人物詩録の殺人予告

波多見錘

人物詩録の殺人予告

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 《羽中詩織詩録》


 「なんだこれ?」


 俺こと秋嶋朽木あきしまくつきは学校の帰りに怪しさ全開の本を拾った


 俺は学校が終わって、日課になりつつある、公園で読書。というものをしようとしたが、珍しくその公園には人っ子一人いなかった


 そして、この「羽中詩織詩録」という本が、その公園のベンチに置いてあったのだ


 羽中詩織はなかしおりというと、小中高ともに同じ学校の女生徒だ。

 しかし、あまりいい思い出はない


 俺は小学校、中学校時代ともに彼女にいじめられていた


 女子ならではの陰口や暴言にとどまらず、仲のいい男子を使って、暴力まで使ってきた


 もちろん、先生に相談した


 だが、先生もまともに取り合ってくれず、問題は改善されなかった


 親にも相談した


 でも、いじめている側の親がとにかく俗にいう「モンスターペアレンツ」という存在で、まともに会話にならず、状況は返って悪くなった


 だから、俺は自分への自信、興味それら一切が消え失せた


 そんな俺は中学の時、ライトノベルに出会った


 どんな苦境に立たされても諦めないような主人公に俺はなりたかったんだろう


 俺は、それに現実から逃げるように没頭した


 でも、それが奴らにとっての餌になった


 毎日のように本を盗まれ、隠され、挙句の果てには、ビリビリに破られた


 だから、俺は、抵抗する力を教わった


 親戚の人に空手が上手い人がいたから教わった


 結局、相手を目の前にすると、物怖じして、なんの意味もなかったけど…


 彼女は高校に入ると、俺に関わってこなくなった


 もう、飽きたんだろう。俺としては、とてもありがたかった


 そんな、羽中さんの日誌なのか?取り敢えず持って帰って明日渡そう


 …あまり、会話したくないけど


 そう考えて、俺は謎の日誌を抱えて家に帰った


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ただいまー」


 「おかえり。あれ、その本何?」


 家に帰ってくると、母さんが俺の持っている日誌に興味を示す


 「これね、日誌みたいなんだよね」


 「ふーん。ねえ、それ見せて」


 「いいよ。別に俺のじゃないし」


 俺は母さんに拾ってきた日誌を渡す


 ん?よく考えたら人のだからって見せていいものではないのでは?


 「なにこれ?何も書いてないじゃない」


 「え?」


 あー、何も書いてないってことは、まだ書く前だったのかな?


 俺が母さんが見ている日誌を覗き込むと


 「全然書いてあんじゃん」


 日誌には色々書いてあった


 例えば、


 二〇二一年六月八日

 友人とショッピングモールで服飾品の購入

 それから、カフェで軽食をとる


 割としっかり書いてあった


 でも、母さんは、訝し気な顔をして文句を言う


 「なにも書いてないじゃない。変なものは拾ってこないでよ」


 と言って俺に日誌を返してきた


 本当に見えてないのか?


 とにかく俺は自室に戻って、日誌の中を見た


 日誌には色々なことが書いてあった


 友達と買い物に行った。とか、今日はこんないたずらをした。とか


 なぜか全部の記録が第三者視点で書いてあるように見えたのが気になったが、それ以外の変哲はない普通の日誌だった


 だが、気付いてしまった。


 二〇二一年六月十九日

 同じクラスの陰キャへの嘘告のはずが、先生に見つかり、仲間に売られ、いじめの標的に変わる


 俺の額に嫌な汗が流れる


 なんだこれ?そもそも、今日の日付は十八日だぞ。どういうことだ?


 もしかして、これは予言書?


 いや、それはラノベの読みすぎだろう


 俺は、パラパラとページをめくる


 正直これが本当かなんてどうでもいい


 だが、この日誌の中での羽中さんは、徐々に人と接するのが怖くなっていき、少しずつ壊れていっている


 その壊れ方も妙にリアルだった


 そして、俺は見つけてしまった


 まだ、この日誌が本当に日誌なのかも分からない


 でも、もし、ラノベのように、ただの日誌ではなく、未来まで見えてしまうものだとするのなら、これは本当にまずい


 二〇二二年二月七日

 羽中詩織は自分をいじめていた幼馴染で親友だった、鹿島美幸かしまみゆきを殺した


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日、俺は最悪の気分で朝を迎えた


 今日は十九日だ。日誌通りなら、今日は羽中さんが裏切られて、いじめを受ける側になる日だ


 だが、正直俺は、手を出すべきではないと思っている

 なぜなら、彼女がしてきたことや俺がされてきたことを考えれば当然の報いともいえる


 だが、いじめを分かっていて見過ごす、という事もしたくない


 俺は、悶々としながらも朝食を食べ、学校へと向かう


 俺の通う学校は、家の最寄り駅から二駅の場所にある。そんなに遠い距離でもないが、疲れてるときは遠く感じる。そんな距離だ


 俺は電車に乗るために列に並ぶと、いた。羽中詩織だ。隣には、彼女の幼馴染の鹿島美幸がいる


 二人とは小学校から学区が同じなので、同じ学校に通う以上同じ駅になることは仕方ないことだ


 それにしても、仲いいな

 これから、裏切る、られるようには全く見えないな


 「それでさー、あいつがさー」


 「なにそれうざっ」


 電車に乗り込んだ後、俺は二人の会話に耳を傾けていた


 気持ち悪いだろうが仕方がない。だって、気になってしまうんだから


 にしても声でかいな。もうちょっと場所を考えてほしい


 学校の最寄り駅に着くと、俺は早々に学校に向かった

 これ以上彼女たちの動向を見ていると、勘違い野郎共イキった奴らに絡まれてしまう。


 教室に着くと、自席に座り、本を開く。もちろんラノベだ。


 ガラガラガラ


 「うっす、詩織」


 「おはよー」


 しばらくして、羽中達がやってくる。いじめている側だから、当然スクールカーストの上に君臨している


 彼女は、教室に着くなり、クラスで普段目立たないメガネ君の真澄に声を掛けた


 「ねえ、真澄君」


 「は、はい」


 普段会話することのない羽中に話しかけられ、真澄がキョドってる


 「今日さ、あんたに話があんだよね

 放課後さ、体育館裏に来てくれないかな?」


 「あ、え?話…ですか…」


 「うん!そういう事だから、また放課後ねー」


 突然の呼び出しに、真澄は固まってしまっている


 おそらく、今のが嘘告の準備というやつだろう


 それから、いつも通りの学校生活が過ぎていった


 羽中さんのグループは、休み時間に談笑をして、などといつも見る光景だった


 そして迎えた放課後


 俺は嘘告の現場で何が起こるのか見るために、羽中さんたちをつけた


 体育館裏につくと、案の定嘘告が始まった


 一見すると、羽中さんと真澄しかいないように見えるが、建物の影などに彼女のグループが大勢隠れているうえに、全員ニヤニヤしていた


 まって、なんか先生もいない?しかも、生活指導の菱山じゃね?


 そんなことお構いなしに告白茶番は進んでいく


 「あのさ、私真澄のこと好きなんだ。付き合ってよ」


 「え、あ、は、はい。ぼ、僕でよければ喜んで」


 真澄の告白への返事はOKのようだ


 羽中さんは外面だけはいいからな


 だが、羽中さんはもう堪え切れないとばかりに笑い出した


 「アハハハハハハハ!こいつマジで捉えてやんの」


 「え?」


 真澄はまだ状況が分からないようだ


 だが、菱山の顔が険しくなっている。おー怖


 「私があんたなんかに告白するわけないじゃん。もうたくさん笑ったからかえって…」


 「羽中!」


 羽中さんがビクッと震える


 「菱山先生!?」


 「羽中、貴様やってくれたな。ちょっと生徒指導部まで来い!」


 「ちょ、ちょっと先生!?」


 まさに怒涛の展開とはこのこと、というようにとんでもない早さで羽中さんが連れていかれた


 にしても嘘告一つでそんなに苛烈になるか?俺の時は教師は誰も動かなかったのに…


 しばらくすると、陰に隠れてた奴らが出てくる


 「いやー、真澄の驚く演技上手いな」


 「それほどでもないよ。それよりも鹿島さん、嘘告の件教えてくれてありがとう」


 え?どういうことだ?


