第14話 番だってマジで?
なんでこんなに必死なんだろう?
イザークは、私がこの屋敷に留まるようにプレゼンしてくれている。いやね、プレゼンされなくたって、それは私にとって凄く甘やかされた環境だよ。ただ、それを享受する意味がわからないだけ。
イザークの責任感や保護意識半端ない。ノブレス・オブリージュの賜物か?高貴さが眩しすぎる。
でもさ、貴族がその特権ゆえに責任が生じていたとしてもよ、それって私に発揮されるもんじゃないよなってのが正直なところ。だって領民じゃないし、この世界の人間ですらないんだもん。
「……そんなに甘えていいのかな」
「いいに決まってる!だってシォリンは俺の番だから」
「はい?今なんて?」
なんか、信じられない言葉が聞こえたような。幻聴かな?幻聴だな。やだなぁ、まだそんな年齢じゃないのに。
「だから、シォリンは俺イザーク・シュテバインの番なんだって」
幻聴じゃなかったァァァッ!
「ないないない、有り得ない!」
全力で否定すると、イザークの耳は悲しげにペタリと伏せられ、尻尾は垂れ下がってしまう。
イザークの「番」特定器官がぶっ壊れたよ。風邪ひいてる?風邪で鼻がきかなくなったみたいな。もしかして、私がこの世界にいないウィルスとか細菌とか持ち込んじゃった?!
「そんなに全力で否定されたら辛すぎる……」
「……ごめん。でもさ、私だよ?この国の人間でもなくて、偶然この国に落ちてこなけきゃ、イザークと出会うことすらなかったんだよ?」
イザークの「番」特定器官が壊れたんじゃなきゃ、何か勘違いしているとしか思えない。異世界人は「番」特定器官を誤作動させる物質が出てるとか、たまたまイザークの「番」と似た匂いを醸し出してしまっているとか。
「うん、凄い吸引力だよね。運命の番だとしか思えない」
「運命……。いやいやないない」
さらに否定すると、もうイザークは泣きそうになっていた。ってか溢れないだけですでに泣いてるな。イケメンのウルウルワンコ顔、御馳走様です!
違う!私が泣かしているのか。ごめんなさい。
「あのね、私にはイザークが番ってよくわからなくて。第一、私のいたところには、番って仕組み自体なかったし。あ、距離をおけば影響ないんだっけ?なら、やっぱりここ出て行った方が……」
ダンッと音がしたと思ったら、部屋の中の人形が全部壁に激突して落ちた。フォッ……、魔力はわからないけど凄まじい風は認知しましたよ。イザークを中心に渦巻いて弾けたよね。私のことはうまく避けていったけど。
笑顔が……氷点下だね。
「ここにおります、はい」
今のイザークに逆らうのは宜しくないね。うん、それこそこの屋敷が破壊されちゃいそうな勢いだし。
「もうね、これだけ長い時間一緒にいたから、いまさら離れるとか無理なんだ。それにお互いにパートナーがいた訳じゃないんだから、番だってわかって離れる意味がないよね」
いや、私が本当の「番」ならね。
七つも年下だし、お貴族様だし、何よりイケメンだ。日本にいたら、まず近寄ることも喋ることもできないくらいのマックス顔面偏差値だよ。
イザークのことは、見てくれを除外しても凄く良い子だと思う。かなり過保護だけど優しいし、態度も可愛くてキュンキュンしちゃうよ。もうね、惚れない訳ないじゃん。そしてこの顔、フサフサの尻尾、ピクピク動く大きな耳。大好きですよ!
でもさ、好きになり過ぎて、「番」ダアッって調子にのった後によ、実は勘違いで本物の「番」が現れましたなんてことになったら、多分私立ち直れない。今まで自分ってけっこうポジティブなタイプだと思ってたけど、恋愛に対しては超慎重で臆病だったんだなぁって、新発見。
「でもさぁ、釣り合いってのもあるし、本物かもわからないし……」
イザークは大きなため息をついた。ごめんなさい、ガラじゃないのにイジイジしてる私のせいだね。
「じゃあさ、番の話はおいておいていいよ。好きだから一緒にいたい。その延長線上で結婚があるのは、別にどこの国だって一緒だよね」
「そう……だね」
「なら、俺はシォリンが大好きなんだよ。だから、出て行かないで?ちゃんと好きになってもらえるまでマテもできるから。だからシォリンも俺のこと好きになって」
だから、それは勘違いじゃないのかって話で……。
必死なイザークの顔を見ていると、私が頑固でわからず屋なんじゃないかって気がしてくる。
好きは好きだよ。刷り込みじゃないけど、この世界で初めて会った人で、イケメンで可愛くて優しくて。だからよけいに怖い。
私はこの世界の人間じゃないから。
同じ思考がグルグル回る。
「……わかった。ちゃんと考えるから。でも少し待って。それまで回りにも番だって言わないでね」
イザークの勘違いだった時にいたたまれないだろうなってのと、メイド三人娘とかその他イザークファンの気持ちを無闇に逆撫でしたくないなって思ったのだ。だって、暗器で襲われたくないじゃない。死んじゃうもん。
イザークは超絶不機嫌ながら、嫌々頷いてくれた。
「……うん。シォリンがそうしたいなら。シォリンがそばにいてくれるんなら待つよ。……頑張る」
この時私は、イザークにどれだけ酷いことを強いていたのか考えもしなかった。「頑張る」の前の溜めが、どれだけ切実だったか、番を求める本能を甘く見ていたみたいだ。
それから、二階の客間に私は移動させられた。イザークは「番」の部屋(今までの遊び部屋)を整えるまで……と言っていたけど、果たして私がその部屋に移動する日は来るのかなって思ってた。いずれイザークも勘違いに気付くだろうって、本当の勘違いは私だったんだけどさ。
遊び部屋の改装はゲオルグ指導で秘密裏に行われ、表向きは私はイザークに保護された「欠人」ってことで、今まで通りシュテバイン伯爵家にお世話になることを周知された。
毎晩帰りの遅いイザークが私の顔を見に客間に寄り、しばらく私の寝顔を眺めてから、頬やオデコに優しいキスを落とし、後ろ髪を引かれながら重い足取りで三階の私室に戻っていたなんて、私は全く知ることもなく涎を垂れ流して爆睡していた。
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