第42話 彼氏が作ったんじゃないんです!
いよいよ、ものづくりの祭典・メイカーフェア当日の朝がやってきた。
朝9時。展示スタートまで、あと3時間しかないというのに、くすのき女学院の展示スペースは殺伐としている。
チームワークが上手く行かず、肝心の展示物『昆虫ドレス』は、見た目も完成していなければ、動作確認も上手くいっていないのだった。
あかりたちの脳内では、美しい『昆虫ドレス』の完成形がありありとイメージできていた。
白いドレスの上にプロジェクターで投影されているのは、希少なテントウムシの模様をイメージした美しい黒と赤のふしぎな幾何学模様。
ドレスの後ろで動くのは、華麗な蝶々の翼。そのゆったりとした優雅な動きはArduinoとサーボモーターで制御されている。自然界の模様に近づくようランダム性にこだわって作られた翼の模様は、昆虫博士のチエがプログラムで描画した。ドレスの上に飾られている髪飾り…ヘッドドレスは昆虫の複眼をイメージしたもので、時折LEDが虹色に点滅し煌めく。
…はず、なのだが。
「このヘッドドレスのLEDが点灯しないけど、どうなってるのよッ!?」
「左側の触手が動作しませんっ!」
「昨日修正したプログラムがコンパイルエラー」
「そもそも、やっぱ虫なんてキモイから、このデザインはやめようよ…」
「昆虫の羽模様が少し規則的すぎるッ。もうすこし乱数にコクを出して自然でなめらかな模様にしたいから少しプログラムを書き換えるか…」
「そんなことどうでもいいだろ!とりあえず12時までに動かすことを考えろバカ!」
「ああ~もう、12時までになんて間に合わないよぉ…」
あかりは絶望していた。動かないモノを展示するなんて、偏差値は低くても伝統だけはあるくすのき女学院の沽券に関わってしまう。両隣や向かいのブースは、すでに準備を終えて余裕たっぷりの他校の男子たちが楽しそうに談笑している。比較されて、やっぱり女はヌルいと思われるのも悔しい。
「騒がしいわね」
そんなところに、ツカツカとローファーの踵を響かせながらやってきたのは、プロジェクトを降りたはずのチア部のエース・櫻井エリカその人だった。
「エリカちゃん! なぜここに来てくれたの?…プロジェクトからは降りたんじゃ…」
エリカが、動作しない昆虫ドレスをまじまじと見つめる。
「フン。なかなか、前衛的で斬新なデザインのドレスに見えなくもないわね…
…あかりの敏腕マネージャーぶりには、負けたわよ。私も…参加するわ」
マジかよ、といった目でルイがエリカを振り返った。あのプライドの高いエリカが、プログラミング部のやることに協力するなんて前代未聞である。
殺伐とする現場の空気に、エリカの凛とした声が響き渡った。
「みんな、聞きなさい。
全てのチア部メンバーは、プログラミング部のあかりとルイの指示に従いなさい。
ものづくりの祭典メイカーフェア…今日というこの機会を、我々チア部の伝統と団結力を世間に知らしめる、絶好の機会として利用するのよ! 美しいチア部の力をここで見せつけてあげなさい!」
動作しないドレスに四苦八苦していたチア部のメンバー達が、エリカのその言葉に、一気に沸き立った。
「エリカちゃん、どうして…」
「責任はすべて私が負うわ。思い切りやりなさい」
「うん、わかった! ありがとう、エリカちゃん」
とはいえ、チア部の精神的支柱のエリカが来たからといって、何かが解決したというわけでもない。あと2時間でどうやってこのドレスを完成に導くか…。あかりはいよいよ焦り始めた。
と、そのとき。
大人のスーツの集団が、高校生のブースにやってきた。どうやら、高校生たちの展示物の視察をしているようだ。なかには、文科省のタグをぶら下げた官僚とおぼしき男性たちや、国会議員、教育関係者も混じっている。
スーツの一団は、くすのき科学技術高専、慶王高校の男子生徒たちの展示をふむふむと見て、なにか言葉を交わしている。その後、女学院のブースにやってきた。
「このブースが、高校生枠で唯一の女子校であるくすのき女学院になります」
「へえー。よくできてるねぇー」
「昆虫ドレス」がフムフムと視察されている。
白いドレスの上に、黒と赤のふしぎな幾何学模様がプロジェクターで投影されている。模様をプログラムしたのはチア部。ドレスの後ろで動く翼の動きはArduinoで制御されていて、それを組んだのはルイだ。翼の模様はチエが制作。ヘッドドレスは昆虫の複眼をイメージしたもので、ところどころがLEDが虹色に点滅している。
「へー。このドレスの模様は、どうやってつくってるの?」
「Processingでプログラム書いて描画してます」
「へー、それはすごい!
それはさ~、何? 彼氏とかにやってもらったの~?」
視察団の1人が、純粋に感動したように、無邪気な大きな声をあげた。
視察したのが男子生徒たちばかりだったから、そう思ったのも無理はなかったのかもしれない。
ただこの一言が、プライドだけは無駄に高い、女学院生徒達の癇に障ってしまった。
ドレスが動作せず、しまいにはどうしようもないケンカを繰り広げていた女学院の生徒たちが、突然、我を取り戻したかのようにシーンと静まり返った。
「…違います」
一番燃え上がらせてしまったのはそう、誇り高いチア部のエース・エリカであった。
「これは...女学院の伝統を担う格式高いチアリーディング部の正規部員が、はじめて、自分で考えて1から作り上げたアート作品です…彼氏の力なんて借りてません」
エリカは、チア部のメンバーのプライドが傷つけられるのは、許せなかった。
「そうだそうだー! これは女学院のみんなのアイデアでつくったものだー! 絶対完成させよう!!あ、あと2時間で…!!!」
困り果てていたあかりが、皆を励ますようにそう言った。下条ともみにメンツを潰されていたエリカが、すっかり誇りを取り戻した様子にあかりは安心した。
エリカが静かな声で皆に伝えた。
「…皆、聞きなさい! 私達が1から作った『昆虫ドレス』、なんとしても完成させるのよ!!」
大人スーツ軍団のうっかり失言のおかげで、女学院メンバーは団結。最後の2時間でなんとか、昆虫ドレスを動作させることに成功したのだった。
女学院の展示『昆虫ドレス』は、メイカーフェアで昆虫についての講演を聞きに来た人びとや、その講演のスペシャルゲストとしてやってきた『鉄仮面ライダー』で有名なタレントの『火川きよし』に注目された。
火川きよしは自身のインスタで女学院の生徒たちとの自撮りをアップ。企画したあかりの思惑通り、『昆虫ドレス』は人々の耳目を集めることとなったのであった。
そして、『火川きよし』の熱烈なファンであるチア部顧問・如月みづき先生が、女の色気をむき出しにして、昆虫ドレスを着て火川きよしとツーショット写真を撮ったことに、女生徒たちはヒソヒソと嘲笑し悪口を叩いたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます