第13話 非モテフェロモン
「あんた、ほんと、ないわぁー」
目の前には不機嫌そうに爪をとぐエルザと、鼻息荒いミラがいた。つまりは、メイド三人娘のうちの二人が私に詰め寄っているという状況だ。
女装……じゃなくて、成人女性の格好をした私を見て、屋敷の使用人達は皆言葉をなくしたが、最初に反応したのはこの二人だった。主人のイザークの前で素が出てしまう程には気が動転していたらしいけどね。
「やっぱ、ない?そうだよね、女装にしか見えないかぁ」
(私の?)遊び部屋に突撃してきた二人に、私はヘラヘラ笑いかけた。
ミラは私の首筋に顔を近づけると、耳裏から首筋にかけて盛大に匂いを嗅ぎ回る。
えっ?お風呂はしっかり入ってるけど臭いかな?この世界の石鹸は凄い消臭能力みたいだけど匂いがないんだよね。
「ウワッ!気が付かないくらいしか匂わないけどしっかり女じゃん。しかも成人してる」
「私、臭いの?臭い?」
「見た目に騙されたわ!しかも、フェロモンが微弱過ぎる。あんた、そんなんでイザーク様を籠絡しようとか、身の程を知りなさい!あんたみたいな非モテフェロモンじゃ、象の獣性があったってピクリとも反応させられないでしょうよ」
なんで象?後で象は鼻が凄く良いのだと、象の獣人である料理人のステバンに聞いた。
あと、ピクリとも反応させられないって、誰のどこが反応するんだい?
「やっぱり欠人だからフェロモンが少ないのかな?」
「シォリンだからに決まってるじゃない」
エルザさんや、そんな見下げたような視線は、変な扉が開きそうになるから止めてください。私にM属性はない……筈?
「子供だと思ったから百歩……万歩譲って同じ部屋での寝起きも良しとしたけど、成人してんならとっととイザーク様の部屋から出ていきなさい!」
「そうよ、そうよ。だいたいあんた何歳なのよ」
「……二十六」
「「は?」」
「だから二十六歳だって」
いやね、日本なら別に童顔でもなんでもないのよ。まぁ、あんまり化粧しなかったから、年よりは若くは見られてたかもしれないけど、子供に間違われたことはないもんね。でも十歳でまかり通っちゃった身としては、実年齢言うのはこっ恥ずかしい訳よ。
「「ハアッ?!」」
綺麗にハモってるな。ハモ○プに出演できるよ。
「私の国ではみんなこんな感じなの」
「エッ?シォリンはザルツイードの出身じゃないの?欠人なんじゃないの?」
「違うね。私の故郷は小さな島国だし。私の国じゃ耳やら尻尾の生えた人がいなけきゃ、体つきもこんな感じだし、魔力なんか存在しないな。欠人?と特徴が似てるみたいだけど、そもそもどこも欠けてないこれが通常使用だし。別に誰の保護もなく生きてこられたよ。まぁ、ここじゃ環境が違うからよくわかんないけど、身体が丈夫なのだけが取り柄っていうか。運動神経は壊滅的だけど、病弱でも虚弱でもないと思う」
この国の「欠人」の定義には当てはまらないんじゃないかなぁ?魔力0、運動能力や体力は獣人よりは遥かに劣るのはその通りとしても。
「島国って……あんた、カサーギに運ばれたって、海を越えたの?!」
海っていうか、空間を越えたのかな?言葉にするとカッコいいな!