 「いいよ、いいよ。いやー、詩織ったら、傑作だよねー。騙されてるとも知らずにうちらの計画にまんまと引っ掛かっちゃってさー」


 そうか、仲間にはめられるっていうのはこういう事なのか


 「でも、鹿島さんって、羽中さんと親友じゃないの?」


 「違うよ。あれは一緒にいれば、敵が出来ないだけの都合のいいやつ。今の私にはあいつが敵になったところで、味方がいっぱいいるから」


 真澄の質問に鹿島さんはそう答える


 なんだそれ?あまりにもひどいじゃないか


 「皆、詩織は明日からハブね。話したら許さないから」


 「OK」


 「明日が楽しみだぜ」


 鹿島さんの羽中さんハブ宣言に、皆口々に了承している


 ……帰ろう。これ以上ここにいたら気分が悪くなる


 次の日から学校中から羽中さんへのいじめが始まった


それから数日が経ったある朝


 「ちょ、ちょっと何よこれ!」


 朝から教室中に羽中さんの声が響く。

 だが、誰も彼女の方を見ない


 彼女の机は酷い有様だ

 いたるところに「アホ」「間抜け」など低レベルな言葉で溢れていた


 椅子についてはもっと酷い有様である

 ボンドのような白い塊が付いていた


 流石にあれは酷いと思うが、誰も何も言わない

 自分が標的になるのが怖いからだ


 最初、彼女は生徒から無視されるだけだったが、先生が黙認するというとんでもない状況がいじめをエスカレートさせた


 「ちょっと美幸!これあんたでしょ!」


 羽中さんは鹿島さんへと詰め寄る

 鹿島さんはニヤニヤ顔で羽中さんの顔を見る


 「そんなの全然知らないわよ。でも、少なくとも皆あなたのことをそう思ってるってことよ」


 「そ、そんなのわかんないじゃん!」


 「分かるわよ。あなたが来る前に誰も消さなかったのが、証拠じゃない」


 「そ、それは…」


 羽中さんは教室中を見渡す。しかし、誰とも目が合わない


 ガラガラガラ


 教室に先生が入ってきて、羽中さんを除いた生徒は全員着席した。


 「これからHRを始める。羽中、早く座れ」


 「で、でも先生。私の席が…」


 「早く座れ」


 「はい…。」


 先生すらもこの状況を容認している


 彼女が少し、というかかなり可哀そうだ

 これを見逃すのは昔の俺よりひどい状態になるんじゃないか?


 彼女が席に座ると、椅子に乗っている白い物体が、グチュグチュと音を立てる


 「汚ねえ」


 「ちょっとやめなよ、卓也可哀そうだよ」


 鹿島さんはそう言うものの口が笑っている


 もう今の羽中さんに前のような、元気さが無い

 今はどこにいても暗い顔をしている


 自業自得だ。善意も悪意も結局自分に返ってくる。それが彼女にも理解できただろう


 それ以外はいつも通り一日の半分が過ぎていき、昼休みを迎える


 いや、少しだけ違った


 家庭科の先生が、授業の始まる前に、羽中さんの席を見て、苦虫を嚙み潰したかのような顔をしていた


 おそらく、何もできない自分が惨めに思えたんだろう


 家庭科の先生は新任だ。まだ、生徒を助けたいとか思ってる時期なんだろう


 いつかあの先生も面倒くさいと思う日がやってくるんだろう


 昼休みに羽中さんの姿は教室になかった


 当たり前だろう。俺もあんな席で昼食は取りたくない


 俺も教室外で食べる事なんてよくあるし


 俺が、弁当を食べる場所を探してると、羽中さんを見つける


 よく見ると、彼女の目には涙が浮かんでる

 俺は何事かと周りを見ると、何が起こったかすぐに分かった


 彼女の弁当がぶちまけられたのだ


 おそらく、鹿島さんあたりにやられたのだろう


 俺はその場を立ち去った


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 しばらくしても、彼女はまだそこにいた


 「ぐす…ひどいよ…」


 弁当を台無しにされて食べるものがない。それは彼女にとって相当応えるだろう。なにせ、食事はストレス発散のいい手段だからだ


 俺は彼女に近づく


 「羽中さん…。」


 「…っ…秋嶋…」


 「これ、あげる」


 俺は、買ってきた菓子パンを彼女に渡す


 彼女は俺とパンを交互に見て、目を丸くする


 「いいの?」


 「じゃなかったら、どうなんだよ」


 「目の前で食べるとか?」


 「俺はそんなに良い性格してない。ほら、もらって」


 「あ、ありがと…」


 「それじゃ」


 俺はやりたいことも終わったので、早々に立ち去る


 その後、彼女がひそかに泣いていたのを俺は知る由もなかった


 それから、何事もなく授業が終わり帰宅する


 「ただいまー」


 「おかえりー。お母さんね、今機嫌良いの。何が食べたい?」


 「何でもいいよ。母さんが御馳走だと思えるもので」


 「何でもいいはなし。さあ、言って、ほら」


 「……体にいいもの」


 「分かった。今日はステーキにしましょう。母さん買い物に行ってくるから夕飯は八時くらいになるから」


 「ステーキの何が体にいいのか分からないけど、分かった」


 俺は母さんを見送り、自室に入る


 そして、俺は《羽中詩織詩録》を見る


 殺人が予告されているページを見るが、内容は変わっていない


 だが、俺が読み進めると、変わっているページを見つける


 二〇二一年六月二三日

 鹿島美幸たちに弁当を台無しにされ、辛い思いをする

 だが、その後、秋嶋朽木に菓子パンをもらい、心が温まる


 少なくとも二文目は存在しなかった記述だ

 そもそも、俺は以前までこの日誌には出てきていなかった


 俺の行動で未来が変わった?


