第16話 騎士団でのお仕事です 2
結果、半日たったけど全く理解できなかった。シイラはかなりスパルタで、最後には二人してゼーゼーハーハー睨み合っていた。あれだけ上品そうだったシイラが、綺麗に結い上げられた髪の毛を振り乱して、手はチョークで真っ白だ。
「な……何でですの?!何故文字だけ理解できませんの!」
それは私が聞きたい。何でこの世界のこの国の文字はミミズがのたうち回ったような字なの?!この文字がコンプリートできたら、それだけで神だからね。
「お疲れ様です。どうですか?」
扉が開き、イザークが顔を出した。今までゼーハー言っていたシイラが、一瞬にしてすまし顔になる。凄いな、乱れた髪すら整ってるし。
「シォリン様の知識は素晴らしいですわ。高等学院をゆうに超える知識をお持ちです」
「それは凄いな。シォリンは賢いんだね」
頭を撫でたイザークの手がスルリと耳も撫でていく。獣人にとって耳や尻尾は性感帯になっていて、それに触れるもしくは触れるのを許すのは「番」もしくはパートナーだけ。それを人前でするのは自分のものアピールであるということを知らない私は、頭を撫でられて褒められたのが嬉しくて、ついニコニコと笑ってしまった。エセ子供歴が長かった弊害だよね。シイラがそれを見て目を見張っていたが、そんなことにも気付かなかった。
イザークは約束通り口ではわたしのこを「番」だとは言わなかったけど、がっつり態度では「番」アピールをし、回りを牽制していたみたい。そういえば尻尾はいつも私に触れたり絡んだりしてたし、手をつなぐのもエセ子供時代からの習慣だったから普通に受け入れていたよ。
シイラとの午前中の職業訓練という名目の勉強会が終了し、お昼をイザークと食べた。連れていってもらったのは騎士団の食堂。ここでは騎士団員と騎士団所属事務員は無料で食事が食べれるんだって。凄くない?朝、昼、晩をここで食べれば、お金がなくても食いっぱぐれることないんだよ。しかも夜勤もある騎士団員の為に、二十四時間いつでも利用可能らしい。夜中は作り置きの物を自分で配膳して食べるバイキング形式らしいけど。
「シォリン、アーン」
私の食事プレートからお肉を切り分け、ニコニコと私の口元に運ぶイザーク。いつもの餌付けの行動なんだけど、いつもと違うのは、二人きりではなくて回りに観客(遠巻きに座る騎士団員達)がいるこったな。
「シォリン?」
私が口を開けないと、イザークの耳がペチャンと寝てしまい、悲しそうに表情も曇る。
そんな顔をさせているのが私だと思うと、罪悪感が半端なくなるんですけど!だってさ、イケメンに給餌されるとか体裁が……。それにイザークは副団長なんだよ。副団長としての威厳とかさ、絶対に大事じゃん。こんな、見た目は子供、中身はアラサーな私をかまい倒している場合じゃないって。
ウゥゥ……でも……。
私はパカッと口を開けた。イザークは満面の笑みになり、イソイソと私の口にフォークを運ぶ。
うん、美味しいやね。伯爵家のご飯ほどじゃないけど、庶民の味っていうの?私には馴染みがある味だよ。異世界だけど。
「美味しい?」
「……美味しいよ」
回りがドヨドヨワサワサしてるけど、もう無になるしかないよね。イザークが悲しそうになるよりは、回りになんと思われても私は給餌されることを選ぶよ。
それからも私は右手を動かすことなく、イザーク手ずから食事を取り、イザークは私に給餌する合間にパクパクででも綺麗な所作で自分も食事を取り、同じタイミングで食べ終わった。
「ほら、口の横にソースついてる」
どこ?と口を拭こうとすると、その手を押さえられてペロリと舐められた。
舐めたァッ?!
唇の横だったけど、少しかすりませんでしたか?!
エッ?何?これって私のファーストキス?!それともノーカウント?
あまりの出来事に硬直していると、無茶苦茶ご機嫌な様子のイザークが、私の髪を耳にかけつつ、スリスリと耳を擦る。
そんなイザークの行為を見て、回りにドヨメキが起こったが、私は耳を触られるよりもその直前のペロリの方が衝撃的で……。
この食堂での出来事は、またたく間に騎士団全体に伝達され、私の知らないところでイザークの「番」認定を受けていたらしい。食堂で食事をとったのはこれが最初で最後で、後はイザークの執務室で二人でお弁当を食べたり、食堂から出前をとって食べたりになった。
わざわざ初日に食堂へ行って、給餌してなおかつ耳を触るという行為を見せつけたのは、イザークの回りへの威嚇だったらしい。獣人にとって、耳を触るって行為がキス以上にエロい行為(人前でペンディングしているようなもの)だと忘れていた私は、それからも至るところでそれを許してしまうのであった。恥ッッッ!!
午後はイザークと事務仕事をするとかで、食事が終わったらイザークに尻尾で囲われるようにして副団長執務室に戻った。すると、さっきまでなかった机と椅子(イザークの机並みに立派)がイザークの執務机と横並びに設置されていた。
イザークの執務室には、イザーク以外に秘書兼事務員が二人常駐している。彼らは部屋の端に質素な机を並べて座り、書類の分別やイザークの仕事の管理をしているらしい。
私はさらに彼らの下じゃないの?
パートが、社長レベルと椅子並べて仕事するくらい不自然じゃない?
躊躇っている私をスマートに(尻尾で誘導されるように)椅子に座らせ、イザークはピッタリと椅子を寄せてくる。机の上には書類が山になっていた。
「これね、数字のとこ、これが値段でこっちが個数。その総額がこれ。まずはそれが正しいか確認して、それから全部合計する。それがここだね。あってたらこの判子押して俺に渡して。間違ってたら赤入れる。OK?」
簡単なかけ算と足し算だ。しかも額もそんなに多くない。それこそ暗算でいけるレベルだ。
私がザッと暗算して判子をポンッと押すと、その速さにイザークも事務員二人も戸惑っている。
「えーっと、ちゃんと計算した?」
「もちろん」
次の書類は赤が二箇所あった。それを書き直して渡すと、イザークがさらに驚いた顔をした。この国の数字がローマ数字みたいなので良かった。数字までミミズ文字だったら、全く役に立たなかっただろうからね。五と十だけ書ければ後は棒を足すだけだから、五と十は練習したんだよね。あ、百とか万もあるんだよね、きっと。絵本で百ページとかなかったから盲点だった。
「イザーク、百、千、万、億……くらいかな。どう書くの?」
イザークがそれを紙に書いてくれ、それを机に貼って書類をさばいていく。かなりの量の書類を添削し、その赤の量たるや……。獣人って脳筋なんだ……というのが私の正直な感想だ。
「凄い……ですね」
「うん、凄い間違いだらけだね」
「いえ、そうじゃなくて、シォリンさんのことです」
「私?」
「だって、その量の書類、僕達二人でも三日はかかります。それがたった半日もかからないで終わりそうじゃないですか」
右側の事務員のハッシュ(鼠の獣人)が言うと、左側の事務員のカイ(アライグマの獣人)もうなづいた。
別にそろばん教室に通ったとか、フラッシュ暗算の天才とかじゃないからね。ごく普通に小学校を卒業したらできるくらいの計算だから、褒められると逆に恥ずかしい。イザークもそんなに得意気にしないで欲しい。
そろばん教室とか算数教室とかやれば儲かるんじゃないの?やらないけど。
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