第20話 メイド三人娘に番だってバレました

 ひたすら首筋を舐め回され、尾骶骨を押され続けた私は、もう……新しい扉が開いちゃうかと思ったよ。ファーストキスもまだなのに。

 しかもよ、「番」だとか、好きだとは言われたけどさ、まだお付き合いしましょうって流れにはなってないよね?出ていかないで、そばにいて……っていうのは、物理的な距離の話だったような気もするし。お付き合いしましょうって、どんな流れでどうやってなるの?

「好きです、お付き合いしてください」「わかりました、お付き合いしましょう」って、学生の恋愛じゃよく聞く話だけど、大人になるとそうじゃない流れも耳にすることはあった。いわゆる身体から始まる恋愛的ななにそれみたいな。


 首筋舐められて、尾骶骨グリグリされたのは、すでに身体から始まってますかね?それとも、まだそれ以前ですか?

 私の立ち位置って今どこなの?保護者と被保護者以上にはなってるよね。経験則がないから全然わかりません!


 私は一人ベッドに転がっていた。

 本当ならお仕事に行かなきゃいけなかったのに、具合が悪い(二日酔いは病気じゃないのに)のだから今日は寝てなさいと、イザークにベッドに押し込まれたのだ。そのイザークはというと、私の首筋を堪能している所を執事のゲオルグに引っ剥がされて、部屋から蹴り出されて(ウサギの脚力は馬鹿にならない)いた。部屋の外で、「時間です!仕事に行ってください」というゲオルグの冷ややかな声と、「あと十分、いや五分……」と、なんの交渉をしているのかわからないイザークの声が遠ざかって行き、どうやらイザークは騎士団へ向かったらしかった。


 仕事(バイトも含む)をするようになってから、どんなに具合が悪くても休むことがなかった私が、二日酔いという自己管理以前の問題でダウンしているとか、あまりに情けなさ過ぎるし、申し訳なさ過ぎる。

 でもね、休みを許容したのは、二日酔いだけじゃないんだよ。

 クールダウンが必要だったの。色んな意味でね。


 そんな訳で、本来は今頃シイラの授業を受けている時間ではあるが、シュテバイン邸の自室(客室)でゴロゴロゴロゴロ、二日酔いの気持ち悪さも徐々に回復しながら、色んなことを考えたよ。


 まずは「番」について。

 イザークは私が 「番」だって言うけれど、私は眉唾物だって思ってる。でもさ、だからってウジウジ最悪なこと(本当の「番」が出てきたらとか)考えてもしょうがないよね。普通に恋愛したって、略奪愛とかあるんだろうし、絶対的なハッピーエンドなんかないのかもしれないじゃん。ならさ、普通に恋愛するのと変わらなくない?

 だからさ、私に関しては「番」だってことは放置することにした。


 年齢的にはさ、ちょっと悩むよね。だってさ、七つ下?犯罪じゃない?

 種族が違うせいか、獣人の成人が早いせいか、すでに騎士団で副隊長なんて地位で働くイザークは、私なんかよりよっぽどしっかりしているとは思うよ。七つも年下なのに、私に対する態度は過保護なお兄さん(お父さん?)だしね。

 こっちの世界では結婚適齢期を過ぎたおばさんが、イケメンで家柄良しの超エリートに懸想するとか、あって良いのかな? 

 見た目だってさ、顔はごくごく普通だし、チンチクリンの凹凸のない体型で、それこそ少年でも誰も違和感を感じないしさ。日本ではかろうじてスレンダーの枠に入ったかもりれないけど、こっちの世界じゃただの貧弱虚弱扱いよ。


 二日酔いの相乗効果か、ドローンと落ち込みネガティブ思考がグルグル巡る。ポジティブカムバック!


 ドンドン、ガチャ。


 一応ノックらしきものがあったものの、返事も待たずに部屋の扉が開けられた。掃除道具を片手に入ってきたのはミラだった。


「あんた、いつまで寝て……」


 ベッドでゴロゴロしている私に呆れ顔で入室してきたミラが、一瞬眉を寄せてそれからガッシャンと派手な音をたてて掃除道具を落とした。拭き掃除をしようとしていたのか、水の入ったバケツが床に転がり、床が水浸しの大惨事になっているが、ミラはそれに気がつくことなくポカーンとしている。


「床……ビチョビチョだよ」

「あ……あん……あん……」


 ミラは、まるで壊れた人形のようにアンアン繰り返していたが、急にカッと目を見開いて私に突進してきた。

 マウントを取られるように肩を押さえつけられて馬乗りになられ、私は「グエッ」と蛙が潰れたような声を発した。思わず胃液が逆流したからね!


「あんた!いつの間にイザーク様と?!」

「フェッ?」

「何よ!あんたなんか眼中にないと思ってたのに!なんなの?!イザーク様の匂いをこんなに纏って」


 匂い? 

 いや、まぁ確かに首をベロベロ舐められましたよ。涎の匂いなの?それってばっちくない?


「え?匂うかな?臭い?」

「イザーク様の匂いが臭い訳ないでしょうが!ウワッ、ひくくらいマーキングされてるし」

「ちょっとあんたら何してんのよ」


 鼻がくっつくくらいの至近距離でミラに匂いを嗅がれていたら、落ちたバケツを手にしたエルザが現れた。


「エルザ!ちょっと聞いてよ、この子ったら抜け駆けしたのよ!」

「抜け駆け?……って、この匂い。番ったの?!」


 エルザはバケツを放り投げて突進してきた。ミラを突き飛ばし、私の首筋に鼻をくっつける。


「いや、多分マーキングだけみたいだけど、それにしても執着が……」

「ウワッ、確かにひくわぁ。どんだけ舐めさせたのって感じ」


 ちょいとお姉様方(年下だけどね)、舐めさせたんじゃなくて、舐められたの。言葉は正しく使って欲しいわ。


「私がどんなにアピールしても、爽やかにスルーされるのに」


 エルザの口元からギリギリと盛大な歯ぎしりの音が聞こえる。目がこれでもかって吊り上がり、眼力が半端ない。顔怖すぎるから!!せっかくの美人ちゃんが台無し過ぎる。あまりに至近距離で睨まれて、肉食獣に睨まれた獲物のように身動きがとれなくなる。


「シォリン、どういうことか説明してちょうだい!いったい、どんな手を使ったっていうの?!」


 どんな手もこんな手も……。


「その子……方はイザーク様の番なのよ」


 扉の方から声がして、皆の視線が扉の方へ向かう。ミラが落とし、エルザが放り投げたバケツを右手に、左手にお茶を持ったアイラが立っていた。


「あんた達、イザーク様の番に対して不敬よ」

「「番……」」


 ミラとエルザが、まるで瞬間移動したような素早さで私のベッドから飛び降りた。


「そんな……だって、今まで全然……」

「そうよ!番ならこんなに長い間、番わないでいられる訳ないじゃない。そんなことしたら、番の匂いに頭おかしくなるわ」

「それを自制できてしまうんだから、イザーク様は凄いのよ」


 アイラは茶器のセットの乗ったお盆をテーブルに置くと、雑巾で床の水を拭き取ってはバケツに絞っていく。


「なんだって自制なんか」

「この……方に番の認識がないからじゃないかしらね」

「……あぁ、欠人だから。それにしたって、我慢させ過ぎじゃないの!あんた、イザーク様の番だっていつ知ったのよ」

「だからエルザ、言葉を慎みなさい」


 ほら答えなさいよ!という視線に、ごく最近なんだとアピールする。


「最近?この部屋に移動する少し前かな。でもほら、イザークの勘違いってこともあるじゃない?私さ島の出身だから、体質とか少し違うだろうし、イザークの番が出す匂いにたまたま似てる何か出ちゃってるだけかもしれないし……」


 残念な子を見るような三人の呆れた視線に、私の語尾がドンドン小さくなる。


「ほんと、あんたってムカつく。こんなんがイザーク様の番とか、マジでありえないんだけど」

「うん、そうよね。ありえないよね」


 エルザの言うことにウンウンと頷くと、エルザの目がさらに吊り上がっていく。どちらかというと可愛らしい顔のミラまで、般若のような顔つきになってしまっている。


「ありえないのはシォリン……様よ」


 さっきから、私につける敬称の前のタメが半端ないですよ、アイラさん。


「たとえば?」

「イザーク様はシュテバイン伯爵家のご子息様で、栄えある銀狼の種族のご当主一門に連なる方よ。あらゆる能力に秀でていらっしゃるというのに、たかだか匂いの判別、しかも唯一のことを間違う訳がないでしょうに」


 エルザもミラも大きくうなずく。


 つまりは、私は本当の「番」で間違いないってこと?

 エッ? 私、異世界人だけど。

 本当に運命だったってこと???

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