第17話 ある夜の出来事…後半イザークサイド2
ミミズののたうち回ったような文字の違いが、ほんの少しだけわかった今日この頃、私はアイラのお迎えで定時(時短)に騎士団から帰宅した。
行きはイザークと徒歩、帰りはメイド三人娘の誰かが馬車で迎えにきてくれて帰るというのが、私のルーティーンになっている。
最初はイザークを待っていようかと思ったんだよ。でも、午後は何があっても私のいる執務室で仕事をするんだと、イザークが視察や会議をすっぽかすものだから、私は一般より少し早い時間を定時あがりとし、イザークはその後みっちり仕事をして帰ってくるの。
午前中はあいかわらずシイラの授業があるから、実務時間は三時間ほど。これで本当にお給料が発生して良いのか悩み所だ。
帰ってからは今日の復習をして、美味しくてゴージャスな夕飯をいただき、お風呂に入って就寝となる。
もちろん今日も々流れでベッドに入ったのだけれど、全くもって眠くない。ゴロゴロしても羊を数えても寝れない。とりあえず部屋を暗くして、ベッドの中で目をつぶっていた。
すると、扉が静かに音をたてて開き、誰かが部屋の中に入ってきた。
視線を感じたけど、寝たふりしてしまっているから目が開けれない。
フワリと頭が撫でられ、その感触にイザークだとわかった。
エッ?夜這い?いや、そんなまさかイザークがね。
耳たぶをつままれ、身体が反応しそうになるのを耐える。そんなスリスリされたらくすぐったいんですけど。
「おやすみ」
オデコに温かくて柔らかい感触を感じ、パタンと扉が閉まった。
目を開けると誰もいない。
いつも先に爆睡してしまっていたけど、もしかして毎晩イザークはああやっておやすみの挨拶をしにきていたんだろうか?
ボンッと顔が赤くなるのを感じた。
なんか、凄く大事にされているような、私に触れる手に凄い愛情を感じたよ。しかも、デコチューとかデコチューとか照れるじゃんかァッ!
照れてベッドで足をバタバタさせて暴れていたら、冴えていた目がよけい冴えてしまった。ヤバイ、寝れる気がしない!
ここはいっちょ寝酒でも貰おうか?
子供のフリをしていた時はもちろんお酒は飲んでいなかったが、年齢を暴露した今もお酒は出されたことがなかった。見た目的に飲めないと思われているのかもしれないけど、実は私はザルだ。ワクかもしれない。
節約生活をしていたから自分では買って飲むことはしなかったが、一年に一回、会社の忘年会ではたらふく飲んだ。支払いが会社持ちだったからだ。
ムクッと起き上がると、ガウンを肩に引っかけて部屋を後にした。目指すは厨房!料理酒でもまぁいいかって思ったからだ。
一階に下り、薄暗いけど灯りは光石が壁に等間隔にかけられているからなんとか厨房にたどり着けた。
「お酒、お酒、お酒〜。お酒が飲みた〜い」(魚、魚、魚〜の歌の音程に当てはめてください)
流しの下にあったお酒を見つけてガッツポーズした時、開いた扉を人が横切るのが見えた。
アイラ?
いつもは緩く結い上げている豊かな金髪をお尻の辺りまで垂らし、薄いロングドレスのようなもの(ネグリジェ?)を着て、足音もさせずに廊下を歩いて行く。どこへ向かうのかと見ていたら、階段を上って行くではないか。
二階は客間が並び、住んでいるのは私だけ。三階は伯爵夫婦の部屋(今は空き部屋)やイザーク兄弟の私室(同じく空き部屋)、そしてイザークの私室。
まさか夜這い?!
私はお酒の瓶を握りしめ、アイラが階段を二階まで上りきったのを確認してからこっそりあとをつけた。私のこっそりなんか、獣人からしたら足踏み鳴らして歩いてるくらいわかりやすいみたいなんだけど、バレてないと思っていたんだよね。
二階に用事なら私だけど、二階はスルーしてさらに三階へ向かっている。やはり夜這いか?!と、私は久しぶりに三階への階段を上がった。
私のことを「番」だと言っているイザークだから、アイラを部屋に入れることはないだろうって思っていた。イザークを「番」だって認識することを拒否しているくせに、私はなんて奢った考え方をしていたんだろうって、後に思い知ることになるなんて……。
アイラは三階まで上がり、迷うことなくイザークの私室の前に立った。ノックを三回。扉が開かれ、そのままアイラは部屋の中へ消えた。
パタン……。
えっ?
私は閉まった扉を見て呆然と固まる。
入ったよね? 入った?!
