第46話 コードは紙と鉛筆で書く⁉︎
新校長が赴任して1週間後。『情報』の授業では、ちょっとした混乱が起こっていた。
「校長の指示により、今回の授業からは紙と鉛筆でコードを書くことになった」
情報の先生から突然配られたのは、紙と鉛筆である。
校長は、授業開始の10分間、ひたすら紙と鉛筆でコードを写経して学ぶべきという指示を出してきたのである。
手を動かすことで指先の感覚を鍛え、五感に訴えかけることで脳を訓練するのだという。
支給されたのは、最高級の木材で作られたというHBの鉛筆と、書き心地を追及した手漉きの和紙。鉛筆は鉛筆削りではなく、手の感覚を鍛えるためにナイフを使う。
生徒たちはひたすら、指定された教科書のページに記載されたソースコードを紙と鉛筆で制限時間内に写経していくのだった。
さらに黒板に貼られているのは、コードの断片が書かれた手づくりの画用紙である。マグネットで固定されたそれを動かしながら先生がコードの意味を説明していくのだが、またずいぶんとアナログだ。これも、校長の指示であるという。
「うーんこれは…ハハハ、瞑想みたいだなぁ~」
あかりが苦笑いしながら、もくもくとコードの写経を始めた。おそるおそる、ルイが座っている斜め方向をみやると、ルイは座ったまま、両足を机の上の紙にドカリと乗せている。
ああ、あれは相当怒っているときの態度で、かなりマズイ…。
「早乙女ルイッ‼ お前は、行儀が悪いぞ。課題をやりなさい。あとここは飲食禁止だ」
先生がルイに近づくと、今度はルイは両足を机の上に乗せたままコーラをゴクゴクと飲みはじめた。不服そうな顔で先生を睨みつける。
「やだね。なんだよこれ。クッソくだらねー」
「指示に従わない者は、すぐに校長に報告する」
「どうぞ、ご自由に。こんなのやってらんねーよ」
ルイが椅子を蹴っ飛ばし、教室を出て行ってしまう。コーラが落ちて床にこぼれた。
「あーもー、ルイちゃんったら…」
あかりが駆け寄って、こぼれたコーラを雑巾で拭きながら溜め息をついた。
※
「ルイちゃんってば、も~、ダメでしょ!! 先生に対してあんな態度をまたとって…」
情報の授業が終わった後の放課後の部室で、ルイはあかりに怒られていた。
確かにあんな態度を繰り返していては、また先生たちに目をつけられてしまう。
「あのオーガニックなババア校長は、一体なんなんだ? 校内に田んぼをつくって農作業するだの、コードは紙と鉛筆で写経しろだの、挙句の果てには、コンピューターで作った作品は作品とは認めないだと? ふざけやがって」
ルイが心底イヤそうな顔をしている。
「たしかにあそこまでIT嫌いの先生は初めて見たね。…そんなことより、ゲーム開発をすすめようよ~。今日はしのぶちゃんが描いたキャラ案が見れる日なんだから」
新校長の横暴は目も当てられないが、通常通り、新学期もプログラミング部は活動中だ。この前始動したばかりのあかり主導プロジェクトである、乙女ゲームの制作が進んでいる。
今日はついに、デザイナーのしのぶがつくった、ゲームに登場するイケメンのデザイン案があがってくる日なのだった。
「これでどうかな? …なかなか悪くないと思うんだけど」
しのぶが自分のPC画面をルイとあかりに見せた。
「う、う~ん…」
しのぶがデザインした、乙女ゲームに登場する5人のイケメン登場人物案を前に、あかりは唸っていた。
ディレクターのあかりがデザイナーのしのぶにオーダーしたのは、「俺様」「チャラ男」「優等生」「後輩」「不思議ちゃん」の5人のイケメンだった。
しかし、しのぶがデザインしたキャラクター達は若干、クセがつよすぎた。妙に顔立ちがリアルでバタ臭いうえに、全員上半身裸で、しかもなぜか銃器を所持しているのである。洋ゲーに出てきそうな仕上がりだ。
あかりが思い描いていたイケメンとは違うのである。
「ちょっと…違うんだよねぇ…」
「な、何が違うの?」
「う~ん、私がイメージしてたのは、もっとアニメ絵みたいな感じで、可愛い感じなの」
「そうなら、初めから他の誰かに頼めばよかったろ」
ルイが口をはさむ。
「そうだね、漫画研究部の子とかに相談すればよかったかも」
「なッ…」
しのぶの眉がつりあがった。
「…じゃあ、気軽に私に頼む前にそうすればよかったじゃないのよ。これでも、この5人を制作するまでに3時間はかかったし」
「…ご、ごめん…」
しのぶが珍しく、本気でイライラしているような顔をしてあかりを睨む。
「もうこのプロジェクトからは降りるよ。あかりとルイで勝手にやって」
そう言い捨て、しのぶが部室のドアをバン!と叩きつけるように閉めて去っていった。
あかりとルイの2人だけが残された部室がシーンと静まりかえっている。
「おい、あいつを怒らせたら後が怖いぞ」
ルイがボソリとつぶやいた。
「あちゃ…しのぶちゃんを怒らせちゃった…どうしよう…」
しのぶも時間をかけて作ってくれたというのに、やっぱり漫画研究部に相談などと言ってしまったのは、ウッカリだった。そもそも、事前にもっとしのぶとコミュニケーションを取って、一緒につくりたいものの目標を擦り合わせるべきだったのだ…。
あかりは困り顔でうなだれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます