第12話 カミングアウトしてみたら

 前に来た洋服屋へ、再度担ぎこまれた。


 足にはイザークの制服が巻かれ、今までみたいに肩に乗るんじゃなくて、お姫様抱っこでだ。この状態で騎士団詰所を後にし、門兵のいる門をくぐり、活気溢れる王都を駆け抜けてきた訳で……、私の魂は羞恥で抜け落ちちゃったよ。


 肩の上もそれなりに恥ずかしかったけどさ、子供なら肩車的な感じでギリOKかなって思うけど、お姫様抱っこはねぇ。王子様みたいなイケメンのイザークが、この平々凡々な私をお姫様抱っこでしょ?なに調子ぶっこいてんだって話じゃない?別に私がイザークに強いた訳じゃないけどさ。


「シュテバイン様、いかがなさいましたか?」


 前に担当してくれた店員がビックリした顔でやってきた。


「個室の準備を頼む」

「承知いたしました。こちらへどうぞ」


 個室なんかあるの?VIPだね、さすが伯爵家。

 店の奥にある応接室に通される。個室っていうか、商談とかで使いそうな立派な部屋だ。どデカいテーブルに、総革張りのソファー、バレーのレッスンが出来るよねってくらいの大きな鏡。

 イザークは私を横抱きにしたままソファーに座る。下ろしては……くれないのね。


「この娘に似合うドレスを持ってきてくれ。とにかく沢山!」

「ドレス……でございますか?」


 店員はキョトンとした顔でイザークと私を交互に見ていたが、イザークの制服に隠されている私の下半身に目をやった途端、目を真ん丸にしたと思うと慌てて個室を出て行った。


「あの……さ」

「ん? 」

「もう一つね、言わないとなんだよね」

「もう何でも言ってよ。あれ以上の驚きはないから」


 それは良かった。女子だってカミングアウトした後、すぐに年齢のことも言おうと思っていたんだよ。でもさ、イザークがあんまりミニスカや水着に食いつくもんだから、その鬼気迫る反応につい気圧されちゃって……。


「本当?絶対に怒らない?」

「俺がシォリンに怒る訳ないだろ。さっきだってシォリンに怒ったんじゃないし。シォリンの生足を堪能しただろう誰かの存在が許せなかっただけで、そんな奴いなかったんだよな?」


 私はウンウン頷く。

 生足を晒したことがないか……と問われればあるんだけど、わざわざ私なんかの生足をじっくりねっとり観賞した人なんかいる訳ないっしょ。


「じゃあ言うよ。……こんな見てくれだけど、十歳じゃないんだ!ごめん」

「え?まさか、もっと若いとか?」

「逆よ逆。神崎詩織、二十六歳、OLです」

「……」

「あ、OLって言うのは会社で働いてる女の人のことね。親が事故で小さい時に死んで、叔父さんに引き取られたんだけど、高校出たら家を出されたの。ここまでは話したよね。高卒じゃさ、会社に就職できないからさ、自分でバイトしながら大学出て、今の会社になんとか就職できたの。かなりブラックな会社だったけど、ちゃんと勤めたよ。大学の奨学金も返さなくちゃだったし、生活切り詰めて返済早めて、やっと返し終わったとこだったんだよ。そしたらさビューンって空に攫われてさ、気がついたらイザークに拾われてたって訳」


 自分の半生を駆け足で説明したんだけど、イザークにはきっとチンプンカンプンだよね。


「……シォリンは、高等学院のさらに上の学校まで出たってことか?」

「私の国ではさ、六歳から小学校に六年行くの。さらに三年中学校。ここまでが義務教育。みんな行かないといけないのね。その上に三年間高校へ行って、大学は色々あるけど私は四年制に行ったよ。大学卒業して就職して四年たって今に至るって感じ。だから、十歳じゃなくて二十六歳なの。オバサンでゴメン」

「本当に……二十六歳なんだな。シォリンがそんなに小さいのは、種族の特徴みたいなもの?」

「そうだね。私の国では大人の女性ならこれくらいだよ。いや、若干小さめかもだけど、子供に間違われるくらいではないよ」


 イザークは何かを考えるようにしていたが、私の頬をソロリと撫でた。


「じゃあ、もう大きくはならない?」

「ならないねぇ。成長期は止まったから。後は横に広がるくらいかな」

「シォリンはもっと太るべきだよ。ポッキリ折れそうなくらい細いじゃないか」

「いやぁ、イザークに保護してもらってから、けっこう肉付いたんだよ。ほら、おなかとか。いや、まぁ、私の贅肉の話はおいといて。あのさ、私の国にはイザーク達みたいな獣人……獣性のある人間がいなくて、私みたいなのが普通に生活している国で、環境とかも全然違くて」

「うん、なんとなくわかる。想像するのは難しいけど」

「だからね、この国に来たというか飛ばされて来た時は、不安で不安でしょうがなかったの。ごめんね、だからイザークが私のこと子供だって勘違いさせたままにしちゃった。大人だって放り出されるのが怖かったの」

「そんなことする訳ない。子供だろうが大人だろうが、シォリンの面倒は俺が見るから」

「うん、ありがと。ダメダメな大人でゴメンね」

「もう謝るな」


 イザークは緩く私を抱き締めると、今までのように背中を優しく叩いた。そうしていると、両手にドレスをこれでもかと吊り下げた店員が個室に入ってきた。


「こちらなど、お嬢様にお似合いではないでしょうか?他にもこれとか」


 やっぱり。

 店員の持ってきたドレスは、みな少女が着るようなドレスで、つまりは足首が出るタイプだった。この世界の常識なら、私がこれを着るのはチ○コ丸出しと同義であるのだから、これらから選んだら駄目なんだよね? 

 困ったようにイザークを見ると、イザークは無表情で何かの圧を発していた。これは……怒りだな。


 その圧が直撃した店員は白目をむいたが、さすがというかドレスを落とすことはなかった。


「あの!出来れば……いや出来なくてもだけど、ロングドレスでお願いします」


 私が大声で言うと、店員はすぐに気を取り戻したようで、慌てて店へ戻っていった。


「あのさイザーク、ここって子供服屋さんなんでしょ?ロングドレスって置いてあるのかな?」

「あ……」


 イザークも失念していたらしく、少し視線をそらした。


「っていうかさ、ロングスカートって背が低いと似合わないんだよね」

「いや、足出したら駄目だから」

「でもないものは買えないじゃん」


 イザークは「オーダーメイドか……でも時間がかかりすぎるし……」とかブツブツ言っていた。


 結局、二点だけかろうじてロングドレスというものと、少し大きなスカートのウエスト部分を修正したものを数点、ブラウスを沢山、そして女子物の下着を一月分(数がおかしくないか?)を購入した。さらに私サイズのドレスやら普段着・下着を毎月仕立てて伯爵家に持ってくるようにと年間契約を結んで店を後にした。


 帰り道、さっそくブラウスにロングスカートに着替えさせられた私は、イザークに手を引かれて歩いていた。最初はお姫様抱っこで帰ろうとしたイザークだったが、「子供じゃないんだから!」という私の主張と、「スカートで抱き上げて万が一足が見えてしまったら」という店員の援護射撃で、私は自分の足で歩いて帰る権利をゲットできた。


 性別も年齢もカミングアウトしたというのに、イザークは驚いたものの怒りはしなかった。どちらかというと、機嫌はすこぶる良く見える。安定の過保護っぷりで、躓かないか、人にぶつからないか、とにかく先回りして私を誘導する。これはすでに介護の域ではないだろうか?子供から老人にジョブチェンジか?!

 イザークってば、子供から老人(老人じゃないけど)までオールラウンドに優しいとか、神様みたいな存在だな。


「ところでさ」

「何?」

「シォリンは二十六歳女子だった訳じゃん」

「うん」

「旦那さん……パートナーとか結婚とかは……」

「いなかったねぇ。結婚適齢期ではあったけど、仕事が忙し過ぎてそれどころじゃなかったっていうか……ただ単に縁がなかっただけっていうか」

「じゃあ恋人は?!」


 突っ込み気味に聞かれてちょっと引く。


 恋人な、二十六年間そんな存在に出会ったことないけど。高校までは叔父さんちでハウスキーパーかよってくらい働かされて、叔父さんち出てからの大学生活はバイト三昧でそんな暇なし。就職した会社はブラックで心身共に余裕皆無だったよね。うん、決して私がもてなかった訳じゃない。

 でもさ、いかにもモテメンで、彼女とか切れたことなさそうなイザークに、年齢=彼氏なしの現実をバラしたくはない。ちょっとしたミエってやつ。


「ここ最近はいなかったよ」


 嘘です。二十六年間おりません。


「ふーん」


 冷凍庫開けたかな?ってくらいの冷気を感じたけど、気のせいだよね。あぁ、腰に回されてるイザークの尻尾が温かいな。やっぱり女子は腰を冷やしたら駄目だよね。


 そして帰ったシュテバイン伯爵家。

 私の姿を見た皆さん、石化しておりました。


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