第4話 砂城に夕立ち(1)



ふたり並んでもたれかかったベンチの前をスーツ姿の女性たちが横切る。服に着られているようなぎこちなさから、きっと就活がはじまったばかりの3年生だろうと思って眺めていた。


「大地さんはいいんですか。こんなところで油売ってて」


「嫌なこと言うなよ」


あなたは深くため息を吐くと同時にわずかに眉間に皺を寄せた。


そう言っている間にまたスーツ姿の大学生たちが通り過ぎていく。今日は大学主催の就活生向けセミナーでもやっているらしく、広場を抜けた先の講堂に質素な色味の学生たちが次々と吸い込まれていく。まだ春の兆しの見えない曇天はしばらく続くと朝のニュースが言っていた。


「そんなこと言って、大地さんなんにもしてないんでしょ」


ダメですよ、とぼくがどうでもいい話をするのを遮るように、あなたの眼差しが緊張の色を帯びた。


「お前、最近俺のこと避けてただろ」


「、気づいてたんですね」


「当たり前だよ、アホ」


大地さんは少し背中を丸めて言った。コートに付いた荒っぽいファーに顎が埋まって横顔が幼く見える。


「つか寒いわ。どっか入ろうぜ」


「いいですよ。どうせすぐ終わる話なんだから」


自分でもわかりやすく投げやりになっている。いや投げやりになったふりをしていた。


あなたは一度視線を落としてから言う。


「もしかして、後悔してんの」


核心を突くのが早すぎですよ、と茶化してみせようと思ったけど、緊張が移った頬におどけた言葉はうまく乗ってくれなかった。


「当たり前じゃないですか、そんなの」


代わりに恵介にするような悪態をついて、ひきつる喉をどうにか動かした。これ以上望んではいけないのに、諦めと期待の間で引き裂かれそうだった。


どうして人は絶望の淵に立たされても明るい方へ目を向けてしまうのだろう。あなたの答えなんてはじめて会ったときから知っていて、今更自分と同じじゃないことを悲観するはずもないのに。


「もういいんですよ、こんなことで悩まなくて。もういいんです」


茶色く濁った芝生が風に揺れ、ぼくはそればかり見ていた。いつかはあなたの表情を目に焼き付けなかったことを後悔したりするんだろうか。もしそうだとしてもそれはずっと、ずっと先だろうと思って想像もつかなかった。


「ぼく、次の講義があるので」と、最後の切り札のように何度も練習した一言を告げて腰を浮かす。


しかし上手く立ち上がれず、痺れたようにふらつく足でどうにかバランスを取った。身体が嫌だと言っている。北風に細かな埃が舞った。必死で積み上げてきた砂の城。その真ん中にスコップを当てただけで心臓が酷くうるさい。一欠、二欠と崩れるたびに、自分の後悔と脆さが目頭を焼く。


身体がまた、嫌だと言った。


不意に、腕を引かれた。わずかに食い込んだ爪はすぐに離れ、代わりに左の手首を強く掴まれる。そのことに心の底から安堵してしまう自分にえづきそうになった。



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