第45話 新校長はIT禁止派のモンテッソーリBBA

「聞いたぁ~? 4月から新しい校長先生が来るんだって!!」


昼休みにお弁当を食べていたあかりの隣に腰を下ろして、新聞部のミチルがそう教えてくれた。チア部の不純異性交遊スキャンダルから教員の人事情報まで、いつもミチルは気になる最新情報を仕入れてくる。


「前校長はクビだって。入学希望者と有名大進学実績が増やせなかった責任を取らされたって」


ミチルが昼食のサンドイッチをムシャムシャと頬張りながらしゃべる。ミチルは食べるのが早い。しゃべるのと歩くのはもっと早い。いつも校内を走り回りながら、最新の情報を追いかけているようだ。


「へぇ~…」


マイペースなあかりは興味なさそうにお弁当のおかずをおいしそうにつついている。

たしかにそうだ、とあかりは思う。かつての伝統はどこへやら、今のくすのき女学院には、たいして勉強もしない、部活もテキトーな、マッタリと過ごしたいだけの女子が多い。まあ、あかりもそう思う1人ではあるのだが。あえて入りたいと思う子も少ないのだろう。


「今日の昼頃に、新校長からの告知が校門前に張り出されるっていう情報をつかんでるんだけど、そろそろかもね…」


「わざわざ張り紙? なんで今どき、張り紙で告知するんだろ?」


「さあ…」


ミチルとあかりが首をひねっていると、突然、教室の扉がガラガラッと開かれ、数人の女子生徒が真っ青な顔で叫んだ。


「み、みんな、とにかく校門に来てよ!!!」


「一体、なんなんだろう。行ってみようか」

あかりとミチルは、女学院の正門に向かった。すでにたくさんの生徒たちでいっぱいのそこをかき分けながら進むと、正門近くに掲示板があり、そこに張り紙がされている。

見事な達筆で、なぜか毛筆で縦書きという格調の高さである。


そこには、衝撃的な内容が記されていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

・4月1日より、スマホ・パソコン・ゲーム機などあらゆる電子機器の学校の敷地内への持ち込みを禁止する

・自然に触れ合う教育の実践として、校庭の1/3を田んぼにし、田植えの実践を行う

・3ヶ月に1回は大自然の中で林間学校を実施し、農作業を行う

・男女交際禁止

・自然の中で身体を使い五感を使うことで感性豊かな女性を育てる教育の実践


なお規則を破った生徒は、懲罰が課される

ーーーーーーーーーーーーーーーー


「な、なんだこれー!?」

看板の周りに群がる生徒たちが、ざわめきを上げている。


現状の女学院のルールでは、スマホやパソコンなどの学内への持ち込みはOK。教室内でだけ、使ってはいけないという決まりだ。

それが、一切持ってきてはいけないとは、かなり厳しいルール変更である。

さらには、田植えをやらされたり林間学校で農業をさせられるなど、かなり自然派な校長のようだ。


「スマホを持っていけないなら、どうやって友達と連絡すればいいの?」

「田植えとかやりたくねー」


「あちゃー…なんだかすごい革新派の校長先生がきちゃったみたいだね…」

あかりも頭を抱えた。私物のPCが持ち込めないのなら、プログラミング部で現在進行中のゲーム開発のやり方にも影響が大いに出そうだった。


「ウッフッフ。校内はちょっとした大騒ぎね…」


校舎の最上階にある校長室の窓から、告知文を見てザワついている生徒たちを見下ろすように眺め、新校長・保守田絹子教諭はフフと笑った。


保守田絹子。今まで数々の私立中高を渡り歩き、改革してきた実績のある熟練教師だ。そのモットーは『自然派教育』。子供たちの五感を大切に育み、大地との触れ合いを大切にする教育方針だ。生活も質素そのもの、しかも厳格なヴィーガンで、肉は一切食べないのだという。


トントン。

校長室のドアがノックされて入ってきたのは、我らがプログラミング部顧問・玉木先生だ。

玉木先生の表情が憔悴している。実は校長の新しい方針は、教員たちも先ほど知ったばかり。教員の間でも衝撃が走っていた。


「新校長…。少しやり過ぎではないでしょうか。スマホ・パソコン禁止なんて…。生徒や保護者からも相当な反対が予想されます。それに、それらを勉強や部活動に活用している生徒もすでに多くいます。それをすべて一律禁止するというのは…」


「確かあなた…数学の玉木先生、だったかしら。

 あなた、まだお若い先生だからきっと、わからなくってよ…

 生徒たちは、純粋で、だからこそ、無知で、危険を取り除いてあげながら、大人が導いていかなくてはならない存在…ってコト。

 そんな彼らに、スマホやパソコンはまだ必要ないのよ」


校長は豊かな白髪をなびかせながら、歌うようにそう言って微笑んだ。


「画面をじっと眺めているよりも、土の匂いや水の冷たさ、木の感触を感じ、自然を愛する子に育てることのほうがなにより重要だわ。特に都会の子は、そういった教育が必要なの。玉木先生も田植え、一緒にやりましょうね」


校長がにっこりと微笑んだ。

田植え、と聞いて、玉木先生の顔がフリーズした。

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