 過去は変えられなくても、未来は変えられるのか?


 なら、少し実験をしよう。


 すでに、この日誌に加筆による、状況の変更ができないことは判明している。何故かって?すでに試してるんだよ


 俺だってラノベ読者だ。……だからといって試すのは気持ち悪いか


 だが、行動による未来の変化はあるのかもしれない


 せめて知り合いから殺人犯が出ないように


 「明日から、行動開始だ」


 そう宣言すると俺は、鞄に布巾、明日に備えて、お湯ポッドを準備した


 翌日、俺はかなり早い時間に登校した


 目的はもちろん羽中さんの席を何とかすることだ


 「よいしょっ、と」


 俺は持ってきた大量の荷物をそばに置く


 「まずは机だな」


 こんなに悪口が書かれた机を見るだけで陰鬱な気分になるだろう


 俺は、布巾と除光液を鞄から出す


 机に付いた油性ペンの汚れは、除光液で簡単に落ちるのだ!

 しかし、ウレタンとかが剝がれてしまい、品質が少し落ちてしまうので要注意だ


 俺は誰に何を解説してるんだ?


 俺は、除光液を布巾に馴染ませ、机を軽く拭いてみる


 「うおっ、すげえ」


 拭いたところからびっくりするくらい落書きが綺麗に落ちた


 俺も知識では知っていたが、こんなにとは思わなかった


 「さて、次は椅子か」


 俺は、鞄から本日二枚目の布巾を取り出し、水筒を取り出す


 水筒の中身は、お茶じゃなくて熱湯だ


 もちろん、セルフダチョウ俱楽部をするためじゃない。この白い物体を取るためだ


 この椅子に付いている白い物体は、おそらく木工用ボンドだろう


 それなら、お湯で少しづつ取っていけばいい


 ボンドは普通乾いたら透明になる


 しかし、このボンドがいまだに白いのは、単純に量が多すぎて乾ききってないんだろう


 そうして俺は、羽中さんの席を綺麗にすることが出来た


 後は、HRを待つだけの簡単なお仕事だ


 しばらくして、クラスに何人か入ってくる


 登校した生徒たちは、皆、思い思いに談笑をしている


 ちなみに、鹿島さんたちは羽中さんの席を見て、絶句していた


 十中八九彼女たちが犯人なんだろう


 そんなことを考えていると、来た。羽中さんだ


 最近彼女は、遅刻ギリギリに来ている

 早く来ても、誰とも会話できないからだろう


 羽中さんはいつも通りに席に向かい、自席を見て、目を丸くする


 「うそ……綺麗になってる…」


 彼女は、誰がやったのかとクラス中を見渡す


 まあ、俺がやったわけだが、知られる必要もない


 彼女は一生懸命誰がやったか探したが、すぐに先生が入ってきて、中断される


 その後は特に何もなく時間が過ぎていく


 しかし、なんと俺は、鹿島さんたちに呼び出されたのだ


 嘘告でもすんのか?と思いつつ呼び出し場所体育館裏に来ると、険しい顔をした鹿島さん一派がいた


 俺が着くなり、いきなり俺を取り囲み尋問する


 「ねえ、詩織の席を綺麗にしたの秋嶋、あんたでしょ」


 やべえ、バレてるよ


 「知らないけど」


 「嘘をつくな!朝一番早く来たのがお前だったって聞いたぞ」


 嘘で塗り固められた生活してる奴らに言われたくねえよ、なんて言う勇気は俺にはない


 というか、これ以上言っても押し問答だな。自白するか


 「ああ、やったよ。あんなの見てると不快だし」


 やっちゃった。これで、リンチルート確定


 「は?なに?偽善?クッソしょうもないわ」


 「あんなしょうもないことして楽しんでる程度の小悪党に言われたくないんだけど?」


 「あ?もういいよ。皆やっちゃって」


 彼女の一声で、周りの男子が俺を殴り始める。ただ、鍛えてたからか昔ほどの痛みは感じない


 「おらあ!」


 「ごほっ」


 一人の放った腹パンがクリーンヒットする。結構痛いけど、昔に比べたら…


 俺はそれから、十分間殴られ続けた


 そして、リンチは突然終わりを迎える


 「こらっ!あなた達何やってるの!」


 家庭科の今里いまり先生がやってきたからだ


 「やべっ、逃げるぞ」


 俺を殴っていた集団は、先生を見るなり、一目散に逃げる


 「大丈夫?取り敢えず、保健室に行きましょう」


 今里先生は男たちを追い払った後、すぐに俺の方に駆け寄ってくる


 「大丈夫じゃないですね。ちょっと立つのきついんで待ってもらえます?」


 「良いわよ、それくらい。」


 そんなやり取りをしていると、今里先生の後ろから、女生徒が現れる


 羽中さんだ。よく見ると、目尻には涙が浮かんでいる


 「どうして…」


 「羽中さん?」


 「どうしてそこまでしてくれるの?」


 俺には、彼女の言いたいことがはっきりとは分からなかった


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「秋嶋、どこ行くんだろ」


 羽中詩織は、秋嶋に昨日の菓子パンの代金を返そうとしていた


 しかし、どう話しかければいいのか分からずに放課後を迎えてしまった


 その秋嶋も放課後になるなりどこかへ行こうとしている


 羽中は話しかけるタイミングを探るために秋嶋の後をつけていった


 「あれは、美幸?何をしてるんだろ?」


 昔は仲が良かったが、今となっては最悪の仲だ


 そんな奴の話となれば、気になってしまう


 「ねえ、詩織の席を綺麗にしたの秋嶋、あんたでしょ」


 「(え?)」


 美幸の言葉に詩織は絶句した。秋嶋は昨日、菓子パンをくれただけじゃなく、席まで綺麗にしてくれていたのかと


 しかし、分からなかった。詩織はかつて秋嶋のことをいじめていた。助けられる理由なんて一つもない


 (なのにどうして?どうして助けてくれるの?)


 そんな疑問で胸がいっぱいになるが、その思考はすぐにやめさせられる。周りにいた男子が、秋嶋のことを殴り始めたからだ


 (早く、助けないと。いや、先生呼んでこないと)


 詩織は走って職員室まで来るが、先生たちの塩対応に遭う


 「いじめ?してた奴が何言ってんだよ」


 「またお得意の嘘か?もう、騙されないぞ」


 どの先生もまともに取り合ってくれない


 (どうしよう。このままだと、秋嶋が…)


