第15話 騎士団でのお仕事です

「あ、そうだ。シォリン、今日は一緒に騎士団詰所に行くよ」


 朝食の時間、自分も食事をとりつつ、真横で私にアーンと食事を食べさせていたイザークが言った。私はモグモグと咀嚼しながら、目線だけで「なんで?」と尋ねる。


「ほら、仕事を紹介する約束してただろ。やっとシォリンが仕事をする環境が整ったから」

「騎士団の仕事なの?」

「そう。事務だな」

「そりゃそうだ。私に騎士は無理だもんねぇ。事務ってどんなの?」


 前職(辞めた訳じゃないけど)は営業補佐だったから、主に事務仕事がメインだった。営業は直帰しまーすとかしてたけど、うちらは地道なデスクワークでひたすら残業残業。しかもサポートメインだから、どんなに頑張っても裏方感が半端なかった。馬鹿な営業とかは「俺が仕事とってきたんだからな」的なアピールが酷くて、営業事務はそのおこぼれもらってんだからな……など、恥ずかしげもなくほざいたりして。資料集めたり纏めたりしたのは私だし、アポとったり営業先の趣味嗜好を探って指示を出したの……私だよね?


 あ、ヤバイ。無意味なグチで思考が真っ黒に……。


「なんか、眉間に皺」

「アハハ、ちょっと前職を思い出して。でもさ、事務とか私にできるかな?私、字読めないし書けないよ」


 一応、こっちに来てから文字の練習はしようとしたよ。仕事しているメイド三人娘を捕まえて、しつこくしつこく絵本に書いてある字を聞いて覚えようとしたの。でも、こっちの文字はミミズがのたうち回っているような文字で、どれが一文字かを判別するのも難しく、結局不毛な努力に終わったよ。唯一読めて書けるようになったのは数字だけ。絵本にページ数が書いてあったからね。で、どうやらこちらも十進法であることは理解した。


「でも、数字は書けるでしょ?毎日紙に書いて練習してたから」


 毎晩私の部屋に侵入し寝顔を堪能されているなんて知らない私は、何でイザークがそれを知っているのか驚いた。イザークは寝顔を見に来たついでに、私が書き殴った数字の練習用紙も見ていたのだ。


「それに、メイド達に文字を聞いていたみたいだよね。文字は難しい?」

「そっちは全然チンプンカンプン。私の国の文字と違いすぎて」

「計算はできる?」

「一応。高校レベルくらいなら。大学は文系だったし」

「足したり引いたりかけたり、それはシォリンの国ではどのレベル?」

「それなら小学校だね」


 イザークは目を真ん丸にして驚いている。以前、日本の学校制度については話してあったから、初歩のレベルだということは理解できたようだ。


「そうか……。シォリンは文字さえ書けたら文官になれるな。とりあえずシォリンの仕事は私の仕事の補佐で、事務仕事がメインだね。午前中は職業訓練を受けてもらって、午後は書類のチェック。書類は主に経理関係を頼みたくて、収支が正しいか計算出来れば問題ない」

「計算だけならできると思うけど。職業訓練って?」


 まさか、騎士になる訓練?

 私、運動能力に不安があるんだけど大丈夫かな? 体力だけはあるつもりだけど、最近イザークに甘やかされ生活を送ってきたから、足腰の筋肉がだらけてる気がする。自主練として走り込みとかした方がいいかな?


 騎士なんて、獣人の中でも更に身体能力がずば抜けた獣人がなる職業で、赤ん坊レベル(獣人にしたらね)の身体能力しかない私が、どれだけ鍛えても騎士になんかなれる訳もなかったんだよね。


 イザークの説明によると、職業訓練とは名ばかりで、事務仕事ができるように文字の読み書きから始まり、いわゆる高等学院(……日本でいう小中学校みたいなところらしい。貴族ならみんな高等学院までは通い、その上は魔法学院や騎士学院、王立国学院があるらしく、優秀な人材のみ各々の能力に沿った学院に入学可能だとか。イザークは高等学院から騎士学院へ飛び級制度で進学し、平行して魔法学院、王立国学院まで履修したという強者らしい)で学ぶことを勉強する機会をくれたらしい。つまりは、午前中はイザークのつけてくれた家庭教師に勉強を習い、午後は形ばかり仕事を手伝うと。


 これでお給料が発生するの?

 私が勉強代を払うんじゃなくて?


 イザークと手をつないで騎士団詰所を訪れ、私の初仕事(?)が始まった。


 ★★★


 イザークの執務室の奥の小部屋、本来はイザークの仮眠室だったらしいのだけれど、そこはすっかり私の勉強部屋となっていた。正面には大きな黒板、真ん中に立派な机と座り心地の良さそうな椅子が設置され、新品のノートとペンが置いてあった。

 そして、黒板の前には上品そうな女性が一人立っていた。獣人にしては小柄(私よりかなり大きいけど)で、金髪黒目のすっごい美人。穏やかな笑顔を浮かべているが芯が強そうで、ライオンの尻尾がパタパタしてるからライオンの獣人なんだろう。


「こんにちは、イザーク様、シォリン様」

「あぁ、シイラ。今回は無理を頼んですまないな」

「いいえとんでもございません。シォリン様のご教育、お任せ頂いて光栄ですわ」


 背筋がシャンと伸びていて、立っているだけで美しいって凄い。私がボーッとシイラに見惚れていると、イザークは朝の訓練に行くからと部屋を出て行った。


「ではシォリン様、まずはテストさせていただきます」

「テスト?」

「はい。字がまだ書けないと聞きましたから口頭形式で」


 それからお昼の時間まで、みっちりとシイラに口頭試問された。当たり前だけど、ザルツイードの地理や歴史は零点。魔法学なんてものもチンプンカンプン。そのかわり物理や数学、経営学・領地学のようなものはかなり良い点数だったようだ。


「偏ってはおりますが、素晴らしい知識ですわ。それに学者並みの数学の知識。おみそれいたしました」


 いや、中学レベルの数学だったけどね。

 思わずホッペタがひくついてしまう。この世界はあまり学術が発展していないらしい。獣人達の身体能力を考えれば、頭を使うよりも身体を使う方を好むんだろうなとは想像できるけど、もしかしたらこの世界だったら私も学者として生活が成り立つんじゃないかって気がしてきた。

 文字さえ克服できたらね。


「でも、文字の読み書きができなければ問題になりません」


 おっしゃる通りですね。私がウンウンとうなづくと、シイラは黒板に何やら文字を書いていった。


「ではまずは文字を覚えていただきます」


 日本語でいう「あいうえお表」だと思うんだけど、私にはニョロニョロにしか見えない。違いは何だ?! 

 英語より難解に思えるんだけど!

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