★★★
「……フウッ」
イザークはシャワーを浴びた後、髪を乾かさずに気怠げな様子でソファーに座っていた。
身体に溜まった熱は苦しい程に暴れまわり、「番」を求める本能に脳みそが焼き切れそうだった。イザークでなかったら本能のままに「番」を求め、貪り尽くしてしまっていたことだろう。
ノックの音が三回し、扉の向こうにアイラの気配がして扉を開けた。
「イザーク様……」
「ふう……どうした」
アイラは第七騎士団所属のイザークの部下だった。そして、シイラの妹でもあり、イザークの乳兄弟だったりする。イザークの母親はイザークを産んですぐに熱病にかかり、完治に半年かかった。その為アイラの母親が、アイラと共にイザークを自らの母乳で育てたのだ。多産が常の獣人だから、母乳は余るほどに出た為、取り合うことなく仲良く成長することができた。
上司と部下、主と使用人ではあるが、二人だけになると基本、姉と弟(アイラの方が一ヶ月早く生まれている)のような関係性に戻ってしまう。
「あなた、無理しすぎよ」
「たいしたことないさ」
「たいしたことあるわよ! 全然寝れてないでしょ。シォリンはあなたの番なんでしょ?なんで番わないの?」
アイラはイライラとイザークを睨みつける。
「番」を見つけて、相手が子供でない限り番うのが常識だ。相手にパートナーがいたり、どうしても性別の壁を越えられない場合のみ、本能がかき乱されない距離をとり、お互いに接触しないようにすることが極稀にある。
シォリンは見た目は子供だったが、実年齢はいき遅れもいいところの年齢だし、性別も女だ。少年と見違えるほどのツルンペタンだったとしても。
何故苦しい思いをしてまで我慢する必要があるのか?もしや自分の乳兄弟は究極まで自分を痛めつける性癖でもあるのか?……と、アイラは「キモッ!」と言いたいのを我慢する。
一応主だからだ。
「……なんとなく言いたいことはわかるよ」
イザークは疲れた表情を隠さずに乾いた笑みを浮かべる。
そもそも、シォリンが未成年だと思っていた時は、成人するまで待とうと思っていたのだ。性別の問題もあったし(少年だと勘違いしていたので)、「欠人」には受け入れがたいことだとも理解していたから、年月をかけて受け入れてもらおうと、ベッドを共にしてみたり(かなりな苦行だったが)、スキンシップに慣れてもらおうと抱き上げたりしていた。
その度に「番」の甘い香りに発狂しそうになりながら、なんとか踏みどとまれたのは、保護しなきゃいけないか弱い子供だと思ったから。
それが実際はイザークよりかなり年上の二十六歳?ハッ?俺のにしていいの?!って、一気に滾ったよ。もうヤバイくらい。
でもさ、瞬殺で「番」であることを否定されて、あまつさえ「離れればいいのかな」とか言われて、最終的に「勘違いかも……」なんて……。
もうね、一人で号泣しながら騎士団の練習場で暴れ回ったさ。あそこの防壁は完璧だから。じゃなかったら王都壊滅してたかもしれない。
「シォリンは欠人だから、無理に番って嫌われたくないんだ。それに……」
シォリンの年齢を聞いた時によぎったドス暗い感情。俺が初めての男じゃない可能性について。俺以外の男が……なんて想像したら、世界中の男を殺したくなった。
一般的に、この国は性には奔放だ。「番」が現れれば「番」以外に目をむけることはなくなるが、より良い遺伝子を求めるのも、また獣性といえる。だから、わざわざ薬を用いて「番」の本能を押さえつけてハーレムを作る種族もいるくらいだ。
「番」と出会う可能性が低ければ、より良い相手を求めてお試しに身体を繋げてみるなんてごくごく普通で、その中から最終的なパートナーを選んだりする。
だから、普通の奴らは「唯一」にはこだわらない。最後のパートナーになれれば良い……くらいの思いでパートナーと繋がる。
それに比べ俺等銀狼の種族は、「唯一」にこだわる。これは種族の特性だからどうにもならない。「番」に対する執着が凄まじく、出会う前から「番」一筋だ。ただのパートナーは必要なく、「番」だけにしか発情しない。アグレッシブに「番」を探し、他の種族よりも「番」を感知する能力が優れている。
それでも「番」に出会うことなく生を終える銀狼も多く、絶滅危惧種と言っても過言じゃない。
そんな中、「番」に出会うことができた俺は幸運なんだ。「番」だって認識されてなくても……(泣)。好きになってもらえるまで我慢するくらいなんてことない……筈。たとえシォリンの「唯一」じゃなかったとしても、その可能性は高いけど、そしたら相手を全員ブチ殺しちゃうかもしれないけど、俺はマテができる狼なんだから!
「イザーク様、どんどん顔色が悪くなってるから」
「いや、たいしたことじゃない。ちょっと妄想で魔力が暴発しそうになっただけだよ」
「止めてよね。屋敷が崩壊するから。シォリンがイザーク様を好きになるまで待つと?そんなの無茶過ぎるでしょ。薬は?せめて番認識阻害薬を飲んだらどうなの?」
「む〜り〜ッ!」
世の中のほとんどの女子が憧れる第七騎士団隊団長が、情けないくらいに耳をペタンと寝かせて、小さな子供が駄々を捏ねるようにジタバタしている。
アイラはやれやれとため息を吐いた。
屋敷に充満する「番」の匂いに酔っているイザークは気が付かないようだが、いまだに階段の途中で立ち止まり、三階をうかがう存在がいる。
他のメイド二人がイザークに夜這いを……みたいな話をしていたから、多分アイラのことも同様に考えたのかもしれない。興味本位にしては長い時間そこにとどまっているということは、イザークと自分の関係が気になるということで……。
アイラは少し考えてから、薬をイザークの机に置いた。
「イザーク様、飲む飲まないはあなたの勝手だけど、とりあえず薬は持っておきなさいな。それと、こっちはよく眠れるように」
ハーブの入った匂い袋を枕の下にセットし、アイラは形ばかりにお辞儀をして部屋を出た。
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