフルコース(鍋や生き血のワイン割りとか)を食べた後、身体がほてってしょうがないってことがあった。媚薬ってあんな感じかなぁ?という想像しかできない。

 こっちは媚薬はどの程度なのかな? 


「媚薬って?」

「強制的に発情させる薬よ。軽いやつでも三日は盛れるし、強いのだと悪くすれば廃人になるわ」


 アイラもグビッとコップを空け、顎でしゃくるように私にも飲めと促す。同じように私もコップを空けると、アイラは互いのコップに酒をなみなみ注いだ。それを何度か繰り返す。


「あんた、イザーク様を廃人にしたいの?!」


 強烈なやつだった!


 私は何杯目かわからない酒をあおる。それにしても、「番」の匂いがそんな強烈なものと同等なら、私に普通に接してるイザークは、やっぱり勘違いしてる可能性高くない? 

 イザークの本当の「番」は別にいる……ズキリとした胸の痛みに、私は酒の瓶から直にラッパ飲みをした。


「ちょっとあんた……、あーぁ、全部飲んじゃった。大丈夫?いくらなんでもイッキにいく馬鹿いないでしょうに」


 私は酒瓶をテーブルに叩きつけるように置くと、フラリと立ち上がった。今までどんなに飲んでも酔っぱらったことがなかった私だけれど、今は頭がフワフワするし、何でもできそうな気がしていた。つまり、盛大に酔っぱらって、気が馬鹿デカクなっていたのである。


「このぐらいじゃ酔いませんよーだ。神崎詩織!行ってまいりましゅ!」

「どこ行くのよ。トイレ?」

「イザークには多大なる恩があるんれしゅ!イザークが廃人になるのを阻止する為、夜這いを敢行しゅる所存でありまっしゅ!」


 せめて本物が現れるまで、イザークの役に立つぞ!と鼻息荒く決意表明をしたものの、今まで彼氏いない歴=年齢の私が、男の子との色恋よりも生活費を捻出することに意欲を燃やしていた私が、いざ夜這いをかけると言っても何をすればよいのかわからない。


 さて、イザークの寝室に忍び込んで、それから?


 立ち上がったものの、フラフラ揺れながらボーッと思考がまとまらない。


 夜這いって何するの?

 洋服脱いで抱きつけばいい?エッ、ナイスバデーの獣人のお姉ちゃん達を見慣れている(見慣れてはいない、イザークは未経験だから)イザークに、この貧弱な身体をさらすの?私なんかで反応する?一応知識だけ(単語とイメージ)はあるけど、実際には何をどうすればいいのやら……。


「よく言った!!さっさと行って、サクッと押し倒してらっしゃい!」


 あれ?他のメイド達と違って、アイラはイザーク狙いじゃないのかな?

 さっきイザークの部屋へ行ったのは、てっきり夜這いをかけに行ったんだと……。


 バシンと背中を叩かれ、私はその勢いで机に突っ伏してしまい……、それからの意識が途切れた。

 打ち所が悪かったとかじゃなく、いわゆる一瞬で泥酔してしまったのだ。

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