「ここと違うとこから来たからそうなるのかな?気を失ってたからわかんないけど」
「よく生きて……。海を越えた人間なんて初めて聞いた」
「そうだね。私、最低最悪どん底人生でも、ここぞという時の運だけはいいんだ」
本当に死ぬか生きるかって選択の時に限るけど、今ここに生きて立っているんだから、それだけで運がいいよね……とニコニコしていると、エルザは毒気が抜かれたような表情になった。
「あ……っそ。まぁ、あんたの運の良さなんてどーでもいいわ。それよりイザーク様よ!」
「そうよ!子供でも欠人でもないんなら、さっさとイザーク様の側から、ううん、この屋敷から出ていきなさいよ!図々しいったらないわ」
ミラがキャンキャン吠える。あなた、猪の獣人よね?犬じゃなかった筈だけど。あ、イヌ科はイザークか。狼だもんね。
まぁでも、か弱い子供でも「欠人」でもないんなら、自力で生きなきゃなのはわかってる。バラしたんだから、今まで通りって訳にはいかないよね。
「できればさ、このお屋敷で下働きとかやらしてもらって、ある程度独り立ちできる資金を稼いでから自立したかったりするんだけど」
「そうね。確かに無一文で放り出すのも寝覚めが悪いわね。エルザ、ゲオルグ様かマーサ様に話してみようよ。シォリンを雇ってくださいって」
あれ?ミラってば実は良い子?
「まぁ、二十六のおばさんならなんの脅威にもならないから、イザーク様から離れてくれさえすれば文句はないわ。第一、こんな微弱なフェロモンじゃイザーク様も発情しないだろうしね」
「そうだよね。同じベッドで寝てたって何もなかったみたいだし」
「でも同じベッド、同じ部屋はもう駄目。私が夜這いもできないし」
エルザ、夜這いするつもりなのか……。
「エルザ!初夜這いの権利をかけてジャンケンよ!」
ミラもやる気満々じゃん。
「なんでジャンケンなのよ。決闘でいいじゃない」
「いやよ、エルザに勝てるのはアイラくらいじゃない」
「はん、アイラになんか負けないわ。暗器さえ使えたら無敵なんだから」
なるほど、メイド三人娘の最強はアイラな訳ね。百獣の王だもんね、納得。
「暗器使っちゃ駄目でしょ。あんたの暗器、もれなく毒塗ってあんじゃん。負けたら二番手じゃなくて即死でしょ」
それは確かに無敵だ。触れたら即死とか嫌すぎる。しかも、イザークへの夜這いの権利争奪戦が死亡理由とか、どんだけ肉食系なの?
「とにかく、今日からあんたの寝床は「どこなのかな?」」
部屋の扉が開き、イザークが扉に手をかけてニッコリ微笑んでいた。
エルザとミラは、目にも留まらぬ勢いで壁際まで飛び退ると、腰を直角に折り曲げてお辞儀をした。
「まぁ、さすがにね、年齢知っちゃったから同じベッドは(俺の理性がもたないから)駄目だよね。でも、シォリンが屋敷出てくとか、下働きで働くとかないなぁ、ないない。シォリンの部屋はここ。あぁ、ちゃんと年相応の内装にかえるから安心して」
「でも!この部屋は」
エルザが顔を上げて発言すると、イザークがひと睨みして黙らせる。
「シォリンの部屋だ。あとね、仕事がしたいなら俺が紹介する。幾つか約束してくれたらだけど」
「約束って?」
イザークが部屋の中に入ってきて、視線だけでエルザとミラの退室を促した。バタンという扉の閉まる音がし、エルザとミラは足音もさせずに部屋を退室していった。
イザークは私の手を取ると、ソファーに座らせて自分も私の横に腰掛けた。距離はかなり近いけど、肩の上とか膝の上とかが通常使用だったから、別段気にはならなかった。
「まずね、お給料をもらってもこの屋敷から出ていかないこと」
「紹介ってことは、この屋敷で働くんじゃないんだよね?それでも?」
「うん。シォリンが一人暮らしとか、心配過ぎて不眠症になりそうだから」
「アハハ、そんな理由?」
「離れたくないんだ」
イザークの真剣な眼差しに、一気に胸の鼓動が速くなる。七つも年下の男の子にヤバすぎる。きっと、保護者的なアレだよね。今まで小さい子だって思ってたから、その感覚が抜けない……みたいなね。
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