 そう考えると、詩織は、今までの自分を後悔して、誰も信じてくれないのが虚しくて、いつしか涙が流れていた


 「だれ…か、たすけ…て。わたしじゃ…なくて…あきしまが…」


 職員室の前で涙を流していると、声を掛ける先生がいた


 「どうしたの?羽中さん?」


 「秋嶋が!秋嶋が!」


 詩織は先生に全部話した

 今の自分を助けてくれている秋嶋のこと

 その秋嶋が詩織のせいで、殴られていること


 今里先生は、ただ静かに聞いてくれた


 「羽中さん、あなたは何がしたいの?」


 「どういうことですか?」


 「羽中さんは、秋嶋君をどうしたいの?」


 詩織は少し考えて、言葉を紡ぐ


 「謝りたいです、今までのことを」


 「じゃあ、助けに行きましょう」


 「はい」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「どうしてそこまでしてくれるの?」


 俺は彼女の質問にどう答えるか考えを巡らせる


 「私、秋嶋をいじめてたんだよ。なのになんで助けるの?」


 ああ、そういうことか


 「いじめられるのは嫌だったけど、いじめを見逃していい理由ではないだろ。

 それに、いじめを見逃すのは、間接的にいじめに加担することと同じだ。俺は人をいじめたくない。」


 その言葉を聞いた瞬間、羽中さんは膝をついて、泣きながら謝ってきた


 「ごめんなさい。いじめなんてしてごめんなさい。もう二度としません。許してくれなんて言いません。でも、謝らせてください。ごめんなさい…」


 そう謝る彼女に俺も目の高さを合わせる。


 「いいよ…。辛かったけど羽中さんも分かったでしょ?もうこんなことしないのなら俺は君を責めたりしないよ」


 羽中さんは俺に抱き着いて、わんわんと泣く


 「ありがとう。私に菓子パンをくれて、私の席を綺麗にしてくれてありがとう。出来るなら、私の傍にいて私を守ってください」


 俺は、そっと羽中さんを抱き寄せる


 君のその心の傷を癒すのは、いつか俺ではない誰かにしてもらうんだろう。でも、今は、今だけは俺の手で、してあげたい。


 「分かった。俺はいつも君の味方だからね」


 …………………………


 「んんっ…」


 それから俺たちは長い時間抱き合っていた。が、今里先生の咳払いによって我に返った俺たちは恥ずかしくなり俯いてしまう


 「取り敢えず保健室に行きましょう。そうしないと、その怪我は見てられませんよ」


 そう言われた俺はすぐに立ち上がろうとするが、怪我の状態が悪く、ふらついてしまう


 それを見かねた羽中さんが俺の肩を支える


 「ほら、一緒に歩こ」


 「ああ、ありがとう」


 そうして、俺たちは保健室に向かい、俺が手当てを受けた


 その日の帰り道


 俺と羽中さんは肌が触れ合うほどの距離で歩いていた。無論、手は繋いでいない


 「羽中さん、少し近過ぎないかな?」


 「そーお?私は普通だと思うんだけど、嫌だった?」


 「っ…」


 俺の質問に対して、羽中さんが放った上目遣いは強力だった。俺に嫌なんて言葉言えるわけがない


 「嫌じゃないよ。でも、あんまりくっつくと歩きづらいかな」


 「あ、そう…だよね。歩きづらいよね」


 そう言うと、羽中さんは少し残念そうに俺から距離を取った


 それから、少し無言の時間が流れる


 「あ、あのさ」


 羽中さんが、顔を真っ赤にしながら話しかけてくる


 「なんだ?」


 「明日も私と喋ってくれる?」


 なんだその質問?


 「いいよ。特に困ることもないし。羽中さんの気持ちが晴れるなら、いくらでも話しかけてくれていいよ」


 「じゃ、じゃあさ、私のこと名前で呼んでくれないかな?」


 「え?えーと…」


 「その、詩織って呼んでほしい」


 そう言う羽中さん…いや、詩織はとても可愛かった


 「わ、分かった。俺も詩織って呼ぶから詩織も朽木でいいよ」


 「っ……く、朽木…」


 「なに詩織?」


 「朽木……それは反則だよ…」


 「ええ…」


 詩織は顔を真っ赤にさせて下を向く


 俺たちの間に気まずい空気が流れる


 お互い顔を真っ赤にしながらも、二人が別々の道になる分かれ道が現れる


 「じゃ、じゃあ朽木、じゃあね、また明日…」


 「あ、ああ、また明日…」


 そう言うと俺たちは別れ、俺は帰路に就いた


 俺が家に帰ると、怪我を心配した母さんの質問攻めに遭ったが、これは他愛のないものだった


 俺は自室に戻り、ベッドに寝転がる


 俺は今日起きたことを振り返っていた


 詩織の机を綺麗にして、彼女があんなに驚くとは、思っていなかった


 殴られている俺のために先生を呼びに行ってるのは、嬉しかった


 俺は、俺の中にあった、羽中さんへの負の感情は薄れつつあるのに自覚するのはそんなに時間はかからなかった


 でも、そんなことはどうでもよかった


 そんなことより


 別れ際の詩織、可愛かったな


 まさか自分が詩織を可愛いなんて思う日が来るとは思わなかった


 そんなことを考えながら、ベッドで悶絶してると、ふと思い出した


 「えーと、日誌はどこかな」


 そうだ。俺は実験的に未来が変えられるのか試してみたんだ


 俺は、日誌を出し例のページを開く


 すると、そのページには殺人の記述はなく、普通に受験勉強をしている詩織の記述があった


 「未来は変わった。未来は変えられる。良かった…」


 これで詩織が人を殺めてしまう未来は無くなった。俺はもうこの日誌の力を使う理由は無いだろう


 俺が本棚に日誌をしまおうとすると俺はそれを落としてしまう


 無造作に落とされた日誌はパラパラとページがめくられる


 俺が拾おうと、無意識にそのページを見てしまう


 「え!?」


 俺はそのページを見て驚愕した。


 二〇二四年八月一三日

 秋嶋と海に来た。

 とても楽しい時間だったが、暴漢被害に遭いそうになる。しかし、秋嶋が身代わりになってくれ、助かる

 秋嶋が殴られているのを我慢できなくなった羽中は暴漢たちを瓶で殴り殺す


 うそ…だろ

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